第14話 皇子の危機とエクセルの後悔

アルフォンソが最初に感じたのは、凍てつくような寒さだった。


ここはどこだろう?


右頬に当たっている硬い感触は床だろうか?

何かが巻き付くと同時に、爆音と爆風。直後に感じた浮遊感には覚えがある。あれは、魔法陣による転移の際の感覚だ。


どこかに強制的に転移されたのは間違いない。

自分は今どんな状態なんだろう?

手足は一応ちゃんとついているようだ。動かすことは無理なようだが。


(まさか、皇国王家直系に、直接、手を出すとは思わなかった。それもこんなに早く)


アルフォンソは自分の迂闊さに歯ぎしりした。というか、したい気分になった。身動き一つ難しい身では、実際には無理だったが。


敵を甘く見過ぎていた。シャルと婚約できると思って少々浮かれていたのも事実だ。


信じるものを守るために戦う者は、時には手段を択ばない。そんなことは、経験上、重々承知していたはずなのに。


他の者たちは無事だろうか?エクセルは、ファレルは爆発に巻き込まれたりしてないだろうか?

サマラ・マリア第二妃は、アルサンド皇子はどこだ?


先ほどから耳に五月蠅く響いているのが、自分の呼吸音らしいと気づく。


呼吸するたびに、冷気が口腔を、喉を摩って肺を突き刺す。

冷え切った手足は感覚がないのに、内部にむず痒いような火照りを感じる。


頭が痛い。身体が重い。

体幹に重く広がる冷たい痺れ。


冷凍されつつある魚になった気分だ。

 

なんとか瞼を開けると、金色の髪が袖や肩口に張り付いているのが見えた。


あの衝撃でもカツラは落ちなかったらしい。腕の筋肉を隠すためのラグラン袖も健在のようだ。

さすがファレル商会の特注品というべきか。

 

背後から武骨な男の手に荒っぽく抱き起こされ、うめき声が出た。

引きずるようにして、イスらしきものの上に引っ張り上げられ、背もたれに叩きつけられる。

痛みをグッと飲み込んで、アルファンソは力の入らぬ腹筋に力を入れて上半身の姿勢を正した。


目の前の人物に意識を集中する。

彼女が誰かはすぐに推測がついた。


「お初にお目にかかります、アルフォンソ・エイゼル・ゾーン殿下」


長く艶やかな髪は銀色と言うよりアッシュブロンド。瞳の色もやや濃い。遠い記憶の中の、『銀の聖女』と呼ばれた女よりも。


「『大いなる恩赦の書教会』の当代の『癒しの聖女』、レジャイナ・パイアスでございます」


大陸最大の宗派の実質的指導者の一人。大聖女レジャイナが、真っ赤な唇でにこやかに言った。


「女装がお似合いで驚きましたわ。さすが、前世で聖女であられた方と言うべきでしょうか」

 

刹那の動揺をなんとか押し殺して、女を睨む。


「本当に残念でたまりません。本来なら丁重におもてなしするべきですのに。どうかご無礼をお許しください。アルフォンソ殿下、いえ、闇落ちした聖女様。心苦しいことですが、あなた様には消えてもらわなければなりません。この世界の平和のために」



*  *  *  *  *



エクセルは猛烈に腹が立っていた。敵を甘く見過ぎていた自分の救いがたい愚かさに。


大胆な誘拐計画だとは思った。冷遇されているとはいえ、第三皇子を誘拐し、その身代として第二妃の私的財産を要求するとは。

陳腐な手だとも思った。王族や貴族の子女相手にはよくある手。その手のことを生業にする一団がいるのも、知ってはいた。てっきり、そんな後先も考えない馬鹿の仕業だと思っていたのに。



第三皇子の予定や第二妃のことについて詳しい者が一枚噛んでいるのは明らか。第二妃の言う通り、皇王が国益を優先し、我が子を見殺しにする可能性は、残念ながら否定できなかった。


現皇王アルメニウス一世は賢王ではあるが、慈悲深い王ではない。彼にとってこの世で大切なのは、皇国と愛妾の忘れ形見だけ。その二つのためにならぬと思えば、私事は切り捨てることができる男だ。


おそらく第二妃宮内に内通者か主犯がいるはず。今でこそ貴族院に通ってはいるが、宮廷内で閉じ込められるようにして育てられた皇子を手なづけるのは難しくなかったろう。特に内部の見知った顔なら。可能性で言えば、行方不明の際に同行していた護衛があやしい。


(まだ第三皇子が生きているなら、取引が終わるまでは大丈夫だろう。大騒ぎになる前にさっさと片付けて、こっそり皇王に報告するか。アルには見捨てるって選択肢はないだろうし。外面に出ないだけで、案外と情に流されやすいんだよなあ、アルは)

