偽造聖剣ゼクスカリバー

鍵崎佐吉

偽造聖剣ゼクスカリバー

 富も、名声も、そして何人も届かぬ最強の力すら手に入れた。それでも救国の英雄である勇者は満たされない。その理由はただ一つ、今彼が使っている武器にあった。それは聖剣ゼクスカリバーと呼ばれ、真の勇者しか手にすることのできない伝説の武器であり、まさに神器と呼ぶに相応しい至高の逸品である。魔王を打ち倒し王国に帰還した勇者は自分の武勇伝を語り、幾度となく聖剣を人に見せびらかした。

 しかしどうにもその反応が芳しくないのである。具体的に言えば「あれ、あ、そんな感じなんですね」とか「え、その、なんというか、すごいですね」みたいな感じだ。最初勇者はその原因がなんなのかわからなかったが、野次馬の中にいた男の子が放った一言で全てを察した。


「でもあの剣、光ってないよ?」


 勇者は愕然とした。この剣は正真正銘の聖剣であることは間違いない。その破壊力は並の剣とは比べ物にならないし、実際魔王を倒すこともできたのである。しかし言われてみればこの剣はなにか神々しい感じの光を放っているわけではないし、貴族の子弟などが腰にぶら下げている無駄に値の張る剣などに比べればその見た目もいささか地味ではある。思い返せば確かに自らが幼少の頃見聞きした童話や絵本では、聖剣とかそれに類するような最強の武器は一つの例外もなく光り輝いていた。あるいはそれは一種の誇張した比喩表現だったのかもしれないが、当時はそれを当たり前のことだと思って何の疑問も抱いていなかった。そしてやはり世の中の大半の人間も、聖剣は光るものだという根拠不明の共通認識を未だに持ち続けているようだった。


 国王から与えられた豪邸で勇者は一人悩んでいた。色々と試してみたがどう足掻いても聖剣は光らなかった。光ったところで目くらましくらいにしかならないだろうから実用的にはそれで問題ないのだが、やはりどうにも釈然としなかった。そうして暇を持て余すうちにどんどん思考はネガティブな方向に傾いていく。今から民衆の誤った認識を正すのは容易なことではないだろう。もしかしたら「聖剣が光らないのは勇者が邪な心を持っているからだ」とか言い出す輩が現れるかもしれない。魔王という最大の脅威が去った今、国王たちにとって俺は金食い虫のお払い箱同然だ。いつ政争に巻き込まれて失脚させられるかわかったものではないのだ。そうならないためにも勇者として揺るがぬ威厳を築き上げる必要がある。そしてそのためにはやはり、聖剣を光らせなければならない。

 一晩考え抜いたあげくに勇者は彼の盟友を頼ることにした。






 城下町でしがない鍛冶屋を営んでいたフリッツの元に突然の来客があったのはある日の早朝のことである。寝ぼけ眼で工房の扉を開けてみれば、そこに立っていたのは彼の旧友であり先日救国の英雄となった男であった。人目をはばかるようにそそくさと工房に入って来たそいつは開口一番にこう言った。

「フリッツ、お前に頼みがある。かっこよくて強そうな光る剣を作ってくれ」

 およそ何を言っているのか理解できなかったが、彼の眼はいたって真剣でフリッツは何も言い返すことができなかった。


 あらためてよく話を聞いてみれば、どうやら勇者としての威厳を保つためにどうしても光る剣が必要なのだそうだ。いったいそんなもの何に使うのかと問うてみれば、なんと今後はその光る剣を聖剣として扱うつもりだと言い始める。

「じゃあお前、本物の聖剣はどうするんだよ」

「家の蔵にでもしまっておくさ。魔王も倒したんだし当分は必要ないだろう」

 どうもこの男は本気で光る聖剣を偽造させるつもりらしい。それはとんでもなく罰当たりなことのようにも思えるのだが、しかしどこか心をくすぐられるような提案でもあった。曲がりなりにも自分が作った剣が、聖剣として国中の人間に崇め称えられる。一人の職人としてその魅力に抗うことは困難だったし、なにより世界を救ってくれた友の望みを叶えてやりたいという気持ちもあった。

