少なくともこれを読む画面からはブルーライトが出ている
しいなず
無題
自然光を避けて、人工光に囲まれた生活になったのはいつからだろう。
貴方も、自分がどちらの光を浴びる生活をしているか、意識しながら読んでみてほしい。
小さい頃の私——小学生くらい——は、太陽光が好きな子どもだった。
ひなたぼっこが好きだった。
外に出るのは虫が苦手だったり、体力がなかったり等の理由でそんなにしなかったものの、ほのかに暖かい光がさす窓際で暖を取るのが好きだった。
春の頃、長袖の服ごしに日光を浴びて、服の中がぽかぽかした空気で満たされるのが好きだった。
夏の日差しは暑いのでよく日陰で涼んでいたが、それでも太陽の明るさが好きだった。
通学路は草木に囲まれていて、草の青い匂いと土の匂いが熱でじりじりと鼻に上っていくのが不快だったけれど、だからこそたまに出かける海や屋外プールの日差しは特別感があった。
水のひやっとした感触と強い太陽光の熱の組み合わせは気分がよかった。
泳ぎはへたくそだったが、ぱちゃぱちゃとした水の感触を味わうのは好きだった。
そんなにたくさん太陽光を浴びていた当時の私は、日焼け止めが嫌いだった。大嫌いだった。
子供の頃はみんなそうなのではないか、と思うくらいだ。
なぜなら今から十年以上前の日焼け止めというのは選択肢が少なくて、今でいうビオレのアクアリッチみたいな軽いものはたぶん無かったからだ。
そんななか親に無理やり塗られるアネッサの日焼け止めは、感覚過敏の気がある私にはすごく嫌なテクスチャだった。
日焼け止めしなくても痛いくらい日焼けした記憶がないのも、日焼け止めを塗るべきだという感覚を抱かせてくれなかった要因かもしれない。痛い目に遭わないと人は行動したがらないものだ。
日焼け止めを塗れるようになったのは、高校生くらいの頃だっただろうか。
日焼け止めの選択肢が増えてきて、軽いテクスチャのものが増えてきた。
夏の体育祭のシーズンに、ビオレの日焼け止めを塗ったのを覚えている。
この時、感覚過敏はマシになったもののまだあった。
どれくらいかというと、手のひらで日焼け止めを塗るのが耐えられなかったので、なるべく手の甲や手首をうまく使って腕や足に塗り広げていたくらいだ。
手のひらに日焼け止めがつくと、指の関節や手のひらのしわに日焼け止めがつくのが嫌な感じがして、それが石鹸で手を洗っても落ちないように感じたのだ。
塗った後の肌に残る日焼け止めが張り付いたような感触も(いくら軽いテクスチャだといっても)感じることがあった。
正直この時点では塗る必要があるからいやいや塗っている、という方が強い。
メイク自体はしないものの、スキンケアする程度に自分の肌をいたわれるようにはなっていたので、日焼け止めも塗る必要があるから塗っていた。
最終的に日焼け止めを塗るのが嫌じゃなくなったのは、大学生になってからのことだった気がする。
大学生になってからは、もっと日陰にいる時間が増えたと思う。
屋内で、LEDライトの人工光の下で勉強をしていた。運動する趣味もなかったので、大学構内で勉強と文化系のサークル活動に時間を費やしていた。
漫画サークルはサークル活動の一環として漫画を買うことができたので、サークル用ロッカーからそれを拝借して読むことがあった。
定期的に刊行される部誌に提出する絵を描くサークルメンバー等に混じりながら読んでいることもあった。
大学一年生の頃は確か体育の授業があったのだが、高校までのそれと内容は違っていて、全て体育館の中で実施していた。確かヨガをしていた気がする。
太陽光の下でヨガをするのはそれはそれで気持ちよさそうだが、生徒が問題なく屋外で授業をするほどの広さは母校のキャンパスにはなかった気がする。
大学生活後半は就活が本格化して面接の用事が増え、それ用にメイクをすることもあった。その頃には日焼け止めを顔に塗るのは特に抵抗感を覚えなかった気がする。
高校の頃と違って、手のひら側に日焼け止めがくっついてもあまり嫌じゃなくなった。加齢か慣れが原因なのだろうか。時間が経ち、今は平気なテクスチャの日焼け止めも増えてきたからかもしれない。
日焼け止めもそうだが、全身用の保湿クリームすら嫌いだった私が、二十歳前後でまったく抵抗感なく体につけられるようになるのだから、不思議に感じた。
人工光に囲まれる生活になったのは、単に屋内にいるようになったというだけではなく、ブルーライトの存在も大きいだろう。また時は小学生の頃にさかのぼる。
私の父は、パソコンが現代の様に普及する前からパソコンを使う仕事をしている。実家にはいくつかのパソコンが置いてある。
私は部屋が三十度になっても暑くないとのたまう母親に付き合っていられず、冷房がしっかり効いた父親の部屋で、父の隣で自分用のパソコンを触っていた。
そうして私がパソコンに触れるようになったのは、小学生低学年くらいの頃からだった。
もちろん小学生くらいの子供がパソコンを使ってやることなんてゲームくらいのものだが、SNSが台頭していない時代だったからこそそれくらいしかやることがなかったとも言えよう。
名前ももう覚えていない、Flashで動くゲームのサイトに入り浸っていた。
中学生を卒業するまで、私が主にブルーライトを浴びるのはテレビとパソコンからくらいだった。
