第3話 もうひとりの転生者
3.もうひとりの転生者
「確か、このあたりのはずだけど……」
エリザベートがドレスをつまみあげながら、
森を見渡している。
俺たちは侍従たちから聞き出した、
4つ目のカミナリが落ちたあたりを散策していた。
「誰もいない森の中ですよ?」
そう言って侍従には止められたが。
あの青い雷は絶対に、自然発生的なものではない。
意味もなく落ちたりするとは思えなかったのだ。
しばらく三人で歩くこと数分後。
「見てください! あそこに!」
フィオナが指差す木を見ると、
寄りかかるように、ひとりの兵士が座っていた。
「おい! 大丈夫か?!」
叫んで近づき、彼の顔を覗き込む。
彼は眠っているようだ……しかも、泥酔している。
茶色い髪は風呂に入ってないようで
汚れでベタベタになっている。
ヒゲは伸び放題で、兵服もシワだらけだ。
俺たちの時と異なり、気絶した感じではなかった。
ただの酔っぱらったサボり兵なのか?
「この人では無いのかしら……」
エリザベートが首をかしげる。
俺は彼を揺り動かした。
「こんなとこで寝るな。風邪を引くぞ」
うめき声をあげ、彼は目を開け、つぶやく。
「……さっきは変な夢を見たな。
まあいいや、急がないと終電がなくなる……」
はい、間違いありません。
俺たちは顔を見合わせてうなずく。
「夢じゃねえから起きろ!
俺たちは異世界に転生したんだよ」
彼はぼーっと虚空を眺めていたが、
次第に焦点が合い、俺の姿を確認し。
「……すごく王子だ」
とつぶやいた。
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俺たちの説明を聞きながら、
顔をしかめ、片手で頭を押さえる彼。
「まあ、そうなるよな」
俺がそう言うと、彼は苦笑いで首をふる。
「いえ、
俺はフィオナを見て聞いてみる。
「……出来そうか?」
彼女はえ? 私? という顔をした後、
こぶしを口元に当て、不安げに答えた。
「……シジミと味噌があれば」
意味がわからず固まる俺の代わりに
エリザベートが訂正する。
「シジミのお味噌汁を作れって話じゃないの。
まあ、あれも、二日酔いに良いって聞くけど……
あなたの治癒でなんとかできそうか、ってことよ」
フィオナはああ! というように顔を上げ、
兵士の頭に手をかざす。
彼の顔色はみるみる良くなっていった。
「すごいな、スッキリしたよ! ありがとう」
礼を言われ、フィオナはちょっと悲しげに
「逆にこれくらいしか、できないんですけどね」
とつぶやいて下を向く。
この兵士がどんな人物か、俺たちは誰も知らなかった。
まあ生活圏が違いそうだしな。
彼が記憶を探りながら、ポツポツ話してくれる。
「名前は……ジェラルドです。
平民ではありますが、かなりの実力の持ち主で、
幼い頃から努力を惜しまず研鑽してきたようです」
彼がその業績をいくつかあげると、
エリザベートやフィオナが歓声をあげた。
「あら! 有名な盗賊団じゃない!」
「そのモンスターが倒せるってことは、
かなりのレベルですね!」
それを聞いて、俺は眉を寄せた。
彼を疑ったのではない。
俺は曲がりなりにも王族、それらの報告を受ける立場だ。
しかしそれを成し遂げたのは、彼の名前では無かった。
と、いうことは。
「飲んだくれてた理由は、それか」
俺の言葉に、エリザベートたちが首をかしげる。
ジェラルドは皮肉な笑みを浮かべて笑った。
「その通りです」
フィオナがノンキな声でたずねる。
「お祝いのお酒ですか?」
本人が言いづらそうだったので、俺が代わりに言った。
「その手柄は全て、横取りされたんだよ。
王家に対する報告では、
貴族の子弟たちがやったことになってたからな」
ジェラルドは肩をすくめて言う。
「僕は転生者で
彼自身は相当辛かったと思います。
死ぬほど努力して、必死に頑張ってきたのに」
ボロボロになりつつ、凶悪な犯罪者を倒し、
恐ろしい魔物やモンスターを倒した。