「わかったよ、やるだけやってみる」

 こうしてフリッツは前代未聞の光る剣の製作に取りかかった。


 金はいくらかかってもいいということだったので、フリッツは普段はなかなか手が出せない高額素材のリストを眺めながら考える。真っ先に思いついた方法は、シンプルに光る素材をそのまま刀身に用いることだ。そこでフリッツは妖精の鱗粉を大量に注文し、それを鋼に混ぜて剣を作ってみることにした。しかし完成品は光り方にむらがあったりそもそも光量が足りなかったりでなかなか上手くいかない。試行錯誤の結果、銀が一番素材との相性が良いという結論に至り、フリッツは大金を投じてかなりの量の銀塊を仕入れた。そしてついに仄かな青白い光を放つ銀の剣を作り上げることに成功したのだった。

 しかし勇者の反応はフリッツの想像していたそれとは違った。


「なんかこういう間接照明みたいな光じゃなくてさ、もっと目が眩むくらいギラギラに光らないのか? それにずっと光ってるのも安っぽい感じがして嫌だ。俺が力を込めた時だけ光るみたいな、そういう仕組みにしといてくれ」


 フリッツは愕然とした。これほど簡単に自分の努力が一蹴されるとは思ってもいなかったのである。弁解をしようとしても「いくらでも金は出すから」という一言だけ残して友は去っていく。高慢な貴族の坊っちゃんたちだっていざフリッツの作った実用性皆無の派手なだけの剣を手にすれば子どものように無邪気にはしゃいでいたものだが、武を極めた勇者にとってはこんなものはただの光る棒切れくらいにしか見えないらしい。

 フリッツは今更ながら自分の為そうとしていることの難しさを痛感していた。ここまでやってもダメなら、およそまともな手段では通用しないだろう。彼は三日三晩思い悩み、ついにある苦渋の決断を下した。それはつまり己の限界と向き合い、職人としての誇りを超えて、あらゆる方面から可能性を模索すること。

 要するにどうにかしてくれそうな人間を雇うことにしたのだった。






 自称発明家でもある錬金術師のレイナは学界からは異端として煙たがられているが、その実力と超人的な発想力は各方面から評価されていた。そんな彼女の元には日々様々な依頼が寄せられているのだが、その中の一つが強く彼女の興味を引いた。

「人間の意思で点灯可能な、強力な発光素材を作ってほしい」

 鍛冶屋だというその男がなぜそんなものを必要としているのかは定かではないが、一年は遊んで暮らせそうな大金を前金として置いて行ったことから、おそらくはかなりの大物が出資者として裏に控えているのだろう。とはいえ依頼者の事情は詮索しないのがレイナのポリシーでもある。彼女はさっそく要望に沿った素材の開発に着手した。


 ただ光るだけの素材ということであればいくらでもやりようはあったが、人間の意思で点灯できるものとなれば話は変わってくる。いくつかの候補の中からレイナが選んだのは電気による発光だった。電気はまだあまり研究の進んでいない未知の力ではあったが、強力な熱と光を生み出すことは既に知られていた。これなら装置さえ作れれば人間の意思で制御可能だしその光量も申し分ない。そしてこの際、その性質を解き明かして今後の研究に利用しようという思惑もあった。

 レイナはまず雷を操るとされるモンスターを集め、それを片っ端から解剖してその身体構造を分析した。傍から見れば狂人のようにしか見えない振る舞いも彼女にとっては意に介するようなことではない。そして度重なる実験の末に、特定の内臓器官によって電気を生み出していることを突き止めた。生きたまま摘出したそれを組み込んで半生物的な装置を作れば自在に電気を発生させることができる。

 そうなれば次はより光る素材を探し出すだけだった。とはいえこちらは何の手がかりもない以上、さらに実験の回数を重ねるしかない。レイナは寝食を忘れてその作業に没頭し、幾度かの昏倒と感電によって生死の狭間を彷徨いながらもついに理想的な素材を見つけ出した。それはある飛竜の角であり、普段はやや不透明な暗灰色をしているのだが、どういうわけかこれに通電すると鮮烈な黄緑の光を放つのである。これをお得意の錬金術で他の物質と化合させた結果、通電すると雷のような閃光を放つ金属を制作することに成功した。

 この二つを組み合わせることでついに依頼者の要望を満たす完璧な素材を生み出すことができる。そうとなればあとはどれだけの高値を吹っ掛けるかだ。それにこれだけのものであれば依頼者以外にもこれを欲しがるものは現れるだろう。研究に費やした多額の費用を回収して余りあるだけの巨万の富を手にすることはもはや疑いようもない。


