第12話 シャル、緊急事態に決心する

「結局、首謀者が誰なのかは、不明ってことね?」


眼前で畏まっている初老の侍従長に、マリーナは問いかけた。


「森で生き残っていた賊は5名。そのすべてを、一人一人懇切丁寧に尋問致しました。皆一様にガリガウス侯爵の御令嬢から依頼を受けたと申しておりまして。強力な自白剤をたっぷり飲ませましたのでウソではないかと」


ガリガウス侯爵家はベルウエザー領の南に接する領地を治める一門。ご近所さんと言えなくもない。


公爵家は由緒ある貴族にありがちな形だけの領主で、領地経営は専門家に任せ、実質的には王都で『貴族的』に贅沢に暮らしている。『貴族』らしいとは言えないベルウエザー一家との共通点は少なく、交流は、現在、無きに等しい。


ブーマ王国建国の際から続く家柄であること以外に特筆すべきところもない、ありふれた高位貴族の彼らが、どんな理由であれ、『国王の懐刀で魔物の番人』呼ばわりされるベルウエザーに、喧嘩を吹っかける度胸があるとは思えない。


おかしな点はそれだけではない。


ガリガウス侯爵には、正妻との間に娘が2人、息子が1人。恐妻家の侯爵には、側室はいない。少なくとも、公式には。上の娘はサミュエルの1つ下。下の娘はその3つ下。息子は生まれたばかりだったはず。

 

昨年、娘のどちらかをサミュエルの婚約者にどうかと打診があったので、家族関係諸々を調べたので確かだ。


ちなみに、婚約の件は、サミュエルの意見も聞いて、後日、丁寧にお断り申し上げた。


「その令嬢とやらが、シャルを無理やりにでも連れてくるよう依頼したってわけ?ついでに虹色の卵をこっそりと持って帰るようにと?」


「そうです。そのう…」


侍従長が言葉を途切らせた。その口角が微かに上がり、そのハシバミ色の瞳が愉快そうに瞬く。


「彼らによると、シャルお嬢様は令嬢のやんごとなき婚約者を誘惑した悪女だそうです」


「シャルが悪女?誘惑したですって?」


呆れ顔のマリーナに侍従長は、今度ははっきりと皮肉な笑みを浮かべた。


「冒険者というより、奴らは流れ者。それも他国からやってきたよそ者ばかりでした。金銭的にも困窮していたのでしょう。まあ、金銭的な理由だけでもなかったようですが。男気っていうんですかね?その令嬢が、儚げな美人で、ぜひ助けてあげなくては、と思った。そう、一人が申しておりました」


流れ者のことはよく知っている。

侍従長自身も領主一族に拾われるまで流れ者であり、人に言えない仕事も金のためにこなしてきたのだから。

現在の彼は、城内管理や領地経営の補佐から、捕虜や不審者の取り調べ~場合によっては拷問ともいう~までこなす忠実な家臣であるが。



ちなみに、シャルの専属侍女のエルサは彼の一人娘だ。


「ガリガウス領のギルド経由で招集されたのは事実でした。正式な依頼書が出されていたのを確認しました。本物の領主の館でそのご令嬢とやり取りをしたそうですから、だまされたのも無理はないかも。ちなみに、あそこの管理人は所用で外出中だったので、何も知らないと主張しております。一つ気になるのは、あれだけ好印象を持っているのに、肝心のご令嬢の容姿を詳しく話せる者がいないってことですね」


「きな臭いわね。精神に作用する術を使われた可能性があるわ。冒険者ギルドには、慎重に依頼h吟味するよう抗議しておいて。もちろん、侯爵家にも一言言っておくべきね」


「卵泥棒の件ですが…。どうやら館から同行した術師の案だったようです。いくつかかすめ取ってくれば、侯爵の方で高値で買い取ると断言したとか。建前上はあの大男がリーダーですが、あの場で実際に指示を下していたのは、術者の方でしょう。彼らには奥様が張られた『対人障壁バリア』をすり抜けた認識はありません。術師一人が、秘密裏に何らかの手立てを取ったと思われます」


「その術師は取り逃がしたのよね?」


「それらしき者は死者の中にはおりませんでした。森中くまなく捜索済みです。念のため、ぎちゃぐちゃで判別がつかない遺体も調べさせております」


『カニ』にミンチにされた元人体をかき集めて調べるのが、その手のことに慣れた部下にとっても、いかに精神的にも肉体的にも苦行だったか。ちらりと思い浮かべたが、侍従長は口にはしなかった。


(いったい何が目的でシャルを?サミーが言う通り、これは、やっぱり、アルフォンソ殿下がらみ?殿下は、まもなく王籍を正式に脱する。今更、王位争い関連で、シャルが狙われるとは思えない。他に何か根深い理由があるってこと?)


お値打ちな婿(予定)だと思っていたが、結局のところ、それほどお得な人材ではないのかもしれない。


しばし黙考したマリーナに、侍従長はコホンと咳ばらいをして口を開いた。


「奥様、捕虜たちの今後のことなのですが」


「王都の刑務所に引き取ってもらう?」


「あの大男がお嬢様に命を助けてもらったと、えらく心酔しておりまして。ぜひ、お嬢様の舎弟になりたいと」


 舎弟?シャルの?


