第2話 家族



「なにぃ?VR学校だと?駄目だ駄目だっ!そんなバカみたいな学校に行ったら、登までバカになっちまう!これ以上バカになってたまるか!!」



時代錯誤な居間には、ピンと逆立った髪の筋肉質なお父さん。その横には静々と寄り添うようにクールなお母さんが座っていた。



「父さん遅れてるー、今時VRなんて当たり前だよ?」


「さっきのぼるも似たようなこと言ってたよね」


「しー、静かにしててっ」


「ハ~イ」



お父さんは腕を組んだまま、私を真っ直ぐに見てキッパリと答えた。



「絶対に駄目だ」


「ッ……ね、ネットが普及した時代の事を思い出してよ!覚えない老人はどうなった?不便なまま死んでいったよねっ!?」


「そんなことはない!……と思うぞ。たしかに、ネットの環境を知る事は良い事だとは思う。だがな」


「そこまで専門的に学ぶ必要はあるの?登がしたい事は私も応援したい、けどね…」


「その通り!忍さんが俺の言いたい事を全部言ってくれたぞ!!」



お母さんはニッコリ笑った。…なんか怒ってる?でも、もっともな事言ってるよね。私もそう思うし、上手に言い返せそうにない。お助けマンにお願いしよう。



「日菜お願い、ヘルプ!」


「わかった。…え~っとですね、お義父さんお義母さん」


「なんだ(なぁに)」



なんかニュアンスがおかしい気がする。気のせいか?



「まずは、こちらをご覧ください!」



日菜の腕時計が青白い光を放ち、PCのデスクトップ画面が天井に映される。いつの間に作ったの、こんなグラフ。首痛くなりそ…う。



「――ですから、第二の世界と言われることもあり、今は仮想世界もこちらと等しく、一つのステータスです!ここ最近では、誰もが持ってる家のように、あって当たり前の物!それを持てないことは恥ずかしいと言われてます。ネットホームレスとか言われています!」



たぶん、言われていないと思う。ていうか日菜も成長したね。こういう発表は苦手なタイプだったのに……で、どうして二人は真剣に聞いてるの?日菜は信用あるなぁ。



「ゲームを学ぶということは、世界を学ぶといっても良いのではないでしょうか!!」


(良いわけない)


「なるほどなぁ」


「……世界」


「人は挑戦を続けて月に辿り着きました!誰かに否定されても、挑戦することが大切です!私も登についていきます。一緒に応援してあげられませんか?」



私はそうは思わないけどね……日菜は詐欺師の才能があるかもしれない。

お父さんは目を瞑り、数秒。カッと開いて口も開けた。



「日菜子ちゃんが息子についていてくれるなら安心だ。なぁ?忍さん、俺はいいと思う」


「夫婦ですね、私もそう思っていました」



おぉ、日菜すごい!



「日菜ありがと~」


「いいよ、このくらい…」


「おい!いい加減にそのナヨナヨした態度と言葉遣いはやめろ!!」


「うぐっ……」


「あの学校に通って、少しはマシになったかと思えばなんだ!!昔のお前は…」



まただ。もう嫌だな。――男らしくしろ。

そんなこと言われても、直らないんだから仕方ないじゃんっ。

おじいちゃんもお父さんも通ってた中学には頑張って行ったんだ。

それで許して、くれないかな……。



「吉宗さんも、よく平気な顔でいられますね」


「………」



お父さんの顔色が一気に悪くなった。……お母さん?



「吉宗さんの口から、登に言わなきゃいけないことがあるでしょう?」


「し、忍さん…まだ日菜子ちゃんもいるんだ。今では、ないだろう……」



お母さんはテーブルに肘をついて、お父さんの顔を覗き込む。

なんかぼそぼそ言ってる、怖ッ!!



「わかっ…わかった。ぐっ、ごほん!!」



いやに溜めるね、なんだろ?



「あのな登。実は………お前に妹ができた(早口)」


「「いもうと?」」



日菜と顔を見合わせる。日菜も知らないみたいだ。いもうと?

それってーと、つまり?妹だ。妹か、妹ね……お母さん妊娠してる!?



