マキオンワールド

MM

第1話 始まり



――2129年、世界は緩やかに変わっていた。



「鮫島ぁ!!行かないでくれぇぇえええ!!」


「お前の好きな菓子も買ってある!まて、まてよぉ!まだ寮に居ろよぉっ!!」



汗が染みついた服を、平気で一週間も着れる集団がいた。

校舎の二階から降る大声は言うまでもなく俺の耳に届いている。

届いてはいるが……目線を下に向けたまま、俺はその場を立ち去った。



「バカを言うな。ホント、マジでさ、もうっ……もう限界ッ!!三年間も頑張ったんだっ…いいよね?もうゴールしてもいいよね??」



俺――いや、私は!!

お父さんの言う通りに中学の三年間、男子校で生活していた。

それで得る物は……悔しいがあった。

私はつい最近まで心は女なのだと思っていたが、そうではなかったんだ。

憧れ、憧憬だ。私が持ってない物を持っていた。それが魅力的に映っただけだ。

だからといって女の人が好きというわけでもない……これを無性愛というらしい。

ほんとそれだけ。本当にただ、それだけのことだ。



「はぁあ……もうあそこには戻りたくない」



一旦、このことは忘れよう。だって…今日から楽しい冬休みだっ!

家には夕方頃につくのかな?きっと日菜も待ってる。荷物は重いのに、いつもよりも足が速い気がした。それは幼馴染に会えるからではない。日菜ごめん!

……ちょっと早めに駅についたけど、前に来た時とは雰囲気が違っていた。



「なにあれ、ゲームの広告?」



クリーンな街づくり政策により、街から広告は消えた。

中学に入る以前は、ホームの壁に広告が所狭しと置かれていた。

だがしかし、今は電車の中の広告も撤廃。ここ数年で色々変わっていた。

貿易も報道も国が主導権を握っている。素晴らしい国、日本。

しょうゆ臭いが真っ白い、汚れのない美しい駅が私を迎え…迎え……迎えない。

今は上場企業を引き立てる材料となっているのか。



「マキオンワールド?あ~……デメアスの続き、だった?」



最近よく聞く名前だ。

テレビもネットも禁止されているのに、彼らはどこで情報を得てくるのやら。

デジタル垂れ幕には、世界的にも日本的にも著名な俳優陣の集合写真が――数秒置きに入れ替わる。

その隣にはバーコードタトゥー、ゲーム内ログインを円滑にする商品のPR垂れ幕だ。もうひとつ隣にはその最新ゲームの専用機、それの予約受付中の文字。

更に隣に集合写真を挟んで、また隣には健康食品が……その商品を買うと、もれなくβテストの抽選券が貰える!!と宣伝してあった。



「嫌いだな~」



仮想世界。第二の人生と呼ばれる巨大仮想空間、それをゲーム化した物を大企業が売り出している。生まれた時から当たり前にあって、先進国ではプレイを推奨する国もあるぐらいだ。日本はそこまでじゃないけど、実際。最近はどうなんだろう……。


オ〇ンピックが仮想空間で行われるようになった頃に、Esportsの名前が消えた。

ゲームという細分化される前の名前に戻って、自称ゲーマー達は日夜シュコシュコ勤しんでいる。


去年もニュースでやってたね。国家対抗戦がどうのこうの。

オ〇ンピックがあるのに多くの人はあのゲームを優先する。

それはスポーツよりも身近で、誰にでもチャンスがあるからだ――

なんて先生は言ってたけど。……そんなもの、俺には言い訳に聞こえる。


仮想世界でオ〇ンピックしちゃったせいだ。…どちらにしても。

ゲームを優先して部活も決めるような連中だし?

はぁぁぁ………昔はよかったのに、どうしてこうなった。



「まだかな、電車」



ホームの向かいにも広告はあって、仕方なく眺めながら電車を待っていた。

荷物はこのバックにあるものだけ。最低限の着替え、あとはゲーム機と日用品。

電車に乗ったら、まずゲームをやろう。今日はお父さんとバチバチの口論になる。

英気を養わなければ……あっ!