テレビは家族と共用だし、パソコンは寝る時間になればシャットダウンする。
ガラケーはモバイル通信契約していない単なる通話端末でしかなかったので、夜遅くまで見ているということはなかなかなかった。
高校生になって、やっとスマホをもらえてからは、ブルーライトランキングの一位はそれになった。
SNSもそうだがスマホゲーのほうに私はのめりこんでいた。最大で五つはスマホゲーをかけもちしていた気がする。
緩い校則のおかげでスマホは持ち込みも休み時間内の使用も可能だったので、通学時間も昼休みも使える時間は結構費やして遊んでいた記憶がある。
実は当時、ゲーム機らしいゲーム機はDS、3DSくらいしか持っておらず、お小遣いをやりくりして貯めたお金でPS4を手に入れるまで据え置きコンシューマ機も持っていなかった。
パソコンもゲーミングPCなんてハイスペックなものは持っていない。
そんな中、3Dキャラクターがすいすいと動くスペックを持ちながらすぐに取り出せるスマホは、ゲームしやすい環境そのものだった。
財布の紐は固いほうで当時は無課金勢を貫いており、金銭トラブルの類は皆無だったぶん、プレイスキルを研鑽するために時間を費やしていた。
そのため、寝る時間になっても画面を見るようになったのはこのころからだった。
大学生になってからは、スマホゲーよりTRPGを嗜むことが多くなった。
もちろん空きコマや昼休みにスマホゲーを遊ぶこともあったが、スマホを持ってから三年以上にもなれば課金の有無に限らずプレイヤースキルが頭打ちになってくる。
はまっていたのが主にオンライン対戦系のゲームだったこともあり、勝てないストレスで嫌になってしまってアンインストールし、別の趣味に切り替えたのだ。
一見、スクリーンタイムは減るように読めるだろう。しかしそんなことはない。
代わりにSNSを使って誰かと交流したり、TRPGの約束をしたり、電子書籍のルールブックを空き時間に読みながらキャラシを考えたりという形でスクリーンタイムを費やすようになった。
そしてゲームじゃなくなったからこそ、大学生の時のほうが更に画面の閉じどきがわからなくなっていたかもしれない。
SNSで誰かが浮上していると、その人と会話するために起きていてしまうことはないだろうか。それになりがちだったのだ。
特にTRPGセッションのあと、興奮冷めやらぬまま感想を書き込むためにSNSを開いたり、キャラシの成長方針が思いついてデータやメモを書き足したりして夜更かしすることが多かった。
だんだん一限目が空く状況になったり、コロナが来てリモート授業になったりしたので、明日早く起きなくていいからと助長してしまうことも多かった。
日光を浴びなくなった話を前段でしたが、実際TRPGのために外に出なくなったことも多い。
寄り道もせず早く帰って支度をして、夜の待ち合わせに間に合うようにするとか、土曜日まるまる家にこもって一日中セッションだとか。
そうして家から動かなくなると、照明と電子端末のブルーライトが主体の生活になるのだ。
無事に社会人となり、社会人をしている今。
私はまだTRPGは趣味としているし、スマホゲーもジャンルは違うがやっているものはある。
人工光に囲まれている生活をしている。
しかし高校生や大学生の頃よりかは、仕事もそうだしプライベートも買い物などで外に出る頻度は増えた。
手持ちが増えて、手に入る欲しいものも自分で買うべきものも増えて、そのために外に出ている。
仕事は職種も環境もホワイトなので屋内のいたってよくある業務だ。
通勤退勤のために動くついでに買い物の用事を済ませることもあり、学生の頃より太陽光は浴びている。
無論、日焼け止めはしっかり塗っている。日焼けは肌だけじゃなく疲労感にも影響するので避けている。
そしてそんな生活をしている最中、この企画のテーマが「光」と発表されたときに、ふと気づいたのだ。
「自然光」の少ない生活をしていることに。
もちろん昨今は熱中症のリスクがあるため日に当たるのは可能な限り避けたほうがいいのだが、それがあっても随分と日に当たらなくなったと思う。
その気づきを大事にしたくなったので、恐らくいままで書いたことのないエッセイを、書き方の勉強すらせずにこうして書きはじめた。
オチもなにも用意せずに思い付きのまま書いている。まあ、エッセイとは徒然なるままに書くものだからそれでいいのかもしれない。
皆さんは自然光と人工光、どちらの光とより長くお過ごしだろうか。
このエッセイが、自然光と人工光との付き合い方に思いを馳せるきっかけになれたら。
少なくともこれを読む画面からはブルーライトが出ている しいなず @Nanacie-kkym
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
私の小説、あなたの小説最新/風
★3 エッセイ・ノンフィクション 連載中 4話
不文集最新/石嶺 経
★127 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1,126話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます