第2話 虐げられた者の悲惨な結末

2.虐げられた者の悲惨な結末


「記憶はあるけど……うまく演じられるかしら」

 黒髪の女、つまりエリザベート公爵令嬢が考え込む。

 波打つ黒髪に映える白い肌、

 長いまつげに縁どられた赤い瞳と形の良い唇。

 こうやって改めて見ると、

 彼女は絶世の美女だった。


「私たち、元の世界に戻れるのでしょうか?」

 聖女フィオナが心配そうにつぶやく。

 ストレートロングの銀髪を背に流し、

 薄いピンクの唇をとがらせ、

 大きな紫水晶の瞳がこちらを見る。


 華奢な体にシンプルな白い細身のドレスと

 銀のアクセサリーが似合っている。

(……王子オレが贈ったものらしい)

 こっちも別格の美少女だ。


 異世界ってレべチだなーと思いながら、

 俺は何気なく鏡をみて仰天する。

 それでやっと、彼女たちの第一声の意味が分かったのだ。

「すごい王子様」

 と言った理由が。


 艶のある黄金の髪、深いブルーの瞳。

 顔立ちはとんでもなく美形の、

 ”ザ・王子”という見た目だったのだ。

 なんかもう、意味もなくキラキラしている。

 ……この顔で、クズなんだな、俺。


 クズ王子の姿を記念に写真が撮りたくなり、

 いつもの癖でズボンのポケットに手を入れた。

 スマホがあるわけないのに……?!


「あった! いや、なかった!」

 俺はポケットから手のひらサイズのものを取り出して叫ぶ。

 それは緑色の石で出来た板だった。


「……何が?」

 エリザベートが尋ねてきたので、俺はそれを見せた。

「スマホがあったと思ったら違った」

「何、その板」

「わからない。王子こいつの持ち物だろうか」


 するとフィオナが叫んだ。

「私のポーチにも同じものが入ってました!」

 それを聞き、エリザベートが慌てて自分のバッグを覗く。

「……私も持ってるわ」

 そういって、同じ緑の板を取り出す。


 大きさ・形状はスマホだが、半透明な緑色をした石板だ。

「この世界ではこれが流行っているのか?」

 俺は手のひらで、それをスマホのように持った。

 すると、ふわっと表面が明るくなり

 文字が浮き出てきたのだ。

 まるで電源が入ったかのように。


「なにこれ! もしかして自動的に起動したの?」

 エリザベートが叫ぶ。

 それを見ていた女性二人も、自分のを同じように持ってみると

 彼女たちの緑板も同様のことが起ったようだ。


『シュニエンダール物語』

 画面には、何かのタイトルが書かれていた。

 シュニエンダールは確か、この国の名前だったな。


 そっとその文字を触れてみると、

 ”あらすじ”という見出しとともに、

 長々と文章が表示される。


 ”この国の第三王子レオナルドは、

 公爵令嬢との婚約を王命に反し勝手に破棄し

 偽の聖女を自分の妃にする、と宣言した。


 その日を境に、彼らは放蕩と怠惰、

 浪費と姦淫の限りを尽くして過ごしたと言われ、

 挙句の果てに。


 公爵令嬢は

 ”勝手な婚約破棄を恨み、

 その魔力を使って王家の殺害を目論んだ”

 として、拷問のすえ火あぶりに処される。


 偽の聖女は

 ”王家と人民をたばかった罪”で、

 娼館で昼夜無く働かされた一ヶ月後、

 治水のために生きたまま人柱として埋められた。


 そしてレオナルド王子は

 その”怠惰や浪費を理由”に、

 人民の湧き上がる不満を解消するため、

 王家の犯した罪を全て背負い、

 七日間、広場でムチ打ちを受けた後、

 民衆からの投石によって死亡する。


 そうして、この国に平和が訪れたのだ”


「ええっ! そんな!」

「ひどい!」

 彼女たちも自分の板を眺めており、

 自分たちの行く末を知ったのだ。


「……俺ってレオナルドっていうんだ!」

「まだ思い出してなかったの?

