第13話 シャル、家族に告白する

測る術もない遥かな昔。

魔獣と獣が混在し、人や亜人と呼ばれるその近似種が、他の生き物と生き残りをかけて競合し始めたばかりの頃…。

この大陸を実質的に支配していたのは、強大な力と知性を併せ持つ『竜種』だった。

 

竜族は驚くほど長命で、大地や大気に含まれた自然の気のエネルギーを自らの力としてふるうことができる唯一無二の生命体だった。


彼らはその外見や能力によって、大きく4つに分かたれていた。


主に火山に棲み、火炎を自在に扱う『赤竜族』。水ある場所に棲み、水を自在に扱う『青竜族』。頂きを好み、空を舞う、風と雷を自在に扱う『金竜族』。それから、智を好み、地に暮らし、翼を持たぬ代わりに重力を操る『黒竜族』。


好戦的で物見高い『赤竜族』が、時には人族や亜人種族らと争うことはあったが、おおむね、竜族は他の種族に対しては寛容であった。いや、脆弱な他の存在など気にも留めていなかったと言うのが正解だろう。

 

彼らは、その特性により、他の陸生の知的生物とは全く違う独自の文化を編み出していた。

 

強靭な肉体に、瞬間記憶力と高度な思考力に裏付けられた知性を兼ね備えた彼らは、文字を持たず、物を加工する技術もなかった。

彼らにはそんなものは必要なかったのだ。形あるものに頼らない海洋に暮らす知的な海獣のように。

 

言語を持たずとも、心話と呼ばれる力で直接精神に働きかけ、同族はもちろん、ほぼすべての生物と意を交わすことは可能だったし、一撃で岩をも砕く鋭利な手指は繊細な作業には向かなかった。


彼らは歌や詩歌などの芸術を理解することはできたが、人族のような物質主義的な価値観とは無縁だった。

 

当時、無敵ともいえる高次の存在だった彼ら。その生物として唯一の、最大の欠点。それが、生殖力の低さだった。


いくら長命でも、子孫が生まれなければ、その種族は必然的に滅びていくもの。

 

竜族は、鳥類と同様に卵による有性生殖。にもかかわらず、性欲あるいは生殖本能がもともと異常に低かった。

たとえ番いになったとしても、生涯に生み出す卵は二つか三つ。無事に成竜になるのはせいぜい半数。

その上、彼らの時代の末期には、性を持たない、いびつな個体が多く生まれるようになった。竜族特有の原因不明の病が流行ったことも、彼らの衰退に拍車をかけた。

 

また、彼らには死を悼む概念がなく、種族が亡びることに対する危機感も少なかった。


彼らにとって、死とは、個としての肉体を失って世界と一体化すること。極めて自然な成り行きに過ぎなかった。彼らの多くは定めを受け入れ、残された肉体は顧みられることもなく放置された。

 

竜族が緩やかに滅びに向かう中、支配種族として頭角を現したのが、彼らと対照的に、脆弱な肉体が故に繁殖力と適応力に富む人族だった。

 

竜の肉や内臓は、毒を含み、肉食獣はおろか死肉食らいでさえ、見向きもしなかった。が、『作り出すこと』でひ弱さをカバーして生き延びてきた人族にとって、その骨や皮、鱗は、武器や道具を作るための貴重な材質となった。


とりわけ、竜の『魔石』~魔物が心臓の代わりに体内に持つ結晶体~は『竜石』と呼ばれ、極めて重宝された。他の魔物の何倍も、いや何十倍以上に。


全ての魔物の力の源、『魔石』。

人族はすでに『魔石』を核に特別な力を持つ『魔道具』を作り出す技術を見出していた。

 

『竜石』で作られた武器は、他の魔物で作られたものと比べ物にならないほどに強力な力を持っていた。たった一つの『竜石』から作られた魔道具が、戦いにおいて勝利を決することも珍しくはなかった。

 

『竜石』の効果はそれだけには留まらなかった。

一部の魔道具師が、砕いた『竜石』を直に体内に取り込むことによって、その力を我がものにできることを発見したのだ。

 

多くの人間が力を欲して、命がけで竜石粉を口にした。無事に生き残れるのは1パーセントにも満たなかったが、その能力はその子孫にも高い割合で遺伝した。また違う系列の『竜石』の力を受け継いだ者たちが婚姻を繰りかえすことで、新たな力が発現した。

 

竜の『魔力』を得た一族。彼らは魔術師あるいは術師と呼ばれ、人族の覇権に大きく貢献した。


独自の魔力を生まれ持つ亜人族と己の肉体と知恵以外持たぬ人族。最初は押され気味だった人族は、竜種の力を利用し、己がものとし、更に変化させることで、生き残るための対抗手段を得たのだった。


術師の力と魔道具の助けにより、人族は多くの亜人種族を圧倒し、竜族亡き後しばらくして、この地を完全に掌握した。

 

古代歴史学者たちが俗にいう古代文明の誕生である。

 