「他の奴らも、ボスが舎弟になるなら、自分たちもと。どうされます?」


 マリーナは大きく息を吐きだした。それから


「あなたの判断に任すわ。調査はこのまま続けて。よろしく頼むわ」


 黒騎士団の術師を名乗る少年が緊急に面会を求めてきたのは、その30分ほど後のことだった。



*  *  *  *  *



「アルフォンソ様が行方不明?」


明日中には会えると自分に言い聞かせてベッドでごろごろしていたシャルは、深刻な顔をしてやってきたエルサの言葉にはね起きた。


急いで部屋着を羽織って広間へ向かう。


そこでは、両親と祖父、ダンバー補佐官を筆頭に先着組の黒騎士団の面々が、見覚えのある赤毛の若者の報告を聞いているところだった。

 

とっくに就寝時間を過ぎてるにも関わらず、なぜか弟のサミュエルまで。騒ぎに気付いて、シャルより先に駆けつけたらしい。

お気に入りの子猫を抱いて、当然な顔で祖父の横に腰かけている。



「殿下が、崩落に巻き込まれていないのは確かなのだな、ケイン殿?」


事の顛末を一通り聞いた後にまず口火を切ったのは、シャルの祖父で前ベルウエザー領主のラウディス・ベルウエザーだった。


「それは、間違いありません」


泥だらけの若き術師がかすれた声で答えた。


「殿下が入られた場所を詳しく探査しましたが、死者はおろか、怪しい痕跡は一切残されていませんでした。おそらく、爆発と同時に、何らかの転移術が使われたのだと思います」


「つまり、その第二夫人らとともに殿下が何者かに拉致され、その行方は全くわからぬと?そなたたちがそばで待機していたのに?」


「カッツエル副団長たちが、現地で必死に捜索中ですが、手掛かりはまだ…」


「生死も不明か?」


「・・・その通りです」


ケインが肩を落として答えた。


「皇王陛下は何と?報告はしたのだろう?」


「緊急通報を飛ばしました。すぐに騎士団を差し向けると伝令が。しかし、それでは、遅い。間に合わないかもしれません」


顔を上げて、ラウディスをキッと見据える。


「誰の企てかはわかりません。ですが、こういう手段を取ったことを考えると、奴らの狙いは我が君の命の可能性が高い。どうか、今すぐにベルウエザーのお力を貸していただけないでしょうか?」


「失礼ながら、娘と殿下の婚約はまだ成立していない。いや、それ以前に、正式に婚約を申し入れてもらったとも言えまい」


クレイン・ベルウエザーの低い声が響いた。


「危険を冒してまで、廃嫡が決まった他国の皇子を助けてやる義理はない」


「父上!そんな、アルフォンソ様は…」


シャルの反論をマリーナの静かな声が断ち切った。


「私も当主の意見に同意します。得体のしれない輩を『我らの敵』にする必要はありません。このご縁はなかったことにした方がよさそうです。シャルは、娘は、もっと安全な、信頼のおける殿方と結婚させます」


「母上!そんなこと、言わないで。私は他の方に嫁ぐつもりはありません」


「あなたはすでに二度もアルフォンソ皇子のとばっちりで危ない目に遭っているのよ。あなたの幸せのために言っているのです、リーシャルーダ」


ケインの、黒騎士たちの視線が、すがるようにシャルに向けられた。


真実を話す時が来たのかもしれない。

伝説とは異なる真実、『伝説の勇者の一行』の後日談を。


「父上、お話ししたいことがあります。お人払いを」


シャルは父をまっすぐに見つめて決然と言った。



*  *  *  *  *



「退室をお願いする」


しばし躊躇った末、クレイン・ベルウエザーの無言の圧力に圧倒され、項垂れた騎士たちが出て行った。

エルサが手早く人数分のお茶の用意をして、一礼して去る。

マリーナはドアにカギをかけ、さらに防音の術を放った。

 

これで、今から打ち明ける話が家族以外に漏れることはない。 

たとえ、誰かがドアの外で聞き耳を立てていたとしても。どこかの術師がどのような盗み聞きの術を使おうとも。

 

いったい何から話すべきだろう?

促すように自分を見つめている家族の視線を痛いほど感じながら、シャルは考える。


落ちつかない様子でやたらお茶をがぶ飲みする父。優雅にお茶を啜りながら興味を隠そうもせず聞き耳を立てる母と祖父。それから、膝にだき抱えた猫を所在なげにいじくりながら、姉を見つめる弟。


それぞれに個性的な家族だ。今の自分にとって何よりも大切な。

できるなら、巻き込みたくはない。

真実を知れば、彼らはどうするだろう?

 

それでも…

アルフォンソを助けたかった。今度こそ、救わなくては。幸せにしなくては。

それが、今の彼女の望みだ。


「まずは、ええと、竜についてはご存じですよね?」


一同を見回して、シャルは考え考え言った。


「もちろん、記録書に残っている程度には」


母の言葉に祖父が首肯する。


「『神に近き魔獣』だっけ?一応『古代史学』の授業で習ったけど。すごく強い知的生物だったのに、滅亡したんだったよね?人間に魔法を教えてくれたって説もある」


古代史は得意なんだ、とサミュエルが言えば、


「俺もベルウエザーの領主になるときに教えてもらったな。はるか昔にこの地に栄えた高位種族で、彼らの導きで人間は魔術や魔道具を使えるようになった、だろ?『大いなる勇者』の話では、最後の黒竜が出てくるし」


と、元平民のクレイン。


そう。竜とは、もはや、この世界のどこにも存在しない過去の遺物。今生きる者が知るのはその程度でかまわないのだろう。


シャルは、自分ではないが、自分であった魂の記憶に思いを馳せた。

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