リライト成功!〜クズ王子と悪役令嬢は、偽聖女と落ちこぼれ騎士と手を結び、腐ったシナリオを書き換える〜

はちめんタイムズ

第一章

第1話 最悪のシナリオが始まる

1.最悪のシナリオが始まる


 今日の天気予報は”快晴”じゃなかったか?

 空に響く雷の音を聞きながら、

 急いで公園を横切ろうとした時。


 頭の真上で稲光が起き、それと同時に。


 体にものすごい衝撃が走った。

 世界が発光し真っ白に見えた後、急に暗転し……。


 ……気が付くと、俺はうつ伏せで倒れていた。

 頭を押さえながら起き上がろうとすると。


「王子に雷が落ちたぞ! 誰か医師を呼べ!」

「王子、しっかりしてください!」

「大丈夫ですか?! 王子」

 ……おうじ? 王子って誰だ?


 俺はよろよろと立ち上がり、

 やっとのことで目を開ける。


 最初に見えたのは、長い黒髪の女だった。

 うつむき、顔を両手で覆ったまま立っていた。

 あれ、この人、ずいぶん豪華なドレス着てるな。

 もしかしてコスプレイヤーか?


「え……うそ」

 俺の横でかぼそい声がしたので見てみると、

 床に座り込んだ銀髪の女がいた。

 彼女は両手を口に当て、目を見開いている。

 ……うわあ、こっちのコスプレもクオリティ高いなあ。


 などと思っていたら。

 見下ろしてみると、俺の恰好はいつものカジュアルな服から、

 ロイヤルブルーの生地に金の刺繍が施された、

 中世貴族のような服に変わっていたのだ。


 なんだこりゃあ!!!


「……あ、すごい王子様」

 目の前の黒髪が顔をあげ、俺を見てつぶやく。

 ウェーブのかかった長い黒髪、

 赤く大きな瞳が印象的な美女だった。

 その綺麗な顔をポカンとさせ、俺を見ている。


「本当だわ、すっごい王子様」

 俺の横の銀髪美少女も、こちらを向いて驚いている。

 紫色の瞳をゆらしながら……

 ドン引きしているように見えた。


 なんだよ、すごい王子様って。

 ……まさか!


 俺たちは、ほぼ同時に我に返り、

 ばばばっ!と周囲を見渡した。


 俺たちを遠巻きにしながら、

 ドレスや貴族のような服を着た男女や

 侍従と思われるの人々が、

 心配そうに……いや、興味深げな薄笑いを浮かべ

 俺たちを見守っている。


 そのうちの一人が俺に問いかけてくる。

「雷が直撃されたのです。

 お体は大丈夫ですか?」


 言葉は案じているていだが、まったく心はこもっていない。

 周囲の人々も”なんだ生きてるのか”などと少しガッカリした様子で

 こそこそ話し合っている……ひでえな。

 しかし、カミナリが直撃だと?!


「雷だって? ……死ななくて良かった!」

 思わず叫んだ俺に、黒髪の美女が言う。

「いや、雷に打たれて無事な確率は低いでしょ。

 さっきのあれ、本当に雷なの?」


 それを聞き、見ていたらしき男がうなずいて言う。

「はい、確かに雷でした!

 殿下と聖女様と……公爵令嬢様に直撃したのです」

 俺たち三人は顔を見合わせた後。


 殿下と。(二人が俺を見る)

 聖女と。(俺と黒髪の女が銀髪を見る)

 公爵令嬢。(俺と銀髪の女が黒髪を見る)


「ええ! 確かに天から光の筋が落ちてきて!

