第7話 『カニ』と『誘拐犯たち」の後始末

魔物の暴走スタンピードのきっかけを招いた盗人たちは治癒の術を施して、あちらに捕縛しておいた。あとで何なりと聞かれるがいいだろう。手遅れだった者は荼毘に伏してやってくれ」


「盗人?」


皇子の言葉にマリーナは眉を顰めて、娘をちらりと見た。


「密猟者の一団が第一級危険生物の卵を盗もうとしたと聞いたが?」


「シャル、サミーはあなたが誘…」


「母上、密猟団が森に侵入したんです」


 シャルが素早くマリーナの言葉を遮った。


「どこかの貴族に命じられた疑いがあります。私とサミーは、たまたま出くわして、たまたま巻き込まれたんだと思います」


「密猟?たまたま?」


「この森に希少種が生息しているのは周知のことですもの。あの虹色の卵なら高値で売れると思ったんでしょうね。どんな危険を招くか知らずに。で、私たちがたまたまその場に居合わせたんです」


「並みの術師が私の結界をかいくぐれるとは思えないのだけど」


「何か、魔道具を使ったのかも。結界術に秀でた術師がたまたまいた可能性はありますし。密猟団に」


「たまたまねぇ。で、その密猟団が、絶対に手を出すべきではない卵をたまたま盗もうとしたってこと?それで、ついでに貴方たちを襲ったと?」


「そうとしか考えられません。まあ、いかにも高く売れそうな卵だし。無知って怖いですよね?」


どうやら誘拐されかけた件は、アルフォンソ皇子には知られたくないらしい。

心配させたくないってことだろうか?


娘の意図を察し、マリーナはそれ以上言及しないことにした。この場では。


後で、捕虜たちに問いただせばいいだけのこと。それなりの場所で。じっくりと丁寧に。

皇子が『治療』してくれたのなら、死者を除けば、余程の深手でない限り、尋問できるくらいには十分回復しているはずだ。



「改めまして、ベルウエザーへようこそ。アルフォンソ・エイゼル・ゾーン・ローザニアン殿下」


母娘の会話を邪魔せずに聞いていた皇子に、あでやかな笑みを向ける。


「おいでいただいた早々の不手際、深くお詫び申し上げます。すぐに本館へご案内いたします。十分なおもてなしは難しいとは思いますが、何卒お許しを。何分、昨日の伝令では明日の午後に供の方々とご一緒に来られると伺っておりましたので」


「約束より早く着いてしまって申し訳ない。どうしてもご令嬢に今日中に会いたくなってしまって」


無表情のまま述べられた言葉に謝罪の響きを聞き取って、マリーナは、お気になさらずに、と首を振った。


「早く来ていただいたからこそ、この程度で、この森は、いえ、娘は、助かったのですから」


「ベルウエザー夫人、まことに申し訳ありません」


突然かけられた第三者の声に、マリーナは驚いて振り返った。


「緊急事態とは言え、勝手に侵入し、結界を壊してしまったこと、どうか寛大なるお心でお許しください」


皇子と同様の黒い団服姿の男が、さっと前に進み出て、深く頭を下げた。

黒騎士団の副団長のエクセル・カッツェルだ。

こちらは埃と汗に塗れ、疲れ切った様子に見える。


「もちろんですわ、カッツエル卿。どうかお顔をお上げください」


この無敵でどこかずれた皇子に仕えるのが、いかに大変かは十分に察せられる。

マリーナにもよくわかる。人並み外れた身内を持つ者の苦労が。


「母上、アルフォンソ様は、金色森林ウナギ(ゴールデンフォレストイール)を持ってきてくださったのですって。今なら、血抜きをすれば湯引きでいただけるそうよ」


大して叱られなかったことに安堵したのか。

シャルがはしゃいだ声を上げた。


「このカニ型魔物も鍋にしたらとっても美味しいんでしょう?」


「そんなこと、誰から聞いたの?」


「おじい様から。昔はよく採って食べたものだって」


「シャル、今は絶滅危惧種よ」


「わかってます。だから傷つけないように努力はしました。なるだけ」


ってしまったものは、仕方ないわね。

マリーナは心の内で呟いた。


「わかったわ。『カニ』は料理人に頼みましょう。当主不在ですので、正式な晩餐は明日になりますが、かまいませんか、殿下?」


「もちろん、かまわない」


巷では『笑わない黒の皇子』と称される男は鷹揚に頷いた。

魔物の遺体を見つめ、俄かに熱を帯びた口調で続ける。


「その魔物の料理、できれば私に任せてもらえないだろうか?この種を見るのは初めてだが、同様の魔物は何度か料理したことがある。絶対に美味しいものを作ると約束する。シャル嬢が喜んでくれるようなご馳走を」


丸々一匹が3杯。断ち切られた足やハサミを入れるとかなりの量だ。

マリーナとしても鍋だけではもったいないと思っていたから、皇子の申し出はありがたい。


彼がいかに素晴らしい料理人かは、娘に贈られた数々の手製の料理(みつぎものですでに証明されているわけだし。

 

狩った獲物はきちんと有効活用するのが、つまり美味しくいただくのが、ベルウエザーの習わしでもある。

正直、城の料理人のプライドがやや心配ではあるが。


それにしても。

自分の最後の一言で、恥ずかし気に頬を染めるのは止めてほしい。まるで、恋する少女みたいに。


「それでは、お言葉に甘えて。厨房はご自由にお使いください」


ふと気が付いて、尋ねてみる。


「他のお連れの皆さまは?」


黒騎士団の一部が、皇子にくっついてくると聞いていたのだが?


「他の者たちは、予定していた通り、明日、到着することになっています。私たちもそうする予定だったのですが。運悪く、皇子が『ウナギ』を見つけてしまって」


エクセルが恨みがましい視線を、想い人と対面している主君に向けた。

が、当の主君は彼の不平をガン無視。というよりも気が付いていない?気にする余裕もないのかもしれない。


それこそ生まれた時から苦楽を共にしてきたエクセルにはわかる。


落ち着いた体を装っているが、アルフォンソ皇子は想い人との3か月ぶりの対面で完全に舞い上がっている。

 

無表情ながらも、無口な彼にしては珍しいほどの早口で『ウナギ』の料理法について、令嬢に滔々と語っているのだから。

 

ベルウエザー嬢も、合いの手まで入れて熱心にきくなよ、と心の中でため息交じりに突っ込んでみる。

どう考えても、愛し合う男女が久方の逢瀬で語り合うほどの内容ではない。

 

それなりに恋愛経験豊富な従兄としては、この状態では先が思いやられるぞ、本当に。

 

マリーナ夫人も似たような感想を抱いたのか。


エクセルと視線が合うと、苦笑いして肩をすくめた。


「それでは、取り急ぎ、使えそうな客室を用意させます。こちらもまだ準備が整っておりませんので大したお構いができるかわかりませんが」


それから、今度は、取り急ぎの詳細を侍従頭たちに伝えるため、伝令の術を唱え始めた。

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