しかしいざ、表彰される段階になって。
「兵士たちはチームを組まされるのですが、
僕のいたチームは何故か、貴族の子弟ばかりでした。
”形だけだ”と言われ、全く一緒には行動してなかったのに」
全ての成果は、彼らのものとして登録されていたのだ。
上官やギルド、他の兵たちなど、
いろいろなところに金をばらまいたのだろう。
「そのため、長年の目標だった聖騎士団には入れませんでした」
俺たち三人は黙ってしまう。
たとえ異世界とはいえ、人間は同じだ。
ジェラルドがどれだけ無念で憤りを感じたのか想像できる。
「しかもアイツらに言われたんです。
”安心しろよ、俺の私兵として飼ってやるからさ”って。
自分たちに実力が無いのはわかってますからね。
今後も代わりに戦わせるつもりなんでしょう」
名誉は自分たちのもの、
危険と苦労は彼に押し付ける。
エリザベートは怒りながらジェラルドに言う。
「断ってしまいなさいよ! そんなの」
「無理だよ。あいつらは貴族で、もう聖騎士団だ。
断ったらもう兵としては残れない。
それどころか反逆者扱いになるだろう」
俺の言葉に、ジェラルドはうなずいて付け足す。
「家族にも迷惑がかかりますからね」
貴族社会における軍隊なんてそんなものだ。
ジェラルドは視線を落とし、手のひらを見つめる。
「
みんな事実を知っているのに口をつぐんだことです」
ある者は報酬で、ある者は貴族に媚びへつらうため。
ほんと腐ってんな、この国は。
俺は先ほど中庭に並んだ奴らのことを思い出して言う。
「あの聖騎士団は能無しばかり、ってことか」
「もう”ごみ箱団”って呼びましょう!」
フィオナが言うと、エリザベートも憤慨して言い捨てる。
「全員、防具無しで凶悪な魔獣の出現区域に送り込もうかしら。
聖騎士団だから神のご加護があるでしょうし」
いや怖いって。彼女の家は軍に強い影響力を持つから実現可能だが。
それにしても、だ。
王家が鳴り物入りで創設し、
他国にもその名が広まりつつある聖騎士団だが
その実情が役立たずの無能を集めた集団とは。
この先が楽しみじゃないか。
「あの、ジェラルドさんは
例のあれを持ってないんですか?」
フィオナが尋ねる。あの、スマホの形をした緑の板だ。
最初は説明した時には、何? って顔していたけど。
ジェラルドはパン、パンと自分の体を叩きまくり、
自分の胸ポケットで手を止めた。
そしてそこから、ゆっくりと緑板を取り出す。
「ありました!」
そして俺たちと同じように、手に持ってみる。
「なんて書いてる?」
画面には、俺たちの悲惨な末路に加え、
新しく続きの文章が書かれていたのだ。
”そして兵士ジェラルドは、
聖騎士団に入団できなかったことを逆恨みし
盗賊団を指揮して、魔獣を王都に解き放った。
その罪で地獄の鉱山で働かされた後、
少しずつ手足を魔物に食わせる刑に処された”
全員が黙り込む。なんだよ、この結末は。
ジェラルドが叫ぶ。
「あり得ないよ。この人はすごく家族思いなんだ。
そんなことをするくらいなら、
怪我を理由に兵を抜けて、農夫になっているよ!」
今までの努力が無駄になろうとも、
家族に迷惑がかかるようなことはしないだろう、と。
俺たちは手のひらに乗せた緑板を寄せ合い、
互いの悲惨な結末をじっと眺める。
ふとジェラルドは顔をあげ、何か気になったのか、
俺たちから離れ、様子を伺いながら歩き出す。
「……婚約破棄しなかったのに、
結末が変わってないわね!」
エリザベートの言葉に、俺たちはハッとする。
ただし多少文言が変わっていた。
”この国の第三王子レオナルドは、
公爵令嬢と聖女と研究チームを作ると宣言した”
でもそれ以降は全く変わっていない。
”その日を境に、彼らは放蕩と怠惰、
浪費と姦淫の限りを尽くして過ごしたと言われ。
挙句の果てに”
と続いていく。なんでだよ。
絶望する俺たちの背後から、頭の悪そうな声が聞こえた。
「あーいたいた、ジェラルド!
