第11話 皇子、いやいや『装備』を纏う

「見てください。こんなに軽量化に成功しました!これが、わが社が誇る、最新の改良型です!」


シュールレア・ファレルがテーブルに並べられた『装備』を誇らしげに示した。


彼女は黒騎士団の3人の女性団員のうちの一人。

女性にしては長身。剣士としては小柄なアルフォンソと背丈は大して変わらないが、それなりのメリハリボディの持ち主。大柄なことを除けば、整った顔立ちの正統派の美人。帯刀せずに私服で街中なら、ナンパ男が群がるに違いない。。


レイピアを手にすれば、そんじょそこらの剣客では太刀打ちできないほどの猛者なのだが。


「うちの支店がこの町にあって、本当によかった。役立ちそうな新作魔道具や試作品も幾つか取り寄せてみました」


彼女の生家はローザニアン皇国で1,2を争う商家。武具から衣服、地方の名産品まで、何でもござれ。数多の職人を抱え、自社工場や研究施設をいくつも保有しているのでも有名だ。

黒騎士団の騎士たちが武器をアクセサリーの形に変化させて常時携帯できるようになったのも、彼らの魔法技術マジックテクノロジーの賜物だと言ってよい。


ファレル自身も数字にめっぽう強く、事務仕事も得意。書類が苦手な者が多い騎士団では頼りになる存在だ。


煮ても焼いても食えないやり手の父親は、娘にはかなり甘々。算盤ではなく剣を選んだことを当初は苦々しく思っていた母親も、騎士として認められた娘を今では応援してくれている。跡取りである唯一の弟は、元から姉の熱烈な崇拝者だ。


つまり、彼女のコネを使えば、大抵のものは手に入る。それも超お値打ちのサービス価格で。

彼らは、今回も、理由を問うことなく、娘の急な要請にたちどころに応じてくれた。


まあ、後で使い心地の感想や、利点や問題点をしっかりと伝えるから、彼らにとって損な話でもない。

 

「前回の実戦の際の問題点を改良してあります。楽しみにしてください」 


腕がなるわ、と、とってもご機嫌笑顔のファレルに、アルフォンソは顔を顰めた。

彼の使い慣れない表情筋が許す限りの範囲でだが。


「やっぱり、ファレル、君がやるべきでは?」


「いえ、団長こそ適任ですよ。このファレルにお任せください。前回の失敗をもとに、今度こそ完璧に仕上げてみせます」


「手口はどちらかと言えば素人っぽい。ただ、要求されたのは、第二夫人が密かに持ち込んだ、公には知られていない私物。第3皇子の動向を熟知していた節もある。内部に協力者か主犯がいる可能性大だ。だから、万が一を考えて、二手に分れて対応する、だったよな?お前の才能を考えれば、ぶっちゃけたところ、俺もお前が適任だと思う」


興味津々なのを隠しもせず『装備』を眺めていたエクセルがニヤリとした。


「才能でも趣味でもない」


アルフォンソがぼそりと呟く。


「いいえ、殿下の才能の一つですよ!私には無理です!」


なぜか誇らしげに言い切るファレル。


「わざわざ取り寄せてもらったんだ。俺も効果のほどに、とっても、ものすごく、非常に興味がある」


二人だけの時や慣れ親しんだメンバーだけの場合は、エクセルは堂々とため口を使う。


「ただでさえ目立つんだ。わかってるだろ、アル?生半可な恰好じゃまずい。黒の皇子様のご尊顔は、みなにバレバレだぞ?」


「それはそうだが・・・。エクセル、お前こそ、ダンジョンまで同行するつもりなのか?」


「もちろん。前回は見逃したからってわけじゃないぞ。俺は、従弟殿、お前の専従だからな。基本的にはお前の傍にいるべきだろ?ベルウエザー嬢の護衛はダンバーたちに任せる。大体なあ、たいそうな護衛の必要ってある?ベルウエザー嬢の実力を知りながら、彼女を狙う馬鹿がいるか?」


昨夜、カマをかけたとたんに、自主的に口を割ったサミュエル・ベルウエザーを思い出す。


賊に関しては年の割に客観的に詳細を語っていたが、あちらこちらに姉がいかに強いかという称賛に溢れていたっけ。


かなりのシスコンだな、ありゃあ。


あの年齢にしては頭の回転は速い。口も達者だ。母親に似て魔力量も多い。優秀な術者となるだろう。

ベルウエザー嬢に婿入りした後は、アルにとって厄介な小舅になる。間違いなく。


「なんたって、あの細腕で、大木を引っこ抜き、魔物を軽く殴り殺す令嬢だぞ。俺だって勝てる気はしない」


エクセルは、術師ほどの魔力は持たないが、ほぼすべての魔法属性を剣に纏わすことができる、現世では数少ない『魔法剣士』だ。

アルフォンソとはタイプが違うが、掛け値なしに皇国最強の剣士の一人。


「確かにシャルは、物理的には強い。多少の魔物は敵じゃない。けれど、両親の庇護の下、大切に育てられた令嬢でもあるんだ。人間の策略や悪意には慣れていない。シャルのことをよく知らない奴らが、特攻をかけてくる可能性だってある。子爵夫人の障壁をかいくぐって、賊がシャルを狙ったのは事実だし。安心できない」