 というか、これ読んでその感想?」

 俺のつぶやきを聞き、顔をこわばらせてエリザベートが言う。

 聖女フィオナもすでに泣きそうな顔をしていた。


「この王子、今までも結構ひどい扱い受けてんだけどさ……

 なんだよ、この結末は!」

 王子といえど、俺の母親は下級貴族の出ということもあり、

 親子ともども散々虐げられてきた人生だったのだ。


 上の二人の兄は母親の出自も良いため、

 住まう館も、与えられるものも最上級なものばかり。

 俺にはいつも”必要最低限”だった。


 父親である国王を始め、王族はみな性格最悪で、

 すでに母親が亡くなった今となっては、

 ことあるごとに俺を馬鹿にし、

 ストレス解消の道具にして楽しんでいる。


 エリザベートが腹立たし気にうなずく。

「さんざんこの人の魔力を利用しておいて、

 火あぶりってなんなのよ!」

 俺も幼馴染だから事情はわかっている。

 闇魔法に長けているのは、公爵家として名誉なことだ。


 しかし問題は桁外れのパワーだったことと、

 息子ではなく娘だった、ということだ。

 実の親でさえ力を恐れ、それを知られまいと

 彼女を厳しく育て上げ、責務を山ほど背負わせたのだ。

 学ぶ事も多く、仕事に追われ、反逆する間が無いように。


この子が聖女になったのも、教会が勝手に決めたことです!」

 フィオナも悲しげに言う。

 俺は……まあその、それなりに親密だったから知っている。


 各地に点在する教会が競い合い、

 自分のところから聖女を出そうと躍起やっきになり

 それなりに治癒の力を持つフィオナをスカウトし、

 聖女としてまつりり上げたのだ。

 ……報奨金と教会への活動費目当てに。


 ショックと怒りで肩を震わせ、

 美貌を曇らせる彼女たちに俺は言った。

「……まあ、落ち着こうぜ。

 要は婚約破棄をせず、勤勉に努め浪費を控え

 適当なところで表舞台から去ればいいんだろ?」


 二人は微妙ながらもうなずく。

 まだ納得いっていない様子なのは、

 未来の悲惨な結末に、ではないのだろう。


 自分が転生した相手の不遇と周りの理不尽を

 ”本人の記憶”で知り、腹を立てているのだ。

 オリジナルの本人たちは慣れっこというか、

 ”そういうもの”なんだろうけど、

 第三者俺たちから見たら、道理に合わないこと甚だしいのだ。


「んじゃ、そろそろ行くか」

 俺はそう言ってドアを見た。

 実は先ほどからずっと、ドアの向こう側が騒がしいのだ。


 ”大丈夫ですかー”

 ”ドアをお開けくださいー”

 ”ご様子をお知らせくださいー”

 ……誰ひとりとして、本気で心配なんてしてねえくせに。


 エリザベートが不安そうに言う。

「なんて言うつもり?」

 そりゃそうだ。一部の貴族は、俺がこの1年、

 エリザベートに冷たく当たっていたことや、

 フィオナといつも一緒に過ごしていることを知っている。


 俺が転生する直前、クズ王子が

 ”この場で皆に宣言することがある!”

 なんて叫んだのだ。

 何か宣言しないとダメになったじゃないか。


 俺はドンドンと叩かれるドアを見つめる。

 こいつら、別に俺たちになんて興味ないくせに。


 ”また馬鹿な事やって、あの半端ものが”

 ”惨めなことですわね、ああはなりたくないわ”

 ”たいしたものでもないのに、引っ込んでろ”

 いつも通り、そんな風に蔑む対象にしたいだけなのだ。


 俺はこういう、くだらねえオブザーバーが大嫌いだ。


 バターーーーン

「失礼しまぁーす! っと」


 いきおい良くドアが開いた。

 普通、中に王族がいる部屋のドアを勝手に開けたりはしない。

 公爵令嬢だっているのだ。

 どれだけ俺たちが、軽んじられ、

 馬鹿にされているかわかるというものだ。


 彼らは期待していたのだろう。

 この部屋の中で、修羅場が繰り広げられていることを。

 王子と聖女と公爵令嬢が互いに、

 責めたり泣き叫び、ののしり合う姿を

 自分たちにも見せろと侵入してきたのだ。


 おあいにくさま。

「ああ、皆。心配をかけたな。もう大丈夫だ」

 俺はキラキラを最大限に振りまいて、

 大きく開けられたドアの前に群がる人々に笑顔で言う。


「待たせたな、今、そちらに行こう」

 そう言って、俺は公爵令嬢に手を伸ばした。

 まさかのエスコートに、みんなが”えっ?”という顔をする。

 一番驚いていたのはエリザベートだが、

 戸惑いつつも軽く腰をかがめて礼をした後、

 俺の手をとってくれる。


 そして俺は、反対側の手を聖女に向けた。

 見ている者たちは驚愕し、困惑する。

 フィオナも慌てて礼をし、俺の手を取った。


 俺を中央に二人の手を引きながら、

 中庭へと進んでいく。


 そして大勢の前に立って叫ぶ。

「改めて、ここに宣言しよう!」

 貴族や貴婦人、兵士や侍従の顔がニヤニヤする。

 どうせ俺が”公爵令嬢を正妃に、聖女を側室にする!”