キキキィィィィ!!



「やっと来た……ふふっ」



長い休みに入る度に電車で家に帰っていたが、今日は特別席を予約していた。

特別車両らしく、外観もクールでかっこいい。



「おぉ!」



一つ一つの座席が広~い!ノビノビできそっ。



「テンション上がるぅ!番号は…C-32」



ここ?――あ、隣に女の人が寝てる。綺麗な人だ。

適度に焼けた健康的な肌。まつ毛も長い……あんまり寝顔見ちゃあ失礼だね。

私が普通の男だったら、興奮してたのかもしれないけど。



「全然興味ないや、ゲームゲームっ♪」



ゲームは好き。だけど趣味とは少しいいヅラい物。ゲーム=VRという構図が憎い。

VRゲーム?そもそも人生はゲームではない。ルールを定めて初めてゲームと言える。もし人生をゲームなんて言うヤツがいたら、そいつはただの卑怯者だ。

私はそんな上辺だけを掬い取る者共とは違い、ゲームの歴史を知っている。

アレは公告に全振りしたクソゲーな気がしてならない。

過去の歴史が物語る、ゲームにリアリティなんていらないのだ。

だって結局ゲームは、パズルゲーに落ち着くのだから。


しかし。今時ゲームが好きと言ったら、まず連想するのがVRゲーム。

それも圧倒的シェア率を誇る仮想世界のデメアスワールド。

もう携帯ゲーム機も据え置きゲーム機もなくなって、VARとPCRが全てを兼ねてる。

昔のゲームも悪くないのに……カセットを入れて、ポチポチする感覚は特別な感じがして、私は好き。



「ん?んぅぅ……難っ」



でも、うぅん?パズルゲームは得意じゃない。

こういうの好きなんだけど、ポンポン解けないや……。

私が得意なのは頭を使わない系だ。そういうのも遺伝するのかな?

お父さんは漁師でお母さんは元モデル。運動は得意なんだけど、勉強はなぁ~……

家にも帰りたくないや。



「そこじゃなくて、右の端じゃない?一番下の」


「へ?」



寝ていたお姉さんが起きていた。あっ!ホントだ、このパーツを外せば……おぉ!!



「わー!ありがとうございますっ!」


「いいのよ、ごめんなさいね?あまりにも真剣そうにしていたから、気になって」


「あ…はは。なんか、恥ずかしいですねっ」


「少しかわいらしかったわ。学生さん?」


「はい、そうです」


「一応言っておくとね、席間違えてるわよ?」


「え?……あれ?そんなことは」


「いつも二席取ってあるのよ…チケット、私にも見せてくれる?」



ちゃんと見たから合ってるはずだ。

ほら、前の座席に書いてあるし。…もしかして前の席だった?

