第18話 皇子、『装備』の性能を認める

「なぜなんだ?どうして、術が効かない?」


納得がいかないと愚痴り続けている男を、アルフォンソは醒めた目で見つめていた。


男の顔は青ざめ、その額から玉のような汗が滴り落ちている。


見たことがある男だと思う。

確か、数年前、魔術院の魔術体系に関する論文を発表した際、魔術院の教授の一人として参加していた奴だ。


男が再び雷撃サンダーボルトの呪文を唱える。胸の前で、親指と人差し指を繋いで形作られた円に生じた小さな稲光がまっすぐ伸びてき高と思うと、目の前で消え去った。まるで壁にぶち当たったように。続けて、男が放った爆炎弾ファイアーショットの炎が、氷結矢フローズンアローの氷の矢が、同様に消え去っていく。


アルフォンソの身体に触れることなく。


男は肩で大きく息をしながら無駄なことをし続けたあげく、ついにはその場に蹲った。


これは予想していた以上に、大した変装衣装コスチューム、いや防御服アーマーだ。見かけはどうあれ。


アルフォンソは魔法術学者ではないので、どういう理論に基づく技術かよくわからない。ファレルによれば、確か、防御魔法を組み込んだ魔糸を使い、攻撃波に対して魔力吸収幕マジックアブソーバーを発生させる画期的技術、とか?


「皇子、連れてく。神官、言った」


獣面の亜人が現れ、魔力を使い切ったらしい男に告げた。


濁った白目にまん丸い瞳孔。何の感情も伺えない声。ここにいる人狼たちは、どれも似たような風貌でまるで個性が感じられない。


アルフォンソは、以前シャルを救いに行った際に戦った覚えがある。『教会』が使役するために作り出した、意思なき忠実なるしもべたちだ。


攻撃魔法にさらされる前に、その鋭い爪や牙で散々攻撃されていたのだが、アルフォンソの身体に傷はない。


今纏っている装備~カツラや体つきを隠すゆったりとした衣装~は、魔力攻撃だけでなく、物理攻撃でさえ防ぐ機能を持っているのだ。


装着者の全身に透明膜を張り巡らせてすべての衝撃を吸収する、いわば、物理攻撃無力化機能フィジカルアタックナリフィケーションとでも呼ぶべき機能を。


見えない膜に覆われてしまう本人は、琥珀の中の化石気分で、居心地は最悪だが。


着付けてもらいながら、ざっと説明を聞いた覚えはなる。が、まさか、ここまでの効能とは思わなかった。正直なところ、眉唾ものだと疑っていた。

多少、重くはあるが、この見かけで、この性能。ファレル商会の技術力は侮れない。


普通の簡易鎧アーマーにぜひ標準装備してほしい。女装服にではなく。


追跡装置トレーサーも組み込んであるはずだが。

助けがまだ来ないことを考えると、この場所に、妨害装置が設置されているか、魔法遮断術ジャミングが施されているか。



女装服コスチュームの性能についてぼんやりと考えていると、太く毛むくじゃらの手に掴まれ、荷物のようにひょいっと担がれた。


残念だが、たいして時間は稼げなかったな。

体内で荒れ狂う凍気をなんとかやり過ごし、アルフォンソは目を瞑った。


嫌な予感がした。

経験上、自分の予感はけっこう当たることを知っている。

 

こういう場合、仲間を信じて、できるだけ身体を休め、反撃の機会を待つのが得策だ。


おそらく『彼女』も助けに来てくれる。はるか昔、もう微かにしか思い出せないあの頃だって、自分の危機には必ず助けに来てくれたのだから。

そのためにも、やれるだけのことはやる。


自分は、今生で、アルフォンソとして、共に生きていくと決めたのだ。どんなことをしてでも、生き残らなくては。

 

(ファレルは、この仕掛けが持つのは、せいぜい24時間だと言っていた。だとすれば…)

 

体内時計の正確さには自信があった。

時間の猶予があとどれくらいか計算して、人狼の肩の揺れを感じながら、アルフォンソは全身から力を抜いた。

 

 

*  *  *  *  *

 

 

手荒く下に降ろされた衝撃で、意識がはっきりした。


ここは…?川のそばだろうか? 


すぐ耳元で流れる水音がする。

はじける松明の音。茂みに潜む虫の声。はるか遠くでフクロウが鳴いているようだ。

 

じっと横たわって目を閉じたまま、聴覚をフルに活用して周囲を探る。


周囲には複数の人の気配。剣士らしき押えた殺気も混じっている。

乱れた足取りで誰かが近づいてくる。いや、無理やり引っ張られてきているのか?

 

身体を動かすのは、やはり無理なようだ。

少しは休んだせいか。この凍てつく感覚には多少慣れてきた。がっちりと神経に食い込んでいる呪縛が弱まってくれさえすれば、なんとかなるのだが…

 

「まさか、この状況で眠ってるんじゃないでしょうね?それとも、苦痛のあまり気を失ったのかしら?さすが『黒の皇子』様も」


聞き覚えのある声にゆっくりと目を開く。

 

ゆらゆらとした灯に照らされ、大聖女レジャイナの勝ち誇った顔が浮かび上がって見えた。


「こんばんは、アルフォンソ殿下。目覚めて下さって嬉しいわ。ほら、ご覧くださいな。一際明るく輝く満月に、煌めく満天の星々を。堕ちた聖女の魂を天に還すには、うってつけの夜ですわ」

 

レジャイナは背後に視線を向けた。後ろに佇む人物に同意を求めて。


「あなたもそう思われませんか、サマラ妃殿下?」


「まさか、そなた、アルフォンソ殿下を溺死させるつもりか」


サマラ・マリアの呆然とした声がした。


「いい考えでしょう?存在すべきでない、この悪魔は、清めの水で浄化されて永遠に地上から消え去るのです。悪魔の魂が宿っているとはいえ、所詮、人の身。水中で呼吸できずにどのくらい耐えられるか見ものですわね。屍は、沐浴場ごと埋めてしまえば問題ないでしょう…。サマラ妃殿下、どうでしょう?殿下ご自身の手で、この悪魔を水底に沈めては?お互いの未来のため、『教会』と妃殿下との共闘の証として?」


囁かれた内容に、サマラ・マリアが息を飲むのがわかった。



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