 とか言い出すんだと思ってるんだろうな。

 ……甘いぜ。


「先ほど、聖女により雷で受けた傷は回復することが出来た。

 彼女の力は類まれなるものである」

 そう言って俺は、彼女とつないだ手を上に掲げる。

 ボクシングの試合で、レフェリーが勝者を示す時のように。


 聴衆はまだ大人しく聞いている。

 それを理由に側室にするって言うんだろ、といった顔だ。


 俺は掲げていた手を降ろして続ける。

「しかし! 彼女の力は以前よりも少々弱まっているようだ。

 その理由を調べたところ……

 皆の神への信仰が弱まっているのが、原因かもしれぬのだ」


 全員が一様に”はあ?” という顔になる。

 なんでこっちに飛び火が来たんだ? というような。


 俺は続ける。

「最近、教会へ訪れる日が減っている者はいないか?

 毎日おこなうべき祈りの時間を省略している者は?

 常に持つべき礼拝品は、今、どこにある?

 民衆の清らかな心が減ると、

 聖女の力が弱まってしまう可能性が高いのだぞ」


 そう言われ、全員が気まずいような、

 困ったような顔をして、俺たちから視線を外した。

 礼拝品を出してみろ、なんて言われたら大変だもんな。

 そんなの持ち歩くやつ、今どきいるかよ。

 ……俺だって持ってねえ。


 先生にさされたくない生徒のように、

 みんなはうつむいたり、明後日の方向を眺めている。


 そんな彼らに言う。

 この集まりは確か、『聖騎士団 結成の祝賀会』だったな。

「今日はめでたくも聖騎士団が結成された祝いの場だ。

 彼らは国の”剣”だ。その力を存分に発揮するためにも

 この国の”盾”が必要になる時が来るだろう」


 この話はどこに飛んでいくのだ? というように

 あぜんとした顔で聞いている人々。


 俺は今度は、エリザベートとつないだ手を上に掲げる。

「だから彼女の魔力と、聖女の力と合わせることで

 ”この国を守ることが出来る力”を生み出す研究を、

 俺たちは今日より始めることにした!」


 俺の宣言を聞いて、みんなはポカンとしている。

 そのうちザワザワとし、

 一人の貴族の男がニヤつきながらも聞いてくる。

「それは、お二人を共に

 レオナルド王子の妃にされるということでしょうか?」


 俺は眉をひそめて言う。

「なんでそんな話になる? ちゃんと聞いていたか?

 これは研究チームを発足させる、という話だ」


 そう言って、俺は彼女を見る。

「エリザベートは常に王家に対し尽くしてくれている。

 それをこちらも深く感謝している。

 双方にわだかまりはないが、今後については充分に協議し、

 この国や民衆のためになる決断をするだろう」


 婚約解消するなら、穏やかに話し合いますよ。


 とりあえず、自分も面倒に巻き込まれそうになったことと

 彼らにとって”つまらない話”になったため

 こちらに対する興味が薄れたようだった。


 もはや”勝手にやってろ”という空気が蔓延している。

 ……これで良いんだ、これで。


 俺たちは顔を見合わせ、ふう、と息をついた。

 んじゃ、どっかで今後について話し合おうぜ、と思い、

 再び退場しようとした、その時。


「稲妻に打たれた傷は、本当に大丈夫でしょうか」

 俺付きの侍従が、恐る恐る尋ねてきた。

「問題ない。聖女のおかげだ」

 俺がそう言うと、彼は聞き捨てならないことを言ったのだ。


「いやあ、ビックリしましたよ。

 いきなりこの中庭に、

 4本の青いイナズマが天から降ってきたのですから!」


 ……4本?

 まさか?! もう一人、異世界転生した奴がいるということか?!



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