それは当たっていたようで、横からチケットを覗いたお姉さんは、前の座席を指差して言った。



「よかったわ!この列車でね。…これ、ちょっと分かり難いよね?こっちが本当は君の席、あっ!いいわよ移動しなくたって。ちょっと話し相手になってくれない?」



そうして、知らないお姉さんと電車は家に向かっていく。

VRゲームへの偏見はなくなった。





実家は港から適度に近い、古い木造の一軒家。

近くには居酒屋が立ち並ぶ、夜は賑やかな場所だ。

遠くからその家を眺めていると、隣の洋風の家から幼馴染が出てきた。

今日は一時間も早くついたからね。迎えに来る前に来れて、よかったよかった。



「日菜、ただいまー」


「…え?あ、あぁっ!!ちょっとぉ、駅まで迎えに行くって言ったでしょ~!待てなかったの?もぉ~!」



なにか言いながら、近づいてきた。



「うぶっ…」


「のぼるぅ♡少し日焼けしてるね~、チュ♡」



抱きついてきたのは、小坂日菜子。背がまた大きくなって、胸も大きくなってる。

前会った時は身長が160超えたって言ってたけど、まだ伸びるんだ……。

髪も伸びて、少し大人っぽいね。



「いやごめん、もう離してくれない?」


「え~?…やぁだ」


「ほんと、親に見られるからやめやめっ」


「いまさら?気にしないでもいいのに」



日菜から無理矢理に離れる。眠ったような細い目をしているが、いつもの日菜だ。

この顔を見ると懐かしい感じがして、少し落ち着く……。



「のぼる?どうかしたの?」


「いや別に。ね、先に日菜の部屋に寄ってもいい?」


「もちろんいいよ!いっぱいお話しよ~」



適当に返事をして、隣の家に入った。

私のお父さんは怖い。お母さんもある意味怖い。

なぜか日菜は気に入られてるから、味方になって欲しいなっ!



「――もう最悪なんだよ!汗臭いし、うるさいし、頭悪いし、話しかけてくるしぃ!……もう行かない!!」


「それ毎回言ってるね~。でも、来年で卒業じゃない?あともう三ヵ月くらいだから、頑張ろう?」


「日菜それがね?お父さんはエスカレーターに乗せて男子校に行かせようとしてるかもなんだ」


「……は?え、ちょっと待って。それは私も聞いてない!高校は同じところに行く約束でしょ!エスカレーターってなに!!」



日菜に肩を揺さぶられる。グワングワンして、きぼちわるい…



「しらないよぉ~。お母さんが意味深な感じで言ったんだぁ~。それで、どうしたらいいと思う?」


「…とりあえず、私から話してみる。きっと分かってもらえるから――もらえるようにする!」



日菜はガッツポーズで立ち上がった。頼もしい!

それから日菜の話に適当に相槌を打つ。夏に来た時から今日までにあった事を思い出しながら……。

私はお菓子をつまみ、ハンガーにかかった制服を見て思い出した。



「そいえばさ?高校どこに行くか決まった?そろそろ教えてよ」


「あ、いいよっ。実は行ってみたい所があってね~」



そういって日菜は高校のパンフレットを見せてくる。

電車のお姉さんがくれた名刺に書いてあった、あの学校だ。



「イーグレット学園。VSC専門学校かぁ」



ヴァーチャルスペースコミニケーションの専門ってなに?だっさ。



「あれ、あんまり反応よくないね……嫌なの?」


「別に…そういうわけじゃないけど。ここに行ってなにすんの?」



VRに興味がないわけじゃない。昔はVRゲームがしたくてしたくて、堪らなかった。

まぁ結局、ウチは厳しいから買ってもらえなかった。

でも寮生活はもっと厳しくてネットもテレビもない。

それが当たり前だから、もう今さらって感じ。



「なにって、のぼるが大好きなゲームができるよぉ?結果は残さないといけないけど……のぼるは運動大得意だから大丈夫!自信持って!」


「ほーん。でもさぁ……たかがVRでしょ?これを学校でやるって、バカなんじゃない?」


「いやいや、なにいってるの。あ…寮暮らしだから、テレビとか見てないのかな?今時VRなんて当たり前だよ?」



それくらいは知ってるよ、授業でも習ったことだ。


今から30年前。仮想現実の空間をクリエイトするツールが発売されて、ゲームも社会も変わってしまった。オフィスは現実世界で必要なくなり、代わりに寮……社宅というのかな?厳重に守られた社宅が用意される。過去に凶悪な強盗事件があってからは、防犯セキュリティはどこも高い。私の家もああ見えて、かなりの防犯設備。



「今年は違うの!新作が出るから、とにかく凄いんだって!」


「ソダネー」


「ちゃんと話聞いてぇ~」



あのお姉さんも言っていた。この学校……イーグレット学園は毎年倍率が凄いのに、来年はかなりの生徒を入学させるって。

今年度は一クラス規模だったのが、来年はその60倍。2000人近い生徒を入学させると言ってた。校舎も変わるから、大変だそうだ。



「一緒にここに行かない?あ……のぼるがどうしても嫌って言うなら、ね?違うところでいいよ?」



ちょっと残念そうにしてる。楽しみにしてたの?