「うそ!!」


「紛れもない真実よ」


「あ。おめでとうございまーす」


「「……」」


「…あっ」



よく見たら、少しふくよかに見えなくもない?お腹は普通に引っ込んでる。

そうか、私を家から遠ざけたのは……いや!めでたいからいっか!このお腹の奥にまだ見ぬ妹が…



「の、のぼる?違うみたい、早く戻ってきてっ」


「すまん!!出来心だったんだ!!!」



急にお父さんが土下座した。



「え!?」


「お義母さま。それは、浮気相手の女に、娘が…いた?」


「そうね」



あっけらかんと、感情のない声で言うお母さんが怖い。私はそぉ~と手を離した。



「私が登のお世話をしている間に、他の女と会ってた……そうですね、吉宗さん?」


「ナンパされたんだ!その…つい、魔が差してしまった。本当にすまなかった!!」


「流石お父さん、男らしいね!」


「うるせぇい、親父か父さんと呼ぶんだ。それと精一杯罵れ、女みたいにネチネチ言うなッ」


「いつ私がネチネチしましたか?」


「滅相もございません!!!」





あれから…お母さんが暴れて、日菜が止めたり私の家は騒がしくなった。

今は二階にある寂しい自室に鞄を置いたところだ。

日菜のご両親は仕事でいないけど、流石に下に降りるのは……八つ当たりで怒られたくないや。VRで遊ぶのは明日だね。朝一で日菜の家に行こう!



「それに妹か、どんな子だろう?」



お父さんの血だから、元気な子かな?厳しい子かもしれない。

年は一つ下、会うのが楽しみだ。



「高校行けるのは良かったけど、中学は休めそうにないな……うぅぅ、現実逃避だ」



実家には、おじいちゃんの形見の据え置きゲーム機があった。

過去の遺物で、今ではかなりの値打ち物だ。…学生にとってはね。

ネットに繋ぐとコアな人がまだやってたりする。一部のゲームだけだけど。


それも今は片付けてあった。この三年間、帰っても触る時間はなかったから。

休みの間は日菜とお出かけで、疲れて寝るくらいしか部屋にいなかったし。

あの寮の部屋は何もできない。運動か本読みくらいだ。マジであそこは刑務所だよ。



ピコーン!



「でも、ここはマイハウス……あ、懐い!つかさがインしてる」



tsukasa29。彼と知り合ったのは、パーティ型の対戦ゲーム。名前を覚えるくらいに何度も何度も対戦する内に、チャットで仲良くなってフレンド申請をした。それから、つかさは別のゲームに誘ってくれて、一つのゲームだけじゃなく、色んなジャンルのゲームをプレイした。映画とは違う、一緒に旅をしてる感じがとても楽しかった思い出だ。中学に上がる前にゲームが出来なくなる事情を話したら、フレンドは残しておいてと言われて、そのまま……。今日はたまたまかな?ずっと待ってくれてた、わけないか。



【ボイスチャットに招待されました】



「あ!この音だよ……懐かしいなぁ。もちろんっ」



コントローラ―を差して、入室する。



『…あ、…あ……シャーク?久しぶりだね』



機械音声が流れた。マイクが声を読み取り、カスタムされた音声を流す機能だ。

大概のVRゲームは肉体をスキャンするから、体格がモロに出る。けど声は機械音声で変えられる。特徴のある声でも友達にバレたりはしない。情報保全社会だからね、それが普通だ。つかさとは生声でもいいと思うけど、もう機械音声が耳に馴染んでいて結局しなかった。


つかさと中学の話をしつつ、久しぶりにパーティゲームをする。

ランダムで選ばれる実力が伴わないミニゲームは、実力が拮抗してとても楽しい。



『イーグレットに行くのかい?実は僕も、そこに通う予定でね』


『ホント?じゃあ会えるかも!』


『きっと会えるよ、専門はどこに?』



また高校に行く楽しみが増えた!……専門って?



『どうやら、今年は生徒数が増えるようだね。元々あの学校は、メタバースそれに量子力学を専攻させる開発系の大学へパートナーシップを取る為に作られた学校でね。あ、ちなみに僕は、仮想空間を高校の内から教える事と学園の理念に感銘を受けて、開発を専門にと思っていて…』


『う、うん』



つかさ曰く、配信部門、攻略部門、開発部門、解析部門があるらしい。

主に授業でゲームをプレイするのが、配信と攻略。ゲームというか仮想空間?フィールドを制作したり、データを解析するのが解析部門?



『よく分からないけど、その中だと配信か攻略になるかな?それは幼馴染に聞いてみないと』


『そうか……それ、決まったら僕にも教えてくれないか?僕もシャークと一緒の所に行きたい』


『え、いいの?つかさは開発の方に行きたいんじゃなかった?」


『それは……また君と一緒にゲームがしたくてね。一年の内に変えられるはずだから、気にしないでいいよ』


『あ、そうなんだ。じゃあ明日聞いてみるね?つかさと学校で会えるとかぁ、楽しみが増えたよ!』


『ふふっ、僕も君と会えるのが待ち遠しいよ。ごめん、そろそろ寝ないといけない。切るよ?』


『うん!またね、おやすみっ』


『…っ!またな!』



私の名前は鮫島登。そこそこ有名だったが、それも昔のこと。

シャークは流石にやめて、新しい名前を考えたい。

カッコイイのとカワイイののどっちがいいかな…………悩ましい。



コンコンッ



この速くて鋭いノックはお母さんだ。



「登、まだ起きてる?」


「一応、起きてはいるけど」


「話があるの」



嫌ぁ~な予感がヒシヒシとドア越しに感じた。



「もう明日に…」


「お邪魔します。登ッ!!」


「うわぁあ!?ビックリした……いきなり、なに?」



急に抱きついてきたりして。…まさか、別れるとか言わないでよ?