 ”青い稲妻イナズマ”なんて初めて見ましたわ!」

「”感電”した方を見たのも初めてですわ~!」

 いやー、すごかったね、などと、

 野次馬たちは口々に興奮気味に話し始める。

「これは何かの天罰……天啓でしょうか」

「ああ! きっとそうだ」


 違うそうじゃない。

 俺たちはすでに気が付いていた。

 これは天罰でも天啓でもなく。


「”青いイナズマ”なんて……

 歌のタイトルでしか知らなかったわ」

 黒髪の女がつぶやき、銀髪の女がうなずきながら言う。

「”感電”も曲名ですね……まさか自分が体験するなんて」

 それを聞いて俺は確信する。

 この二人も、俺と一緒だ。


 俺は二人を手招きし、頭を寄せ合い、

 運動部がエイエイオーするような円陣を組んで言う。

「なあ、これって……」

 二人はうなずく。


「「「異世界転生」」」


 ですよね、よね、だよな。

 語尾以外の、三人の言葉が重なる。


 ほんとにあった異世界転生。


 ************


 念入りに作戦を練る運動チームのように

 円陣を組んだまま俺たちは話し合った。


「とにかくこの状況をなんとかしないとな」

 黒髪の女はうなずいて、俺たちに問いかける。

「自分が誰かとか、思い出せそう?」

 俺たちはそろって薄目になり、

 それぞれがシンキングタイムを取った。


 人生の走馬灯が、光の速さで駆け抜けていく。

 記憶は容易に取り出せたが……しかし。

「……俺はこの国の第三王子だ。

 それも、ものすごい嫌われ者のクズ王子」


 怒涛のように流れ込んできた、屈辱と悲哀に満ちた記憶。

 眉をしかめる俺の言葉に、黒髪の女が激しくうなずく。

「そうそうクズ野郎。

 私という婚約者がいながら

 聖女と浮気してたクズ野郎。

 ……そんな私は非情で残酷な戦闘狂と呼ばれる公爵令嬢よ」


 こいつ、二回もクズ野郎って言ったな。

 しかし彼女はそう言いながらも暗い顔をしていた。

 その理由は俺も分かっている。俺と彼女は幼馴染なのだ。

 彼女もまた、公爵令嬢とは思えぬほどの過酷な生い立ちなのだ。


 銀髪の女が申し訳なさそうに彼女に言う。

「私がその、聖女なのね……。でも実は、

 たいした力もないのに聖女にされてしまって

 相当追い詰められているみたいなの……私」


 

 その通りだ。孤児だった彼女は、

 ほんとは簡単な治癒くらいしかできないのに

 周囲の大人たちにあっという間に聖女として祭り上げられ、

 いつバレるかわからない危険に晒されて暮らしているのだ。


 俺たち全員が間違いなく、

 かなりの”問題アリ人物”へと”派遣”されてしまったようだ。


 能力が極めて低く性格も最悪、遊んでばかりのクズ王子の俺。

 恐ろしい魔術ばかりを使いこなし、残酷で冷酷と言われる公爵令嬢。

 この国久々の聖女なのに、たいした能力も活躍も見せておらず

 不満と疑惑が深まるばかりの聖女。


「転職先は選べるのに、転生先って強制なのね……」

 公爵令嬢がショックを受けた顔でつぶやく。


「……あの、王子? 聖女様?」

 やばい、周りが変な目で見ている。

 俺は必死に何を言えば良いか、

 何をしていたところなのか、記憶をたどった。


 ……そうだ。今、まさにしようとしていたのは。


 横の聖女も状況を思い出したらしく、

 ハラハラとした顔つきで俺を見ている。


 次に目の前の黒髪の女を目が合った。

 ちょっと悲し気に眉を寄せている。

 公爵令嬢彼女も薄々気が付いていたのだろう。

 これから、俺がしようとしていたことを。


 ついさっきまで、俺は。

 彼女に”婚約破棄”を宣言するはずだったのだ。

 この庭園で開かれていた

 『聖騎士団 結成の祝賀会』の場で。


 ……王子こいつ、正気か? 

 婚約と聖騎士団の結成、全然関係ないじゃん。


 しかし、すでに周りに人を集めた後だったらしい。

 しかも数人は、俺の計画を知っていたようだ。

 どこかニヤニヤしながらこっちを見ている。

 

 よほど普段から王子オレはみんなに馬鹿にされているのだろう。

 まだ何もしていないのに、すでに嘲笑と罵倒が始まっているのだ。

 ……それが、王族に対する態度なのか? ほんとに。


 これは本筋通りにやったほうが良いのか?

 苛立ちと焦りで、一瞬そう思ったが、

 運命を受け入れる決意をしたかのように

 悲し気な目でほほ笑む黒髪の女を見て、

 俺の気が変わった。


 王子こいつは知らないが、俺はそんなことはしない。

 公衆の面前で他人の名誉を損なうことに、

 どんな利点があるというのだ。

 悪いが変更させてもらおう。


 俺は周囲を見渡し、笑顔を振りまいた。

 えーっとこの女の名前は……

「エリザベート嬢の具合が悪いようだ。

 しばらく控えの間で……

 聖女……フィオナに治療してもらう。

 皆、そのままで……パーティを楽しんでいてくれ」

 脳内検索を繰り返しながら、

 俺は必死に言葉を紡いだ。


「お待ちください王子、

 念の為、私が診させていただきたいと……」

 さっき駆け付けた医師が、俺の前に進み出る。

 俺はそれを片手で制した。

「いや、それには及ばない

 聖女、なんだっけ……フィオナに任せてもらおう」


 そう言って彼女たちに振り向き、うなずく。

 ぼーっと俺を見ていた二人も慌てて頷き返す。


 そうして俺たち三人は、

 漫才師が漫談を終えて舞台袖にハケる時のように

 無意味な笑顔を皆に向けたまま、

 建物内にある控室めがけて小走りで去ったのだ。


 これが新喜劇ではなく、悲劇の始まりだと知らずに。

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