私はいい。日菜がこの学校に行きたいなら、全然行く。ただし問題が一つある。



「少し興味はあるし。一緒に行きたい。でも…ウチの両親を説得できたら、だよ?」


「そこは私に任せて。う~ん!楽しみ~」


「あ、お金かかるんじゃないの?学費」


「もうっ!やっぱり話聞いてなかった。かからないから大丈夫。頑張ればねっ」


「がんばれば?そうなんだ……」


「それに、それくらい二人は出してくれると思うよ?」



パンフレットには来年発売予定のゲーム『マキオンワールド』がインパクトよく飾られていた。…いいのかな、著作権とか。開発は前作と同じ、ドイツとスウェーデン。それと日本の会社の共同制作か。あれ、もしかして公式の学校だったりする?ふむふむ…



「デメアスワールドの二作目ね。へー、やっぱりあのゲーム終わるんだ。生まれる前からあったのに」


「そうそう。これ、前作の世界を引き継いだ完全新作だからね、期待値がかなり高いの。だから力の入れ具合も違くてね、それに…」



つらつらと日菜の口が走る。適当に聞き流しながら、簡単にVRの歴史を思い返す。



今からおよそ50年前、人類は月に到達した。宇宙条約という大きい国同士が決めたルールに、土地の所有は認めないとあった。月の土地の権利を売っていた会社と裁判があったとかなかったとか……それはどうでもいいや。『人類は新たな挑戦に挑む』とかテストで出る程の名言があり、人類は第二の月を探すのをやめ、新しい次元に逃げ込んだ。月に作られた原子力発電所。莫大な電力とか、なんか量子やら霊子観測値がどうたらこうたらで……世界規模の仮想現実空間を作る事に成功した!それを基にゲームが作られた。それがデメアスワールド。他との違いは、規模。地球規模の世界を舞台に第二の現実を体験できると銘打った作品だ。これが出る前には無数のゲームが生まれては埋もれ、ゲーム人口はバラバラで定まる事はなかった。

デメアスワールドの他にもう一つ世界規模の作品はあるが、そっちはファンタジー要素のない世界で、微妙に人気は落ちる。

そっちの世界は割と近代で、デメアスワールドはかなり昔の時代が舞台だ。その影響だろうね、部活で野球は人気がない。運動部は剣道に空手、弓道とかが人気がある。おじいちゃんの時代は野球が人気だったのに、今は試合するメンバーすら集まらないからねぇ。そういえば今年の夏に顧問の先生が定年退職するからって、初めて試合したなぁ、もう冬だよ。時の流れは早い…



「のぼる、聞いてる?」


「ごめん。もう一回言って」


「ちょっとぉ~……もういい。はい、私のヘルメット」



机に置いてあったPCRのマシンを渡された。これ一つで50万円を超える。



「え、なに?これは日菜のでしょ?前に来た時見せてもらった」


「コンバートしたの。実はこの間ね、福引で新しいの当てちゃって。こっちの新しい方はのぼる嫌がるでしょ?それ、私のお古だけどあげる」


「いいの!?」



日菜の話を真面目に聞いておけばよかった。えー、すご。一気に現実味が増したっ!



「中古で売るのは嫌だから、のぼるが貰ってくれる?」


「貰う!」


「…よ~し。あ、じゃあ、早速ゲームやる?休みの間はのぼるとやろうと思って、インストールはしてあって」


「用意がいい!――けど、先に話しに行こ?お父さん達に……日菜からも話してくれる?」



テンション高めな日菜はサムズアップで答えた。



―――――



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