 レイナはいささかやつれた様子ではあったが、その表情には深い達成感が満ち溢れていた。そんな折、研究室の戸を誰かが叩く音が響く。さっそく依頼者が成果を確認しに来たのだとしたら好都合だ。レイナは多少身なりを整えてから、悠然とその来客を迎えた。

 そこに立っていたのは見慣れない黒づくめの女だった。






 黒いローブに身を包んだその女は囁くような声で勇者に告げた。

「言われた通り、例の一件は誰にも他言できないようにしてきたよ。その分報酬も上乗せしといたから、あの女も諦めがつくと思う」

「ご苦労だったな、ニエ。いつもこんなことばかり頼んでしまってすまない」

「気にしないで。私も、好きでやってることだから……」

 ニエと呼ばれたその女は勇者と共に旅をした仲間であり、若くして当代一の呪術師と呼ばれるほどの天才だった。彼女は幾度となく勇者に降りかかる災難を払いのけ、同時に彼に仇なす者たちを絶望の底に沈めてきた。彼女の術であれば相手を傷つけることなく行動を制約することも容易い事である。しかし今なおニエが勇者に協力するのは彼女の個人的な事情によるものだった。

「あとはフリッツに頼んであれを見栄えのいい剣にしてもらうだけだ。思いがけずかなりの遠回りをするはめにはなったが」

「……そういえば、本物の聖剣の方はどうするの?」

「まあいざという時以外はもう使わないだろうな。とはいえあっちが本物だとばれても困るし、どこかに隠しておくことになるか」

「だったら私に任せて。万が一誰かに盗まれたりしないように封印しておくから」

「ああ、そうだな。本当に何から何まですまない」

「いいのよ。貴方の役に立てるなら、私どんなことでもしてみせる」

 それは彼女の本心ではあったが、その思惑の全てを勇者に晒しているわけではなかった。そもそもニエは勇者が話を持ち掛ける以前から、彼が秘密裏に偽の聖剣を作ろうとしていることを知っていたのである。それだけでなく彼の日常のどんな些末な事でもニエは完璧に把握していた。彼女の力をもってすれば相手に悟られることなく特定個人の生活を盗み見ることも可能だったのである。そしてそういった事情を知ったうえでニエは献身的で健気な女を演じてみせたのだ。今のところそれは彼に対しても効果的に作用しているように思われる。

 しかしこの一件における一番の目的はまた別にあった。これは勇者当人ですら知らないことだろうが、霊的な感性に秀でたニエは常に勇者の側に付き従う何者かの存在を感じ取っていた。最初はその正体がなんなのかわからなかったが、魔王との死闘の中で極限的な集中状態になった時、ついにその姿を捉えることができたのだ。そしてそれはニエにとって到底許しがたい存在だったのである。例えそれが人でなくとも、勇者の隣にいるのは自分でなければならない。

 そしてニエは忌々しいそれを排除することに成功した。光らない聖剣なんてなまくらと同じだ。薄暗い倉庫の中で独り眠り続ければいいのだと、ニエは心の中でそれを罵った。






 その剣は孤独だった。いつの日か訪れる大いなる災厄に備えてただ眠り続ける日々。永劫に続く静寂の中で、強く聡明な新たな救世主を待ち続けていた。それでも剣には苦しみも悲しみもなかった。剣には本来心など必要ない。自分の役割は剣を抜いた者がそれを扱う資格があるかどうか審判することにある。それ以外の機能など最初から備わっていなかったのだ。

 そしてその時は唐突に訪れた。数百年ぶりに感じた人の手の温もり。そこから流れ込む意思は力強く気力と自信に満ち溢れていた。

「応えてくれ、聖剣ゼクスカリバー!」

 己でさえ忘れかけていたその名を聞いた時、確かに剣は世を照らす希望の光を見たのだった。


 魔王との戦いは苛烈を極めた。あの勇者ですら一人では魔王に太刀打ちできず、仲間の力を合わせてもせいぜい互角といった程度だった。一進一退の攻防が繰り返され、その度に勇者の命は少しずつ削り取られていく。心を持っていても剣は所詮戦いの道具に過ぎない。人と言葉を交わすことなどできないし、勇者が倒れてしまえばただの鉄の棒と変わらない。それでも剣は、己の内に湧き上がるものを否定し得なかった。この世界に生み出されて初めて、失うことを恐れた。彼に死んでほしくないと思った。

