第3話 最初の挨拶
昼間は子供連れで賑わい、夜はイルミネーションを見に来るカップルで賑わうここは、葉月ショッピングモール。
映画館や水族館、待ち合わせ場所にできる噴水広場などがあり、1日中遊んでいられる。音声認識による案内を可能にしたタッチパネル式案内板は、子供が触れる遊び道具になっている。
1人でショッピングモールを進み、関係者以外立入禁止の扉を開けて中に進む。職員が慌ただしく歩き回る中、さらに先へ進みヨルは誰も目に止めていない扉を開ける。真っ白な通路の先にはエレベーターがあり、彼はそれに乗り込み特定の順番でボタンを押した。
しばらくエレベーターに乗っている。何分くらい経過しただろうか。携帯電話でニュースを眺めているとエレベーターが止まり、扉が開く。
作業着、スーツ、私服など様々な格好の人物が行き交っている真っ白なエントランスホール。周りを見ることなどなくヨルはフロントの受付嬢の前に立った。
備え付けられた端末から目を離した茶髪の受付嬢は、ヨルを見て微笑みかけた。微笑まれた方は表情を変えないまま見つめている。
「こんにちは、ヨル隊長」
「A-13ルームの予約をしている」
「はい、12分26秒前にコウさんが無断入室してます。一応ヨル隊長が来ることはお伝えしてますが、退室するように声掛けしましょうか」
「しなくて良い」
軽く会釈をして慣れた足取りで部屋へ向かう。道中で備え付けられた自動販売機で珈琲を買い、飲みながら歩く。
たどり着いた部屋の扉に手を押し当てると、指紋を読み込んで開閉してくれる。
白い丸みのある椅子とテーブル。奥には大きなモニターがぶら下がっている。プロジェクターや貸出のパソコンは各部屋に複数台あり、取りに行く手間を省いている。
綺麗で清潔感ある椅子にふんぞり返って座っているスキンヘッドの男に、買ってきた缶珈琲を投げつけた。
男は右手で軽々受け止める。
「お?ブラックじゃん」
「仕事もせずに何してる」
ふんぞり返った態度をやめ、缶珈琲を開けて飲み始める。返事が帰ってこないため、モニター前の椅子に座り貸出のパソコンを開けた。
「コウ、仕事を振りたいんだが体調はどうだ」
「体調はいいっすよ、隊長」
何も言わないまま、表情を変えないまま隊長はコウを見つめている。1分間ほど沈黙が続いた。
誰かがボケをしたり面白い話をしても、あまり反応がないヨルに対してここの職員はだいたい慣れている。彼の表情を変える人物はどんな人なのだろうか。
沈黙を破った音はノック音だった。ヨルは扉を見つめるだけで返事はしなかったが、扉は豪快に開いた。
「たいちょー!!高校初日ですよ。祝ってくださーい」
茶髪の高身長なキヨマサと豪快な彼に困惑した顔をしたアサヒは入室する。学校の制服を着た2人をみて、コウは「若いな」とつぶやく。ここにもしも誰か別のもう1人がいたら、コウのおじさんじみた発言を笑うかもしれない。
2人は空いている席に並んで腰掛けた。
「高校初日と正式入隊。おめでとう。ねぇ、2人の入隊日って1日?」
最初に祝いの言葉をかけたコウ。キヨマサは嬉しいようでニコニコしているが、アサヒは隊長を見ていた。
パタパタとパソコンを操作しながら、3人の視線や質問を無視する。納得するまで作業をしてから顔をあげ、話を始めた。
「キヨマサ、アサヒ。この組織は一般会社じゃない。緊急時はプライベートより優先しなきゃいけないし、命を落とすこともありえる。何より周りの人間には身分や経歴を偽らないといけない。引き返すなら今だ。いいんだな」
この質問は入隊日初日の4月1日にもしている。
魔法や魔術、呪術が存在するこの世界。未知な部分が多いエネルギーである魔力を扱いこなせる人間は減少する一方で、魔法使いを崇拝したり悪用するような団体など増加。
それらに対抗するため、魔力と科学を研究し対策を練る部隊を必要視する人達が現れた。彼らが100年以上前に作った組織が今いる場所である。
当時彼らは規模が大きな組織になると想定しておらず、名前をつけられていない。現トップ5名も名前をつける気がないようで、「名もなき組織」とか「うちの組織」とか好き勝手に呼ばれている。
職務は一般的な事務、厨房、研究などと多種多様にある。
その中で最も特殊な戦闘。魔法や魔術を前にして戦闘をしなければならない戦闘員。魔力を持っており、最低限の制御ができることを絶対条件としているため、万年人手不足である。
ここまで理解できたうえで、アサヒとキヨマサは「はい」と答えた。
「では、次の土曜日に早速仕事だ。3人ともいいな」
3人と言われてコウは目を見開いて、自身の顔を指さした。
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