少し落ち着いたお母さんはベッドに座った。そしてそのまま寝転がってしまう。



「ねぇ、お母さん大丈夫?」


「もちろん。――大丈夫じゃないわ」



返す言葉もないよ。それで私はどうしたらいい?

ベッドが占拠された。寝るなら自分の部屋で寝てください。



「おい、登いるか?あッ…すまん、またな!」


「「………」」



浮気は悪いことだけど……妹ができたのは、嬉しかった。

お母さんには悪いよね。隣に座って、一緒に寝てみる。

すると横からヤケに通る声で、脈絡もない話を仕掛けてきた。



「登は学校で、彼氏できた?」


「できないよ。…いやそれも違うね、彼氏なんてありえないから!」


「あら?あなた、男性が好きなんじゃなかったの?」


「なわけない!え、そう思われてたの?」


「いつも女の子みたいにしてたじゃない。本当に、なにもないのね?…襲われたりはしなかった?」


「それ日菜にも言われた。平気、問題なし」



日菜に帰る度に聞かれる。入る前にも何度も言われて、入学式が怖かった思い出だ。

お母さんは学校での話を聞きたいのかな?あまり一対一で話す機会はなかったかも。



「それなら、そうね。日菜子ちゃんとはどうなの?」


「日菜はお友達だよ?」


「そうじゃなくて。その…異性として見られない?恋愛感情、そろそろ芽生えてこない?」


「なんなのさっきから………あ。あのね、お母さんには話しておこうと思ってたことがあるんだけど」


「……え、なにっ?まさか浮気相手と知り合いだった、とか!?」


「違います」



私は人を性的に見られない。

エッチな広告を見ても、ふーん?エッチじゃん。で終わる。はぁはぁしない。



「そう、つらかったわね。うっ…う…あ、ごめんなさい、私っ……実は、お母さんも登と同じでね?」


「え?」



お母さんは私の髪を撫でながら、お父さんとの馴れ初めを涙交じりに語り出した。



「私の遺伝のせいかもしれない…っ」


「そんなことないよ!」


「いいえ、あるでしょう?吉宗さんだって、きっと性に奔放な方が好みだったのよ!いつも私からお誘いすることはな…」


「そんな話は聞きたくない!!」





自然に目が覚めた。夜更かししても、早起きが身に付いてる。

顔を洗って一階に降りると、お味噌汁の匂いがした。塩の香りぃ♪



「おいしそー!!学校だと、朝からお肉なんて出ないからさ!」



父親が漁に行く朝は決まって揚げ物だ。ハムカツ、アジフライ、唐揚げが定番だけど、今日はシンプルなカツだった。お母さんは料理が本当に上手。

だけど量が、少し多くない?



「忍さん、俺のカツが少な…」


「気のせいです」


「でもこれは、端だけ……しかも1cmもないぞ?8ミリくらいか?見ろ、登の皿を!これはあまりにも…あまりにもじゃないか?」


「いやですね吉宗さん。もう老眼ですか?山でも見て目と心を鍛えてください。これだから海の男は……(ぼそぼそぼそ)」



やめて、夫婦喧嘩に巻き込まないでほしい。あれ、ソースがない?



「ねぇ、ソースは?」


「忍さん、知っての通り今日は漁がある。流石の俺でも、これだけだと元気が出ないなぁ~、頼むよぉ~」



ダンッ!!



お母さんが荒々しくソースを置いた。お父さんは味噌汁を飲んで、なかったことにしようとしてる。



「海の料理とやらをしたらいいじゃないですかッ!!大きなホタテにバター醤油ご飯!とても贅沢なんですね!!私はいつも卵かけご飯ですよ、ひよこを食べてますよッ!!」


「少し、落ちついてくれ……卵なら俺も食べてる。魚の卵と比べてもみろ!」


「それは無理があると思うよ、父さん」


「は、冗談に決まってます。私の言葉を受け入れる度量すらないなんて――浮気も冗談ならよかったわ」


「ぐぅあっ……本当に、本当にすまなかったッ!!あの時の俺はどうかしてたんだ」


「今もじゃないの?…なんですか。登がいなくなったというのに、私に気ばかり使って!私はもうおばさんですからね。若い子の方がいいんですか、いいんでしょう。そうなんでしょうね!!!」


「ち、違う!忍さんは今でも美しい!!な、なぁ息子よ!」



私に振らないで。



―――――



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