お隣さんとの変わっていく関係と日常

 早朝の公園を、口から吐き出る白い息が尾を引きながら一定の速度で走る。

 隣にははづきさんが併走してくれていて、息が上がり始めた俺と比べて、彼女はまだ余裕そうなところから体力の差をどうしても感じてしまう。


「そろそろ休憩しましょうか」


 俺の事を気遣ってくれたのか、ペースを緩めた彼女がベンチの方へと歩みを進めたので、それにフラフラとしながらも着いていき、ゆっくりとベンチに座った。


「はづきさん、凄いね……俺もそれなりに体力あるかなと思ってたけど……全然息が上がってないとは……」

「夜空 るなとしての活動で、ダンスとかもしますからね。必然と体力も必要になってくるんですよ」


 俺の言葉にふふんと胸を張りながら近づいてきたはづきさんが、自販機から買ったペットボトルを差し出しながら声をかけてきたので、お礼を言いながら受け取る。

 あおるように飲んだその水は乾いた体に良く染み渡った。

 ひと心地着いたので、立ったままのはづきさんを見上げながら声をかける。


「いつになるか分からないけど、俺もダンスとか必要になってくるのかな」

「(上目遣い頂きました……)そうですねぇ……フェアリップ自体アイドル売りを前面に出しているわけでもないですし。やらせてもらえるって感じですね」


 俺から声をかけられたはづきさんは少し考えるようにしながら、質問に答えてくれる。


「やりたければ?」

「はい。やりたいことをやるがフェアリップのモットーですから。隣ちゃんの場合は3Dの体を使ってお料理配信なんてどうです?」

「それはまた、やりたい放題だ」

「ですね」


 お互いに顔を見合せて笑い合う。そんな和やかな時間を過ごしているとふと気になった事があったので、そのまま聞いてみる事にした。


「はづきさんのやりたい事ってどんな事?」

「私のやりたい事ですか」

「うん、やりたい事」


 さっきの俺の質問をした時に対しては少し考えるような動きをしていたけれど、今度の質問は明確な答えを持っていたのか間を置くことなく答えてくれる。


「ソロライブがしたいです」


 キラキラとした目で空を見上げながらやりたい事を語るはづきさん。


「ソロライブで夜空 るなの歌をみんなに届けて、いっぱい楽しんでもらう。それが今やりたい事です」


 やりたい事を語ったはづきさんはステップを踏むように、ベンチから少し距離を取ると、そこで軽く踊ってターンを決めてから空を掴むように手を伸ばす。


「もちろん、その時は葵さんもいっぱい楽しませて見せますからね」


 そして、その手を開き俺の方に向けてきた彼女のその姿はまさにアイドルそのもので、思わず見蕩れてしまった。

 そんな俺の様子を知ってか、はづきさんは言葉を続ける。


「楽しみにしていてください」


 あまりにも自信満々に宣言したはづきさんが頼もしいやらなんやら、俺も自然と笑みが零れる。

 ベンチから立ち上がって、まるでダンスに誘うかのように差し出されたその手を取って演技じみた動作でお辞儀をして返事を返す。


「その時はエスコートよろしくね、お姫様」

「はい、任せてください。私のお姫様お嫁さん


 お互いに冗談を言い合ったのが面白くて、顔を向き合わせて笑い合った。

 その後に、はづきさんがどうせなら少し踊りましょうかと言い始めて手を取ったままクルクルと回り始める。

 されるがままに踊る事になって、早朝ランニングをしていた周りの人達から微笑ましそうに見つめられるちょっとした羞恥プレイになったけど。

 楽しい時間でもあったのも確かで、そのまま流されるようにしばらくの間笑いながら一緒に踊り続けた。





「よし、配信中に食べるご飯作るとしますかね」


 エプロンをつけて腕をまくった俺は具材を前にして、夜配信の時に食べるご飯を作るために気合を入れていた。

 今日は夜空 るなとのコラボ配信。通称るなりんを行う日だ。


 最近は、はづきさんの部屋のキッチンを使って料理を作るのがもう当たり前になってきたなと思う。


 お隣さんバレがある前は、俺の部屋で作る事が主でキッチンに置いてあるタッパーが活躍していたのも随分前に感じる。タッパーを懐かしむように指でなぞっていたら、はづきさんに後ろから声をかけられる。