「わかった。わかった。俺とファレル、ケインがお前と一緒に第二妃と行動を共にする。残りはベルウエザーで第二皇子様の大切な、大切な想い人の護衛に回る。ミッションが終了次第、たとえ終了しなくても明後日中には、連絡を入れる。打ち合わせした通り。それで決定でいい」


それにしても、とエクセルは、感慨深げに幼馴染の従弟を見つめた。


「ようやく、ベルウエザー嬢の名前を呼びすてできるようになったんだな、アル。おめでとう」


「彼女がそう呼んでくれと」


きまり悪げに目を逸らしたアルフォンソの肩を軽くぽんぽんと叩いて、エクセルがしたり顔で言った。

 

「俺は喜んでるんだぞ。世間じゃ、笑わない天才なんて称えられてるけど、実は人間嫌いで厭世的で遠征以外は引きこもり。社交下手のお前が、結婚を、将来を前向きに考えるなんて。俺は本当に嬉しい」


「別に引きこもりではないぞ」


「いや、人生に関してはずっと『引きこもり』だったよ。頭の中は義務や使命ばっかりで。せっかくの生を謳歌しようなんて、一度だって考えたことなかったろう?ベルウエザー嬢さまさまだな」


「あの、そろそろ、準備に取り掛かりたいんですが」


待ちきれなくなったファレルが口を挟んだ。

取り寄せたばかりの『装備』の一つを意気揚々と握りしめて。


「弟殿下が誘拐されたんでしょ。もっと緊張感ってもんが、あるべきじゃないですかね?」


黒騎士団最年少の火炎術師ケインが、もっともなことを口にした。



*  *  *  *  *



一行が『青竜の祠ケイブ オヴ フルードラゴン』にたどり着いたのは、それからおよそ5時間後。指定された時間にぎりぎりだった。


第二妃に随行したのは、見たところ、侍女2人と護衛5人のみ。

事情を知っている人員~最初に顔を合わせた侍女頭シーマと第3皇子が消えた際に付き添っていた護衛騎士3人~も当然その中に含まれている。


「約束通り、他には知らせていない。我らだけだ。アルサンドを返してもらおう」


魔石式昇降機リフトから降りるとすぐに、宝石の入った袋を掲げながら、サマラ・マリアが叫んだ。


入り口広間エントランスは静まり返っていた。

魔石を使った照明装置が備え付けられたホールは薄暗く、彼らのほかに、人の気配はない。

合宿中は開錠されていた研修所や宿泊施設へ続く通路への扉はすべて、安全上のためか、閉ざされているようだ。


右手に侍女頭が、左手にはベールで顔下半分を覆った長身の侍女が、第二妃を両側から支えるように立つ。その背後で、剣の柄に手をかけて、護衛たちが油断なく身構えた。

 

すると…

前触れもなく扉の一つが開いた。

その奥に見えたのは・・・


「アルサンド!」


息子の名を呼んで、走り出そうとしたサマラ・マリアの左腕を、侍女がぐいっと掴んで引き留めた。


5メートルほど先の、眩い明りに浮かび上がっているのは、宙に横たわる少年だった。

目を閉じた青ざめた横顔はサマラ・マリアによく似ている。四肢は力なく投げ出されたまま。死んではいない。胸は微かに上下している。


「護衛はその場から動くな。第二夫人と侍女のみ中へ」


どこからともなく、平坦な声が響いた。


サマラ・マリアが、震える手で、袋越しに首飾りらしきものを握りしめる。

侍女が手をそっと放して、気遣うように彼女をみやった。

サマラ・マリアは小さく頷くと、一瞬ためらった後、扉の向こうへ足を踏み出した。

扉を抜け数歩はゆっくりと歩く。が、急にその歩みが速くなった。

背後にちらりと視線を投げてから、駆け出した背を追いかける侍女。


前方では、支えもないのに浮いていた少年の身体が、ゆらゆらと揺れ出し、徐々に落下しだした。


「あの子を、お願い!」

サマラ・マリアが息を切らし、立ち止まっていた。

驚くべき俊足で追い抜くと、侍女が落ちてくる少年の身体を辛くも受け止めた。

しっかりと抱え込んだ身体をそっと降ろす。

ざっと見たところ、大きなけがはない。意識を失っているだけのようだ。

安堵に一瞬注意がおろそかになった。


「サマラ様、今です!」


侍女頭の声が響いた。

背後でサマラ・マリアが聞きなれぬ音の羅列を詠唱する。


イランド語?いや、これは古魔術語か?


痺れるような痛みが右肩を突き抜けた。皮膚の下の肉に何かが潜り込むぞっとする感触。そこから広がる凍てつくような痺れ。

とっさに身を捩じったアルフォンソの視界に映ったのは、サマラ・マリアの苦し気に歪む顔と侍女頭の勝ち誇った笑顔。


息が苦しい。ひどい眩暈がする。寒くてたまらない。

ぼやけゆく瞳が、地から浮き上がる魔法陣をかろうじて捉えた

耳をつんざく轟音が弾け、全身の力が抜けていく。


「すまない、アルフォンソ殿下」


意識を失う寸前に、泣きそうなサマラ・マリアの声が聞こえた。


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