第6話 見られている
卵を常温にするために冷蔵庫から取り出した。その後、トースターに食パンをセットする。
フライパンにバターを引き、弱火で熱して塩を振ったあとに卵を割ってそっと入れた。卵を一度ザルに入れてから焼きたかったが、今日は寝坊してしまった為、ガイアは機嫌が悪かった。
白身全体に火が通るまで、弱火で蓋をせずに加熱させる。
珈琲を淹れる準備を始めていると、ユノが起きてきたようで「おはよう」と挨拶をされた。丁寧にお辞儀をして返すものの、ユノは興味がなかったようで椅子に座ってテレビを見始める。
ペーパーフィルターをコーヒードリッパーにセットし、計量スプーンで珈琲の粉を測り始めた。
珈琲を淹れ終えてから、皿に食パンと目玉焼きを乗せて提供する。
ユノは両手を合わせて「いただきます」とつぶやいてから、食パンに目玉焼きを乗せて食べ始める。薄切りのパンが好みの彼女のために8枚切りのパンを購入しており、正直ガイアは4枚切りが好みだ。特に目玉焼きを乗せるのであればより一層。
「甘いね、この珈琲」
今日はエチオピア産の珈琲を淹れた。甘いという感想は間違っていない。
どうやら気に入ったようでユノは直ぐに飲み干してしまった。選んだものが気に入られて機嫌がよくなったガイアは、珈琲のおかわりを提供した。
嬉しそうに飲んでいるユノにガイアは話しかける。内容は今日の予定についてだ。
「主、今日の予定はないとお聞きしていますが、もしよろしければ買い物にお付き合いいただけますか」
目を見開いたユノは嬉しそうに首を縦にふる。
「何か買いに行くの?いや、それって昼食は外食だよね?」
朝食後に昼食のことを考え始めるユノにガイアは笑顔を見せた。
食事を終えて外出の支度をする。ユノはジーンズとなにかのキャラクターTシャツを着てきた。描かれたキャラクターが何であるかわからなかったガイアは、何も言わなかった。
葉月ショッピングモールまで車を使用せずに行く。電車で4つ先の駅まで乗り、そこからバスでショッピングモール前で降りる。
彼は車の運転免許を持っている。車は主にヨルが使用していることと免許を取ってからほぼ運転していないことから、自分では運転しようとは思わない理由だった。
便利な公共交通機関を使用し、葉月ショッピングモールにつくと迷いなく家電量販店まで歩いていく。
炊飯器を買いに来たことを察したユノにガイアは言う。
「実は炊飯器をこの前見に来たのですが、どれも同じに見えてしまいまして。お好きなものを選んで頂いてよろしいですか?」
ユノは眉間にシワが寄る。
料理に関するガイアのこだわりはとても強い。キッチンを見れば一目瞭然。インスタンスで済ませてよい珈琲をペーパードリップで淹れ、しかも珈琲の粉は必ず3種類以上はストックされている。カレーを市販のルーで作っているところを見たことがない。炊飯器が壊れていた間は鍋で米を炊いていて、徐々に工程が増えていた。
適当に炊飯器を選んでガイアがもしも満足しなかったら、鍋で米を炊き始めるかもしれない。
彼女はガイアにどのように選ばせるかを考えることにした。
「えぇっと、どんな機能がほしいとある?」
「炊ければよいのですが」
「物によっては保温機能がないものがあったり、洗いやすいタイプだったり。普段料理する人が求めてる機能が入ってるものじゃないと使いにくいでしょう」
自分の主が一生懸命に説明してくれている為、ガイアはきちんと考え直すことにした。
保温機能は必須だろうと思う。いくつか欲しい機能、やりたいことを2人で話しながら5万から6万くらいの炊飯器に決めた。早速会計のため、ガイアがレジに向かう。
会計をしてる間に昼食はどれをねだるか考えていた。オムライス、ハンバーグ、海鮮丼など案内掲示板を見ながら検討する。どれも美味しいのだろうが、ガイアにお願いすれば作ってくれそうなものばかりだった。
「主、帰りますよ?」
「えぇ!? 外食は!?」
「するなんて言ってませんよ」
口元に手を当てて微笑むガイアにユノは睨みつける。期待を裏切るとは罪な男だと思わずにはいられなかった。その上、炊飯器は宅配をお願いしているようで、スーパーマーケットで夕飯の買い出しを手伝わされる羽目になった。
帰宅したときにはユノの機嫌が非常に悪くなっており、リビングのテーブルに買い物袋を置くと「風呂入る」と吐き捨てて去っていた。
外食をさせてあげられなかったことを申し訳なく思いながら、鍋でご飯を炊き始めた。時間を確認すると、昼食と夕食の兼用になりそうなことに気がついた。
玄関が開いた音に気が付き、ガイアはタオルで手を拭いて仕方がなく出迎えた。
「刺し身、いいもんあって買ってきたんだが食うだろ。ユノ、刺し身好きだし」
何も連絡を入れずに、大きなレジ袋に刺し身を入れた状態で現れたヨル。夕食の支度を始めようとご飯の準備だけしていたことに少し安堵した。刺し身は長期保存できない。おかずを用意したあとだと、スケジュールの変更を余儀なくされる。
リビングにやってきたユノは刺し身を買ってきてくれたことを知り、機嫌の悪さはどこかへ飛んでいった。満面の笑みで「ありがとう」と言う。
手巻き寿司の準備を始めるガイアにヨルは近づいて声をかける。
「今日、出かけたんだろ。外食すればいいだろう」
彼は顔を上げて、自分の主が刺し身に注意を向けていることを確認してから答える。
「誰かに監視されている気がしたので、用事のみを済ませて帰るべきだと判断しました」
監視という単語を聞いてヨルの表情が少し曇った。
葉月ショッピングモールはヨルが所属組織の管理下に置かれており、あの場所で犯罪は自殺行為に等しい。監視のような不審な動きも連絡が入るようになっている。探偵が不倫の証拠を集めに来たときも、真面目に組織の人間がマークして不審者ではないかと確認するくらいだった。
「そういえば、今日の仕事中、見られてる気がしたな」
施設を破壊する任務の最中に、ほんの一瞬だけ視線を感じたことをヨルは思い出す。普段気が付かないような距離から見られた気がしたため、振り返ったり警戒態勢を取ることはなかった。
眼鏡越しで睨みつけてくる彼の考えていることは容易にわかる。監視された気がしたことと以前の泥棒の関連性があるか聞きたいのだろう。どこの誰だか検討もつかないことに時間を割くことは無駄だろう。
ヨルは深く考えすぎて思考が偏ってしまうことを懸念して、これ以上深くは言わなかった。
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