「今日はどんな料理を作るのですか?」

「そうだな……片手で食べられるタイプのご飯でも作ろうかなと思うよ。配信するならそんな感じのが良いでしょ」

「確かにそれだと助かりますね」

「ということで、ハンバーガーを作ろうと思います!」

「素晴らしいです!」


 材料を掲げて、ジャンクな料理の代表を作ると発表するとはづきさんが両手を上げて全身で嬉しさを表現して可愛らしい。


「そして、ハンバーガーを作る上で忘れてはいけない相棒……そうポテト!」

「フライヤーの出番ですね!」


 結局買ってしまった家庭用のフライヤーを準備して料理に取り掛かる。

 なんか変にテンションをぶち上げたまま進行してしまった気がする。


 はづきさんも最近は簡単な事を手伝うのを率先して申し出てくれるようになってきたので、彼女にはレタスやハーブをちぎったりする作業を任せて俺はパティの準備や芋を切ったりする。


 牛肉100%のひき肉を捏ねて、空気を抜くために両手を使ってパシパシする。とりあえず、4つ作ればいいかな。

 次にトマト、玉ねぎをある程度の厚さで切って下拵え。

 じゃがいもは細長く切って水に晒してデンプンを落とす。もちろん、皮が着いた太いタイプも作っておくのも忘れない。両方あった方が楽しめるからね。


「葵さん。レタスとハーブちぎり終えました」

「おっ、じゃあ次はレタスはお湯にさらしてから冷水にさらして、水を切っておいてくれないかな」

「分かりました」


 レタスの方もある程度終わったみたいだ。

 まあ、こっちもあとはパティとバンズを焼いて挟むだけだから簡単なもんだ。

 ちなみに、パティに使っている肉は黒毛和牛だったりする。これも変わったことの一つみたいなところだけど、材料費も増えたので遠慮なく使うようになったかな。

 フライヤーもそうだけど、はづきさんが食欲に正直になったとも言うけど。


「さてと、あとはパティにチーズを乗せてバーナーで軽く炙る」

「もうお腹が空いてくる香りです」

「俺も空いてきた」

「お揃いですね」

「だな」


 はづきさんと雑談をしながらも、ポテトが上げ終わったみたいなのでそれも盛り付ける。

 広がるハーブの香りが食欲をそそる。

 そして、ハンバーガーもバンズに材料を挟み込んで雰囲気を出すために包み紙に包んで料理が完成だ。


「ハンバーガー持っていくから、ポテトとか炭酸を持っていくのお願いしてもいいかな?」

「お任せ下さい。配信部屋に持っていきますね」


 美味しそうな料理でテンションが上がっているのもあるけど、それにプラスしてお手伝い出来て嬉しいみたいに体をゆらゆらと揺らす、はづきさんが可愛らしくて、後ろから見ていて自然と笑みが零れた。


