第20話 シャルたち、なんとか到着する
「ガリガウスからの応答がまだありません」
騎士団とベルウエザー軍の選抜混合部隊が整列した『転移門』広間。
それはその類のものとしては、かなり大きなものだった。
直属の魔導分隊の術師の報告に、マリーナがその秀麗な眉を顰めた。
「あら、変ね。先方に使用要請はきちんとしたのでしょう?」
「ベルウエザー子爵名で正式に『緊急要請』の旨、通報したのですが…。あちらからは何とも」
「無視するつもりかしら?まあ、いいわ。強硬突破しましょう。二度は無理そうだから、全員、できるだけ詰めて中に入って準備して」
事も無げに言う
『
複雑な魔法陣をいくつも刻み込んで作られた、いわば巨大でとてつもなく精密な魔道具だ。出発地点と到達予定地点の両方で、かなり緻密な魔法制御が必要とも聞く。
「相手の許可なく『転移門』を通過するなんて…あのう…できるんですか?」
黒騎士団の現統括責任者の任にあるダンバー卿が、クレインに恐る恐る訊ねた。
「大丈夫だ。心配ない。妻はこういうトラブルには慣れている。トラブル対処の専門家と呼んでもいいくらいだ」
誇らしげに言い放つクレインに一抹の不安を感じつつ、ダンバー卿は促されるままに部下とともに門をくぐった。
* * * * *
出発の合図とともに足下の地面の感触が消えた。
続いて、肉体までも消え失せたような、バランス感覚がバラバラになったような形容しがたい感触に襲われる。
大波に揺られて大海を小舟で一晩中彷徨った体験を彷彿される揺れが一刻ほど続き…最終的には凄まじいスピードで、勢いよく地に叩きつけられた…気がした。
ベルウエザーでの転移初体験者たちのほとんどは、気が付くと真っ青な顔でへたり込んでいた。その多くは、転移門そのものは他所で何度か使ったことがあり、所用中の浮遊感など大したことはないと思っていたのに。
転移門に乗り込んだのは、ベルウエザー夫妻とその娘シャルを含めて総勢30名ほど。
到着時の揺れや騒音はそれなりだった。が、実際は、マリーナが施した弾力性に富む
胃がでんぐり返りそうな強烈な吐き気と精神的なダメージを除けば。
「やっぱり壊れちゃったわね、門」
砕け散った元転移門の残骸を踏みつけて、マリーナが言った。やや申し訳なさそうだと言えないでもない口調で。
「仕方ない。緊急事態だったからな」
鋼の肉体と精神力を持つクレインは、すでに平然と辺りを見回している。
「誰もいないようだな。あれだけの音がしたのに。変じゃないか?」
ベルウエザーの騎士たちは慣れたものだ。
気分回復に特化したポーションを飲み干し、各々、武具の点検をすませている。へたり込んでいる黒騎士団員にポーションを配っている者もいる。
すでに日はとっぷり暮れていた。
転移門があったはずの広間は見る影もない。その壁や天井の残骸の隙間から見える空には大きな丸い月と星々が輝いている。
「殿下が囚われているのは、おそらくあちら。あの建物です」
ケインが指さす先には、鬱蒼とした森の中心に聳え立つ純白の尖塔が、月明かりに照らし出されていた。
「父上、母上、何か来ます!」
眼鏡を外したシャルの叫びに、夜空を振り仰いだクレインが不敵に笑った。
「早速のお出迎えだ。一同、戦闘準備!」
月光を浴びて姿を現しつつあるのは、ワイバーンの群れ。その背には毛むくじゃらの人ならざる者たちが乗っていた。
クレインが背に襷掛けにした大剣を左手で抜きはらった。
騎士たちが、剣や槍など、それぞれの得物を持って待ち構える。
シャルが、忠実な
「シャル、『鳥』を落とすわよ!」
まずはマリーナがワイバーンの群れに雷撃の術をぶちかます。
シャルも、特製の
* * * * *
(悪魔は消えた。これで『教会』の名誉は守られる。第二妃まで飛び込んだのは想定外だった。術にかかっていたはずなのに。どうやって、私の術から逃れたのだろうか。有望な駒を失ったのは残念だけど、第三皇子はこちらの手中にある以上、なんとでもなる。あの方もよくやったと喜んでくださるに違いない)
皇子と第二妃が沈んだ水面を眺めていたレジャイナは、静寂を破って轟いた爆音に我に返った。
「大聖女様、すぐにご退去を。侵入者が、何者かの一軍がこちらへ向かっております!」
息を切らしながら、神官が走りこんでくる。
「侵入者?第二皇子の手の者ですか?それとも、ベルウエザーの?」
「わかりません。今、
いったい、なぜ?こんなに早く?この場所がみつかるはずがないのに。
すぐに逃げなければ。目的はすでに果たした。『教会』の関与を明らかにされるとまずい。
レジャイナは、居住まいを正し、素早く命じた。
「わかりました。すぐに
「それが・・・。奴らは転移門を無理に使用したようで。門は大破してしまいました」
「なんですって!」
まさか。転移門を一方的にこじ開けたってこと?
そんなことができるのは、おそらく・・・
「ベルウエザーの破壊の女神」
期せずして、ある名前がこぼれ落ちた。
ゴーダ王国一の攻撃魔法の使い手マリーナ・ベルウエザー子爵夫人の通り名が。
続いて、それと対を成す名前が浮かぶ。すなわち、『赤い旋風』、元傭兵で現ベルウエザー領主クレイン・ベルウエザー。
人づてに噂を聞いたことがある。
ベルウエザー子爵夫妻の非凡さを。ベルウエザー一族の中でも異彩を放つ彼らを決して敵に回してはならないと。
それに、あの華奢な外見に似合わぬ力を持つ二人の娘…
「直ちに、術師たちに全力で魔法陣を描かせなさい。私をここから…」
ザァーザァー…
激しい水流に、続く言葉はかき消された。
凪いでいた水面に、いつの間にか現れた渦が見る間に大きくなる。
「まさか!」
渦の中心がグッと沈みこんだかと思うと、水柱が立ち昇った。
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