第21話 シャル、黒騎士団員たちを驚かす
シャルの放った矢が一匹のワイバーンの胸部を貫いた。あまりの衝撃に射抜かれたワイバーンが後方の2,3頭を道ずれにはるか向こうの森まで吹っ飛んでいき…バキバキバキ…木が折れる音が響いた。
次に放たれた矢は、急降下しようとしたワイバーンの片翼を貫き、隊列を組んで続いていた数匹の翼を串刺しにした。翼を綴じられたワイバーンたちはコントロールを失い、矢の勢いのままに上空へ。一呼吸おいて、弧を描いて落ちてきたところを、待ち受けていたクレインが大剣を振りかぶって、乗り手ともどもさっさと首をはねた。
「まあまあだな。精度はまだまだだが」
再び矢を取り出して一生懸命に狙いを定める娘をほほえましく見つめるクレイン。それから、攻撃の手を止めた妻にもの問いたげな視線を飛ばす。
「ダメだわ。
マリーナが軽く肩をすくめて応えた。
なるほど。マリーナが放った
「どうする?のんびりやってる暇はないぞ?」
上空を移動する敵には、騎士たちは成すすべがない。
シャルの矢が一度に叩き落せるのは、せいぜい、3,4匹。(※普通の弓矢ではまず、一匹も落とせない)上空に集まった魔物の数はすでに50を下らない。シャルが地道に落としていくのを待つのも手ではあるが、それでは、それなりに時間がかかる。
おまけにシャルの矢はクレイン手作りの特別製で大量生産はできないため、現在、矢筒にあるのは、30本足らず。
皇子がまだ存命ならば、一刻を争う事態なのは確かだ。
「そうねぇ、直接攻撃魔法が使えないなら…」
マリーナは足元にちらりと視線を落とし、掌を上に両手を広げて高らかに一言。
「
元転移門一面に広がっていた大量の瓦礫がゆらゆらと宙に昇りだす。
「
突如、地面から吹き上がった風が彼女の栗色の髪をはためかせた。
その足元にいくつもの小さな竜巻が沸き上がる。と見る間に、それぞれ、漂う瓦礫を巻き込んで渦を巻き、ぐんぐんと大きさを増していく。
「
マリーナが右手でワイバーンの群れを指さすのと同時に、土砂や金属片を大量に含んだ竜巻群はワイバーンへの特攻を開始した。
* * * * *
(なんなんだ、あれは!?)
ワイバーンにまたがって指揮を執っていた元傭兵の神官は驚愕に目を見開いていた。
すぐ横を掠めて飛び去った金属製の矢(?)の軌道を、数匹のワイバーンを串刺しにして飛び去る先を、呆気にとられて見送る。
風圧で切れたのか。頬にチリッと痛みが走った。
(まるで極細の剣がすさまじいスピードで飛んできたみたいだ)
彼は、傭兵崩れだけあって素晴らしい視力の持ち主。とりわけ動体視力に優れている。
ギルドではA級を誇った手練れの彼でさえ、このような矢(?)は初めてだった。
おまけに、その射手が…
どう見ても、戦いとは無縁そうな可憐な少女?!
目をパチクリして確かめているうちに、少女が手にした武骨な
(え? あんな華奢な手で軽々と弓を?)
空気抵抗を無視して宙を飛ぶ矢が月下に煌めいた。
何匹かのワイバーンが翼の一撃に一塊になって落ちていく光景に、彼はハッと我に返った。
「隊列解除!散開!」
慌てて命じた時には、すでに遅かった。
剣の矢の攻撃に加えて、瓦礫を大量に含んだ小型竜巻がワイバーン部隊に一斉に襲い掛かった。
* * * * *
翼に穴を穿たれ、骨を砕かれ、飛行不可能になったワイバーンたちは、次々と地面に激突し、待ち構えていた騎士たちにとどめを刺された。
危ういところで、激突を免れた乗り手たちも、無傷であろうはずがなく、満身創痍の状態。通常なら人の力では倒せない人狼たちが、信じられぬほど容易に騎士たちの手にかかっていく。
クレインが大剣をふるう度に、血しぶきが舞い、マリーナが風魔法で瓦礫をぶち当てるたびに、くぐもった悲鳴が上がった。
「団長の気配が!」
必死に探索魔法を操っていたケインがうろたえたような声を上げた。ちょうど一匹切り捨てたところだったダンバー補佐官とクレインの視線が合った。
「卿たちは先に行け。ここは、我々ベルウエザーに任せろ」
「かたじけない。この恩は忘れません」
一礼して、ダンバー卿が黒騎士団員たちを率いて走り出した。
「私もご一緒に…」
シャルが後を追おうと立ち上がったその時…
全く似合わぬ白い神官服を纏った凶悪な人相をした男が、数歩先の死骸の陰から飛び出した。殺気を帯びた形相は明らかにシャルに向けられていた。
たまたま近くには誰もいない。運悪く、
「死ね!」
男は巨大な
一瞬の出来事だった。矢を番える暇などなかった。
シャルはとっさに右手に掴んでいた
グッシャ!
男の顎が弾け、その頭がずぽっと音を発てて飛んだ。
「
幸いなことに、シャルは血まみれにならずに済んだ。
マリーナが男の身体のすべてを、頭部と血しぶきも含めて、瞬間凍結したおかげで。
「シャル、大丈夫?怪我はない?」
奇怪な氷の芸術と化した男の遺体には目もくれず、マリーナが愛娘に駆け寄った。
母の顔と自分の手を交互に見つめて涙目になるシャル。
「ごめんなさい。加減を間違えちゃって」
「誰にだって間違いはある、シャル。次回はもっと気をつければいいさ」
人狼をまた一人屠りつつのクレインの父親らしいアドバイスに、『次って…ふつうはこんなのに次はないんじゃ?』と内心で突っ込んだベルウエザーの騎士たちだった。
信じがたい出来事に色を失って立ち尽くすのは、黒騎士団員たち。
皇子の遅い初恋に祝福一辺倒だった彼らの気持ちに若干の、いや、かなりの疑問符が加わったのは言うまでもない。
「皆さま、急ぎましょう。アルフォンソ様のもとへ」
さっさと
『今はそれどころじゃない!たぶん』と、気を取り直した黒騎士団の面々は、再び、皇子の救出に急ぎ向かったのだった。
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