第16話 ベルウエザー、皇子救出を決める

ほぼ同時刻、ベルウエザーでは…


「シャル、あなたと殿下とが、前世からの因縁の、並々ならぬ関係なのはよくわかったわ」


マリーナの優しい声にシャルは顔を上げた。

 

「あなたが殿下を助けたい気持ちもわかる気がする。けどね、それと結婚とは別。あなたはまずは今の自分の未来を大切にしなくては。私は、愛する娘には、ごく普通に幸せな人生を歩める相手を希望するわ、ねえ、あなた?」


「そうだ。お前の魂が大昔なんであったとしても、シャル、今のお前は俺の可愛い娘だ。訳あり男には、絶対にやれん!」


「いや、私も訳ありだし。ごく普通の幸せな人生はちょっと無理じゃない?」


予想外の展開に、シャルは丸い目をさらに丸くした。

続いて、弟や祖父までが結婚反対!を声を大にして唱えだした。


「黒竜本人(?)が、復活させてくれって望んだわけじゃないんでしょ?まあ、姉上がそのお陰で生まれたこと自体には、感謝するけど。けど、姉上が、前世からのストーカーのやったことに責任を感じる必要はないと思う。前世は思い出さなかったことにして、因縁なんて忘れ去って、姉上にお似合いの、もっといいお相手を探そうよ」


「そうだな。元祖『銀の聖女』のしでかしたことは、今更どうしようもないことだ。生まれ変わりの皇子が償うのはありだろうが、お前が一緒に苦労する必要はない。あの男ほどの美形は難しいが、それなりに打たれ強い、多少怪我をしても大丈夫なような治癒魔法を使える若者を、おじい様が、探してやろう」


当事者の意向は無視して、新たな『シャルのお相手候補』についての意見が飛び交いだす。


いかに自分が愛されているか、実感できるのはちょっと嬉しい。でも・・・


うちの家族って、やっぱり常識的じゃないのかも。っていうか、ずれまくってる気がする。

 

「とにかく、私は、アルフォンソ様を救いたいの!だから、どうか、ベルウエザー騎士団を出してください。お願い!」


業を煮やしたシャルに、マリーナがあっさりと頷いた。


「じゃあ、この話の続きは、無事に殿下を救い出してからってことで」


「助けてくれるの?」 と驚いてシャル。


「もちろん。領内うちであなたを襲った奴らと関係ありそうだもの。見過ごす気はないわ。それに、まだ、対外的にはアルフォンソ殿下はローザニアン皇国の皇子様、でしょ?ここで皇国に恩を売っておくのも悪くないわ」


マリーナが立ち上がった。


「早々に『転移門』の準備が必要ね。そっちは私が手配する。クレイン、誰を出すかは任せるわ。必要なものを持って、『転移門』前に集合して」


その姿が一瞬で消えた。いつも通りの無詠唱。ほれぼれする速さだ。

自分の領域内とはいえ、これほどの術を事も無げに発動できるのは、マリーナくらいだ。


称賛を込めて妻の消えた場所を一瞥した後、クレインも立ち上がった。


「婚約の件は保留だからな」


早足で部屋を出て行こうとするクレインをシャルが呼び止めた。


「父上、私も一緒に行きます!」


クレインは、足を止め、渋い顔をして振り返った。


「止めても無駄ですから。一緒に行きます。


娘の真剣な顔に、巨漢の口から大きなため息が漏れた。


「わかった。ただし、防御の術を組み込んだ魔物狩猟衣ハンティングウエアを着てこい。この前こしらえてやった十字弓クロスボウも持ってくるんだぞ」


残念ながら、シャルの本気の『力づく』を止められる人間はベルウエザーの騎士団の中にはいない。クレイン自身も含めて。


クレインは、このベルウエザーの領主であると同時に、騎士団の長でもある。無駄だと分かっていることに兵力を割いて、騎士団の攻撃力を損なったり、意気を下げたりすることが、得策ではないことはわかっている。


父としては~たとえ、人間離れした強さを知っていても~愛娘を荒事に巻き込みたくないのは、やまやまだが。


しゅうと殿、ここはお任せしても?」


黙って話を聞いていたラウディス翁が頷いた。


「かまわん。シャルが出るなら、お前が残るわけにはいくまい?気がすむまでやらせてやれ。ま、後で揉み消せる程度にな」


まあ、十字弓の力加減はだいぶ上手になったから、敵をミンチにすることはないだろう。

護衛に愛犬ケリーをつけるとするか。犬型魔物ケルベロスなら、防御は安心してまかせられる。攻撃力もあるが・・・。そっちは、手伝いの必要はないな、きっと。


「ありがとう、父上、おじい様」


クレインは遠い目をして、嬉々として準備に向かう娘の背を見送った。



 *  *  *  *  *



領内に散らばる術師たちに集合するよう伝令を飛ばすと、マリーナは裏庭の奥に築かれた『転移門ポータル ゲート』のチェックに向かう。


皇子が拉致された先がブーマ国内であればいいのだが。


ブーマ国内であれば、どの領地にでも、国内製の簡易『転移門』で、ごく短時間に行き来することができる。


チャスティス・ブーマ現国王が即位して最初に行った政策の一つが、各領に少なくとも一か所は『転移門』を作らせること。


傭兵として放浪してきた彼は、情報や物資、人材のスムーズな移動が、どれほど大きな意味を持つか、よく知っていた。


地方の特産物が迅速に運べるようになれば、農民も商人も潤う。『門』の保全管理をその地の領主に任せ、その代価として、使用者が通行料を領主に支払うように定めれば、領主の損にはならない。皆が利益を得ることができる、画期的な政策だ。