しかし、竜族からこの地を引きついだ人間の文明も長く続くことはなく…。

突然現れた『魔王』によって、その大半はもろく崩れ去ることになったわけだが。

 


*  *  *  *  *

 

怪訝そうな一同をみやってしばし考えてから、シャルはアルフォンソと自分に直接関係ある部分を話すことに決めた。


「リーシャは、銀の聖女『リーシャルーダ』は竜に育てられた娘だったの。彼女は亜人と人族の間に生まれた混ざり者だった。人間たちに迫害され逃げてきた彼女を慈しみ育てたのが、この地で最後に生き残った黒竜『ゾーン』。金の勇者は黒竜の数少ない友達だった。彼の頼みで、二人は、この世界を滅ぼそうとする『魔王』を倒す旅に加わったの」



*  *  *  *  *



ローザニアン王家が保有する『大いなる勇者の伝説』の書。その内容を現代的に解釈し、煎じ詰めると以下のようになる。


『すべての生き物を滅ぼそうとする圧倒的な悪、『魔王』の力。それに対抗するために、王国が亡びた後も、生き残りをかけて人類は絶望的な戦いを繰り広げた。神の声に従い、その筆頭に立ったのが、金の勇者マリシウス、青の魔導士フェィ、銀の聖女リーシャルーダ。そして聖女の慈悲に改心して仲間になった黒竜ゾーン。

・・・勇者の無垢なる剣プレスティーナが道を開き、魔導士の杖が戦士を導き、銀の聖女の癒しの力が人々を救い、黒竜が失われた竜の知恵で勝利を招いた。魔王は決戦の地で倒され、どこにも属さない虚ろなる空間に封じ込められ、世界は救われた』

 

伝説の書は高らかに語る。

聖なる3人と1匹がいかに人類を導き、『魔王』からこの大陸を救ったかを。

 

しかしながら、偉業を成し遂げた彼らの後世は、以下のように簡単に綴られているのみだ。

 

『・・・最後の戦いで、黒竜は死して夜空の星と化した。『金の勇者』と『銀の聖女』は、天に迎えられ大いなる神の眷属となった。『青の魔導士』のみがこの地に留まり、今なお、密かに人の世を見守り続けている』



*  *  *  *  *



「古代史にある竜の話はあながち間違いじゃない。だけど、現代国史に通じる『大いなる勇者の一行』の記述はウソばっかりなの。私もつい最近までは、思い出しもしなかったのだけど」


誰もが知る『大いなる勇者の伝説』。

シャルも皇子も知っている。あれは、後世の治世者が都合よく書き直させた『伝説』だと。


「戦いが終わった後に勇者が妃に望んだ聖女リーシャルーダは、忌むべき亜人の血を明らかに引く娘だった。勇者の忠実な家臣たちは、彼らの王がそんな下賤な女を愛するのが許せなかった。彼女が邪魔だったのよ」


黒竜は魔王との戦いで死んだのではない。

 

希望に満ち溢れていた世界で、黒竜は、共に戦い、命がけで助けてやった人間達に謀殺された。黒竜自らが分け与えた知識をもとに構築された武器の一撃で。銀の聖女リーシャルーダを救おうとして罠にかかって。

 

「生き残ったリーシャルーダは狂ってしまった。彼女にとって黒竜は育ての親。いえ、たぶんそれ以上の存在だったのでしょうね。何よりも大切な存在を失うことに、彼女の心は耐えられなかった。彼女は、魔王の力を異空間から引き戻して、勇者の全魔力と自らの命を贄に禁断の術を使った。散ってしまった黒竜の魂を地上に蘇らせるために。黒竜にもう一度会いたい、その一心で。たとえ、世界を敵に回したとしても」


シャルは冷たくなった紅茶をグイッと飲み干した。


「千年の時を経て、リーシャルーダの術は成就したの。この世に生まれ落ちた黒竜の魂を持つ者。それが、私なの」


シャルは空っぽのティーカップに視線を落とす。


顔を上げるのが、怖かった。

父は、母は、弟は、祖父は、いったいどんな顔をしているのだろう?


(みんなの気持ちは変わらないって信じてる。だけど…もしも、化け物って思われたら…)

 

静寂を破壊したのは、イスがひっくり返り、ティーカップが床で砕け散る音だった。

 

「シャル、お前が黒竜の生まれ変わりだと?!」


見上げた視線の先で、クレインが呆然と立っていた。


「そりゃあ、その可愛い華奢な身体で強すぎるとは思ってたが」


「どうりで、人間離れしてるわけね」


「妙な力の説明もつくな」


納得がいったとばかりに、マリーナとその父ラウディスが顔を見合わしていた。


「と言うことは、もしかして、あの鉄面皮の黒皇子が、聖女様の生まれ変わり?信じたくないよ。『教会』の慈愛の聖女様に、僕はずっと憧れてたのに」

 

サミュエルが泣きそうな顔をしていた。

 

(うちの家族って、やっぱり…変かも)


変わらなすぎる家族の様子に、シャルは脱力のあまりテーブルに突っ伏した。

  

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