さっさとこっちに来て、俺たちの剣を運んでおけよ」
振り向くと低木越しに、
聖騎士団のマントを付けた三人の男が見えた。
こいつらか、ジェラルドの手柄を横取りしたのは。
小太りだったり貧弱だったり、
見ればすぐに弱いってわかりそうなものだが。
兵長の目、どんだけ節穴なんだか。
さすがは有能な戦士ジェラルドは、
誰かが近づく気配を察して、様子を見に行ったのだろう。
奴らはジェラルドの前でふんぞり返って
聖騎士団の制服を見せびらかすように立っていた。
「明日から忙しくなるぞ~」
「さっそく魔物の退治だもんなあ。めんどくせえ」
「俺たちが昼めし食ってる間に全部倒しておけよ」
ヘラヘラ笑いながら彼らは去っていこうとする。
エリザベートが前に出て何か言いかけたので
それを制して俺が彼らに声をかけた。
「あー、君たち。待ってくれたまえ」
彼らは飛び上がるくらいに驚いた後、
俺たちの存在に気が付いた。
「お、王子!」
大慌てで膝をついて礼をする。
俺はキラキラを振りまきながら、彼らに言った。
「就任おめでとう。君たちの活躍に期待しているよ」
「は、はい! 国のため、
この身を捧げる所存でございます!」
彼らは目を泳がせ、どもりながらも返事をする。
「いやあ、父上も喜んでいたよ。
あのギルドラを倒した腕前だ。
凶悪な盗賊団も一網打尽だってね」
ははは、それほどでもありません……
乾いた笑いをまき散らしながら、彼らは小声で答える。
「君たちには特に重要な任務についてもらえるよう、
兵長にも伝えておくよ。
どうだ? 名誉なことだろう?」
「は、はい! 嬉しく思いますっ!」
そう言いながら、横目でジェラルドを見ている。
お前ががんばるんだからな、そう言いたいのだろう。
……甘いぜ。
「ああ、そうそう。そこの、ジェラルド。
彼は今回、俺の護衛兵となった」
「えええええええええ!」
ポンコツ三人組は叫び、目玉は落ちそうになる。
全員が慌てふためく様に、俺は笑いが抑えられなかった。
それはマズイ! マズ過ぎる!
そう言いたいのを堪えたのか、
つばを飛ばしながら、必死に俺に叫ぶ。
「こ、こいつじゃダメですよ! 弱いから!」
「そうです! 聖騎士団にすらなれなかったんですよ?」
「絶対にやめておいたほうが良いです!」
俺は笑顔で首を横に振った。
「いや、決定だ。父上から俺の護衛は
聖騎士団からもれた者から選ぶように言われたのだ。
強い者は、国防に回すべきであるからな」
実は、それは本当だ。
”生きても死んでもどうでも良い者に、大切な兵は使えん”
そう言われたのだ、あのクソ親父に。
「だからこれは”王命”ってことなんだ。
軍令や、その辺の貴族の権限など、
及びもつかない”至上命令”だからね。
……これからは宜しく頼むよ、ジェラルド」
「はい。この命に代えてお守りいたします」
ジェラルドが綺麗な礼をする。
三人組は真っ青な顔で震えている。
”明日からどうすれば良いのだ?”
そんな字幕が見えるようだった。
「さっそく打ち合わせをしよう、ジェラルド。
自分の宿舎に戻っている時間はないよ。
すぐに護衛を始めてもらうからね。
……あ、君たちは行って良いよ?
明日から頑張ってくれたまえ」
「父にも伝えておきますわ。
有望なチームにふさわしい強敵をあてがうように」
エリザベートが凍り付くような微笑を浮かべる。
叫びを押し殺し、彼らは歩き出すが、
未練がましく振り返りジェラルドを見た。
そんな彼らに、ジェラルドは笑顔で手を挙げる。
「王命とあらば断われません。
僕も頑張りますので、皆さんもがんばってください!」
彼らはものすごい形相でジェラルドを睨んだ後、
自分の父親にでも泣きつくつもりなのか、
三人は急に走り去っていったのだ。
遠ざかっていく彼らを見ながら、俺は考えた。
こうやってちょっとずつ、
現状を変えていくしかないだろう、と。
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