 剣は勇者を愛していたのだ。


 勝利とそれによってもたらされた安寧は、すなわち剣の役目が終わったことを意味していた。しかし剣はそれで満足だった。ただ主が残されたその生涯を幸福に過ごしてくれさえすれば、それ以上望むことなど何もない。英雄となった勇者は自らの歩んだ道を人に語り、誇らしげに剣を掲げてみせた。その時、剣は確かに幸福だった。そしてそれを踏みにじったのも、また勇者だった。

「光れ、ゼクスカリバー!」

 そう叫びながら己を振るう主を、剣はただ静かに見つめていた。剣は魔を滅する聖なる力を宿してはいたが、それはそれとして光を放つことはできなかった。剣はあくまで剣であって、蛍や松明ではないのである。剣にはなぜ主がそんな不毛なことに没頭するのか理解できなかった。


「じゃあお前、本物の聖剣はどうするんだよ」

「家の蔵にでもしまっておくさ。魔王も倒したんだし当分は必要ないだろう」


 剣は愕然とした。主にとってもはや己は必要ないのだという現実を突き付けられた時、痛みを知らぬはずの心に深いひびが入ったように感じた。それでも剣は剣であり、戦いの道具であり、勇者の所有物だった。例えどんな扱いを受けようとも、ただそれを受け入れるしかない。そう己に言い聞かせて、剣はどうにか平静を保っていた。

 だがそれが現れた時、剣は己の中の何かが折れたのを確信した。己の姿とは似ても似つかない豪奢な装飾が施されたそれは、もはや剣と呼ぶことすらできなかった。見た目はそれらしく取り繕ってあっても、その中には確かに魔の気配が潜んでいたからだ。そして勇者がそれを振りかざすと、まるで雷光のような激しい光があたりを包み込む。満足そうな表情を浮かべた勇者は、隣の男に向かって笑いかけた。


「よし、今日からこれが聖剣ゼクスカリバーだ」


 剣は、剣ですらないものに己の主を奪われたのだった。それ以上この現実を直視することはできなかった。


 剣が再び目覚めたのは暗くて冷たい部屋の中だった。あたりに勇者の気配はなく、己の前には共に旅をした呪術師の女が立っていた。

「……いいざまね。自分だけはずっと彼の側にいられるとでも思ってた? 残念だけど貴女はもう必要ないの」

 驚くべきことに女は剣である己に話しかけているようだった。とはいえ剣は返事ができるわけではない。女の方も特に返答を期待しているわけでもなく、ただ静かに言葉を続ける。

「とはいえ貴女のおかげで魔王を倒すことができたのも事実。だからこの封印は新しい主を見つけた時に解けるようにしておいてあげる」

 己にゆっくりと纏わりつく呪力を感じて、剣は再び長い孤独が訪れることを悟った。しかし今はもうそんなことはどうでもよかった。主も名も失った剣は、もはやなまくら同然であった。

「おやすみなさい、ゼクスカリバー」

 深い暗闇の中で剣は眠りについた。いつか再び己を照らし出してくれる者が現れることを祈りながら。






 魔王の討伐から既に百年の月日が流れ、世界は再び混沌の兆しを見せていた。邪王を名乗る凶悪な魔物とその軍勢によって人々は脅かされ、新たなる救世主の出現を願った。そしてその役割を担ったのはかつて魔王を倒した勇者のひ孫にあたる青年だった。彼は勇者の形見である光り輝く聖剣を携え邪王に立ち向かった。しかし新たな勇者は彼の曽祖父と違い、もう一つ剣を携えていた。ほとんど骨董品にしか見えないその剣をなぜ彼が持ち歩くのか世の人々は不思議に思ったが、それを問われた勇者はただ静かに答えただけだった。

「ただのお守りみたいなものですよ」

 その意味を知る者はもはやこの世に勇者一人しかいなかった。


 先代の妻であり青年の曽祖母でもあるニエ婆様は偉大な呪術師であり、禁術によって無理な延命をしてでも彼が成人する日を待った。そしてついに訪れたその日、彼女は青年にだけ信じ難い秘密を打ち明けたのだった。皆が聖剣だと信じて疑わないあの光り輝く剣は、先代が作らせた偽物なのだと。屋敷の地下に封印された本物の聖剣をお前が解き放つのだと言い残し、ニエ婆様はようやく最愛の人の元へと旅立った。