ちなみにこの『転移門』は、操作がしやすく事故が起こりにくい代わりに、移動は国内のみに制限されている。密輸入や犯罪者の逃走に使われて、国際問題を引き起こしてはまずいので。


単に、王になった立場上、傭兵時代のように気軽に動けなくなるから、通販やお取り寄せが便利な社会にしたかったからではない。たぶん。


黒騎士団の術師ケインが新しい情報を持ってきたとの報告が入ったのは、マリーナの指示で術師たちが魔法陣を調整したり、描き足したりしていた最中だった。



*  *  *  *  *



ケインは、マリーナの前で一礼すると早口に単刀直入に告げた。


「皇子殿下の行方を突き止めたとの報告がありました」


「あら、案外、早かったみたいね」


失礼します、と許可を得ると、ケインは空に両手をかざす。小さく口の中で術式を唱えると、広げた両手の間の空間に真っ白な地図が出現した。

その一点には点滅する黒い光が。


「ここに、アルフォンソ殿下がいるのね?」


「そうです。それに…殿下は何らかの理由で連絡不能でいらっしゃいますが、生きておられます。間違いなく」


点滅する黒点が示しているのは、すぐ隣のガリガウス侯爵領の真ん中あたり。領主の館がある中枢地区ではないだろうか?


「そう言えば、あそこには『大いなる教会』の支部施設があったわね。近場でよかった。これくらいの距離なら、2,3回で派遣がすみそうだわ」


「殿下を助けてくださるのですか?」


「皇子殿下を見殺しにはできないわ。シャルが黙ってないもの。結婚相手として認めるかどうかは別として」


安堵で泣き出しそうになった若い術師に、マリーナは頷いてやった。


「どちらにしても、ガリガウス領には近々行くつもりだったし。シャルに言いがかりをつけて、うちの領内を勝手に荒らした一味と落とし前をつけなくてはね」


マリーナは極めて当然という風に言った。


「売られた喧嘩は買うべきでしょ?買った以上は、徹底的にやる。被害は少なくとも倍にしてお返しし、こちらへの賠償金は3倍以上いただくのが、我が一族代々の信条なの」

 

運よく(?)末永くお世話になることになった場合は、絶対に、この美貌の領主夫人に逆らわないようにしよう。


穏やかな笑みを凝視して、ケインは思った。



*  *  *  *  *



臨戦態勢に入った両親と姉があわただしく出て行ったあと…

祖父や守護兵とともに城内で待機することになったサミュエルは、大いに不満だった。


自分には姉や父のように力がないし、母のように魔術も使えない。まだ今のところは。足手まといになるより、城内で祖父とともに待つべきなのはわかっている。けれど・・・


自分の無力さが悔しくてたまらなかった。


久々に古巣に戻った祖父は、両親や主流騎士団の留守中、万が一、敵襲があっても問題ないように、嬉々として城の守りを固める手配をしている。

なのに、自分には何もできることがない。


森でも、姉に守られているばかりだった。


「あの時だって、僕が人質になったりしなければ」


そもそも、自分が猫にかまけて注意をおこたって捕らえられたりしなければ、姉はさっさと賊を殴り飛ばして終わりにしていたのではないか?


足下で真っ白な子猫がニャーと鳴いて、頭をこすりつけてきた。首に巻かれた赤い首輪の金色の鈴がチリンとなった。

その態度がなんだか申し訳なさそうに見えて、サミュエルは優しくその頭を撫ぜてやった。


「お前を責めてるわけじゃないよ、ブランシュ」


数日前に城に紛れ込んで来た真っ白い子猫。

動物好きのサミュエルが発見した、怪我をして死にかけていた子猫。


首輪から飼い猫だと思われたので、街中にポスターを貼って飼い主を探してみたのだが。今のところは誰も名乗り出ていない。

とりあえずは、サミュエルはその色からブランシュと名付けて、自室で飼うことにしたわけだが…


一晩中手当てした甲斐があってか、多少びっこはひいているが、子猫はかなり自由に動き回れるようになった。サミュエルにくっついて、森までやってこれるほどには。

 

「まずは、あの森での事件を考えてみるかな。なぜ、母上の張った障壁に入り込めたのかを」


ぽつりとつぶやいたサミュエルを、ブランシュの大きな青い瞳が瞬きもせずに見つめていた。


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