「……?どうしたんですか葵さん」


 俺の笑い声が聞こえたのか、不思議そうな表情で振り向いてきた彼女に今正直に思った事を言う。


「嬉しそうなはづきさんが可愛いなと思ってね」

「なっ……なんだか面と向かって言われるの恥ずかしいですね」


 ストレートに可愛いと言われたのが恥ずかしかったのか、頬を染めたはづきさんがモジモジとしながら言葉を返してくる。

 それに俺は苦笑しながら言葉を返す。


「まあ、あれだ。配信では俺の方がいつも可愛いって言われてるから、その仕返しって事で」

「でしたら、配信では覚悟していて下さいね」

「ほどほどにお願いね」

「それは隣ちゃんがいかに可愛いところを見せないかによりますね」

「それはまた難しい要求だな。るなからしたら隣ちゃんなんて可愛いの塊なんだろ」

「そういう事です。諦めて貰いましょうか」


 してやったりと言った感じのドヤ顔でそう言うはづきさん。

 俺はそんな彼女に、してやられたな。そんな風に思いながらも横に並びハンバーガーを配信部屋に運び込んだ。




「となリスナーと従者のみんなこんばんは。夜空 るなのお隣さんでみんなのお隣さん!フェアリップ所属の雨宮 隣だよー。そして!」

「従者ととなリスナーのみなさま、今宵も綺麗な月が昇っていますね……フェアリップ所属 夜空 るなです」

「「るなりん配信はじまり!」ます」

 :こんるなー

 :こんとなー

 :良い月!

 :るなりんきちゃ


 いつも通りの挨拶を行うとリスナーの人達がそれぞれの挨拶を返してくれる

 るなりん配信は俺が配信者デビューしてから、週末に定期的に行っている配信枠だ。

 雑談やゲームをしたり、映画を見たりと自由に行わせてもらっているが、リスナーたちからの評判も良くて、はづきさんと一緒に楽しく配信させて貰えている。


「今日もみなさんお待ちかねで、私に恨み言を言いたくなるものがあります」

「恨み言って物騒な」

「見ていることしか出来ない人達にとっては拷問にも等しいものですからね」

 :もしや……

 :みんなショックに耐えるんだ

 :もしかして、飯テロですかー!?

 :イエスイエスイエス

 :食欲を刺激するとは業が深い……


 るながリスナーさん達とプロレス始めるのはもはや様式美みたいなところがあるが、そんなに俺の料理を食べたいと言ってくれる人が多いのはちょっと嬉しいかも。


「まあ、予想通りですけど今日は俺の作ったご飯を作ってきました」

「今日はなんとハンバーガーです。ジャンクフードです」

「それじゃあ、写真載せるからちょっとお待ちをー。カチカチっと……はいどん!」

 :耐衝撃体制していても耐えられないだと!?

 :お腹が減る!!!

 :ふははは……ハンバーガーを夕飯に選んだ俺に抜かりは無い!

 :でも隣ちゃんの食べられないんだよね……

 :言うな……

「良いでしょう。これも隣ちゃんをお嫁さんにした私の特権です」


 もはや様式美とも言えるのか、ここでるなもプロレスを仕掛ける。それに対して当然と言うかリスナーさんたちも対抗する。


 :『『『隣ちゃんは俺たちの嫁ー!!!』』』

「隣ちゃんは私の嫁です!」


 いつも通りの展開に苦笑をこぼすけど、これもまたリスナーさん達の付き合い方だなと思った。

 ただ、ひとつだけ言わせて欲しいかな。


「どうしてこうなるのかなぁ」


 ただのお隣さんから気づいたらみんなのお嫁さん。お隣さんバレがあったと思ったら気づいたらこんな事になるとは。


 人生って何があるかわからんな。







 その日の夜に親父から1件のメッセージが届いた。


『今度再婚しようと思う人を日本に連れていくから大丈夫な日を教えておいてくれ』


 親父らしい簡潔なメッセージにいつも通りだなと呆れたけど、最後の文面に再婚以上の衝撃を受けたのは間違いない。


『それと、年下の連れ子が日本に移住してくるみたいだ。つまり葵にも妹が出来るって事だ。はづきさんとも相性良さそうな良い娘だったぞ』


 うーん……。マジか




 ​───────​───────​───────

 爆誕お隣さん系VTuber ~完~


 続 義妹は〜?


ちなみに、作中時系列的には

葵達が進学してからくらいと考えています


これからはしばらくの間閑話を作っていこうと思います


PS 里芋肉じゃが美味しかったです

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