 

念のため、『力』を使って探ってみたが、術師の気配はなかった。第二妃や彼女の連れにも、特にあやしい行動はみられなかった。

だから、自分とアルが傍で対応すれば、十分だと過信した。

 

本当に、うかつだった。

 

第二妃とその侍女、それから侍女に扮したアルが、開いた扉から中に入った数秒後。

爆発が起こり、ダンジョン全体を揺れ動かした。


とっさに障壁(シールド)を張ったため、待機していた者たちに大きな被害はなかった。第二妃の護衛たちが目を回したくらいだ。

 

揺れが収まるとすぐに、護衛たちにも手伝わせ、外で待機していた術師のケインも呼び寄せて、瓦解した内部を捜索したのだが・・・


すでにアルフォンソの姿は消え失せていた。第二妃らとともに。

 

彼らがいた場所で発見したのは、床に残された魔法陣らしき模様の一部のみ。


エクセルは、心の中で、自分の頭をゲシゲシと何度も殴りつけていた。

一般的な(?)この手の犯罪グループなら、自分たちなら、簡単に解決できると慢心していたなんて。

 

思い出すのは、3か月前に企てられたアルフォンソ第二皇子暗殺計画。


ベルウエザー一族まで巻き込んだ大事件でアルフォンソが大けがをした事件。

まあ、虚無的にただ生きてきたアルフォンソを変えるきっかけになった出来事だとも言えるが。

 

首謀者の一人だと思われる皇后は、現在、半ば軟禁状態で密かに取り調べ中。現状下では、アルフォンソを排斥しようとする彼女の一派が、下手に動く心配はない。だからこそ、今のうちに、臣下に下るどころが、他国に婿養子に入って完全に王位継承権を放棄すれば、安全だと思っていたのだが。

 

どうやら、いまだに明らかにできていない、彼女の協力者を甘く見ていたようだ。


(まさか、今度はサマラ妃を利用するなんて。確かに同じ妃でも、立場の弱い彼女なら隙を突きやすかっただろうけど。ん?同じ妃?確かに二人とも、皇王の血を引く皇子の母。立ち位置は同じかも。アルがいなくなれば、王位継承権が有利になる)


「俺はバカだ。全てわかってる気で、偏見に囚われてた!」

 

「副団長、落ち着いて下さい」


頭を抱えて唸るエクセルを横目にファレルが言った。

 

「数値によると、団長は、ちゃんと生きてます。より正確に言えば、団長の心臓は元気に動いてます。怪我による出血性ショックも値としては見られません」


彼女は掌に載せた小さな『データ読み取り機』を熱心に眺めている。


改良型女装セット~以前、女装する羽目に陥ったアルフォンソが使用した特殊装備に手を加えたもの~に新たに組み込まれたセンサーで、装着者の安否を確認しているのだ。


「場所の特定には、もう少しかかりそうですが、絶対に見つけて見せます」


先ほどからずっと、『新機能』を使いこなすべく、小さな目盛りやレバーをいじくり続けている。


「今回の、殿下がお召しの女装特殊衣装(スーツ)には、防御機能も付加されています。物理攻撃からも、魔術による攻撃からも、一定時間、装着者の身を守ってくれます。ですから、えっと、しばらくは、大丈夫です」


「しばらくって、あとどれくらいを指すんだ?」


「もって24時間ですから、あと10時間くらいかと」


「たったの10時間か」


エクセルが唸るように言って髪をかきむしった。


「アルの奴、怪我してないなら、なんで連絡してこない?あの、戦い慣れした、負け知らずのアルが?おかしいだろ。いや、あいつには怪我なんか問題じゃないか。お得意の治癒の術で、自分でさっと直してしまうからな。連絡がないってことは、連絡ができない、深刻な状況だってことだ。ってことは」


唐突に黙り込んだエクセルが何もない空中に視線を向けた。


「副団長?」


ファレルに黙るように片手で伝えると、エクセルは耳にかかる髪をかき上げる。

その耳朶には、やや大きめのピアスがきらめいていた。


これも、ファレル商団に特注した通信用魔道具の一つだ。ピアス型通信機は、2つで対になっていて、お互いに連絡を取りあうことができる。


「ケインからだ。ベルウエザーとの交渉に手間取っているらしい」


「こちらは、なんとか、団長の居場所、特定できたようですよ」


ファレルが顔を上げた。


「幸い、あまり遠い場所ではありません。きっと間に合います。いえ、間に合わせましょう、副団長!」


彼女は、ぐっと両手で拳を握りしめた。

 


 

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