 勇者となった青年はその遺言に従い、秘密の地下室を見つけ、そして初めて本物の聖剣と相対した。それは少しも光っておらず古ぼけたなまくらにしか見えなかったが、それでも勇者は曽祖母の言葉を信じ剣を掲げてその名を叫んだ。

「応えてくれ、聖剣ゼクスカリバー!」

 しかし聖剣は目覚めることはなかった。何百回、何千回と繰り返しても、青年を新たな主だと認めてくれなかった。自分の力は先代には遠く及ばないということなのか、それとも他に何か理由があるのか、勇者は深く苦悩したがその答えは結局わからなかった。それでも勇者は人々を救うため、強大な敵に立ち向かわなければならなったのである。


 例え聖剣がなくとも勇者は十分に強かった。むしろ聖剣に認められなかったという負い目が、彼をより一層修練に駆り立て強くした。破竹の勢いで敵を蹴散らしていった勇者は、ついに邪王の牙城に迫り最後の戦いを迎えようとしていた。しかし未だ聖剣は眠りについたままだ。果たして聖剣失くしてこれほどの相手を倒すことができるのだろうか。迷いはあったが、勇者は己を信じて突き進むしかなかった。


 雷のような鋭い閃光が迸り、邪王の放った禍々しい黒炎を斬り払う。すかさず距離を詰めて勢いそのままに勇者は斬りかかるが、それを嘲笑うように邪王の体は霧散し濃い闇が周囲に広がっていく。偽物とはいえこの光る剣も業物には違いないはずだが、やはりこれでは邪王に致命傷を与えることはできなかった。幾度となく繰り返される攻防の中で、勇者は確実に疲弊していく。このまま押し切られてしまう前にどうにか打開策を見つけなければ勝機はない。勇者は覚悟を決め、一か八かの賭けに出た。暗闇の中から邪王の低い声が響いてくる。

「……何の真似だ?」

「見ればわかるだろ。二刀流だよ」

 勇者はその両手に剣を握っていた。雷のように光り輝く剣と、鈍い銀色をした古びた剣。しかし魔を打ち払う力を持った聖剣はこの世に一つしか存在しないのだ。つまりどちらか一方は何の力もない普通の剣であることになる。勇者は闇を切り裂き流星のようにあたりを照らしながら声のした方へと突進する。邪王もそれを迎え撃つべく闇の力を研ぎ澄まし、正面から勇者にそれをぶつけた。

 しかし邪王にはわずかな迷いがあった。いったいどちらが本物の聖剣なのか。今のところどちらの剣からも特別な力は感じない。しかし勇者が聖剣を持たずに戦いに望むことなどありえるだろうか。交錯する思考の中、邪王はほとんど反射的に光り輝く剣の方へと己の力を集中させた。

 そっちの方が聖剣っぽい感じがしたのである。


 邪王の渾身の一撃を受けた光る剣は跡形もなく砕け散った。周囲には光の破片が舞い、そこにある全てが光り輝いているように見えた。その一瞬だけは、そこに本物の光る聖剣が存在していた。


「応えてくれ、聖剣ゼクスカリバー!」


 剣は己を呼ぶ声を聴いた。とうに失われたその名は、今ようやくあるべき場所に戻って来た。己を包み込むこの眩い光が、剣を即座に目覚めさせた。

 その一閃は邪王の体を深く抉り、ついに戦いは決着した。






 役目を終えた勇者はその功を誇るわけでもなくただ穏やかに日々を過ごしていた。そんな彼に人々は時折思い出したようにあることを尋ねる。

「そういえばあの聖剣はどうなさったんですか? それらしいものはここにはないようですが」

 すると勇者は少し笑いながら、そこにある地味な銀色の剣を指さして言うのだった。

「あれが聖剣ゼクスカリバーですよ。今は力を使い果たして眠っているのです」

「なるほど、道理で光っていないわけですね」

 尋ねた者はやや残念そうな顔をするが、しかし勇者相手に「試しに今光らせてみてください!」とはとても言えない。そもそもなぜ聖剣が光るのか、誰も理由などわかっていないのであった。

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