雨宮 隣はシュレディンガーの男の娘

「働かざる者食うべからず」


 このままやられたままなのも、さすがに癪に障るので、俺はそんなことを呟いてから食材を手に取ってスタッフさん達の方につきだす。


「ということで、下拵え手伝ってもらいますよ、スタッフさん達!」


 :確かに手伝ってもらった方が良さそう

 :当然だよなぁ!


 俺の言葉にリスナーさんたちも同調にするようなコメントを言い始めた。スタッフさん達も自分たちが無理を言っていたことを自覚していたのか、任せてくださいと言わんばかりに自信満々に受け取ってくれた。


 スタッフさん達に交じって空ママは一緒に下拵えを始めてくれる。とは言え、包丁にも数に限りがあるから何人も一緒に出来ないけどな。


 はづきさんとこわちゃんもなにかした方がいいかなとワタワタとしているのが見えた。2人のその様子に苦笑して、俺は玉ねぎの上と下を切り落としてから手渡す。その際にリスナーたちに声をかけておく。


「後で紹介するんですけど今日はゲストの方達を呼んでいます。ゲストの方達にも簡単な作業を手伝ってもらっておきますね」


 :ゲスト誰だろ

 :方達という事は複数か

 :働かざる者食うべからずだな

 :ひとりは予想できるな

 :たし蟹


「はい、2人には玉ねぎの茶色い部分剥いてもらうってもいいかな」

「あっ、これなら私にも出来そうです!」

「うん、玉ねぎね皮むき名人のこわちゃんに任せて欲しいな!」

「ふふっ。じゃあよろしく」


 自分たちにもできることあるのかなと考えて貰えるだけでも嬉しいけど、やれる事を提案されて喜んでいる2人を見ると、お手伝いをお願いされて喜んでいる小さい子供を連想して微笑ましくなった。


「さてと……。それじゃあ、肉じゃがの下拵え進めますか」


 じゃがいもに包丁を当て、じゃがいもの方をくるくると回す。少し厚めに皮を剥くことで芽も一緒に取れるから一石二鳥だな。そうこうしているうちにひとつ剥けたので2つ目に取り掛かりながら、配信画面の方も相手しないとな。

 そう思って視線を向けてみると、俺のじゃがいもの皮むきの手際の良さを褒めてくれていたのが嬉しい。


 :手際いいね

「普段からやってますからね〜。この位はお手の物ですよ」


 リスナーさんに反応を返しながらもじゃがいもを剥き終わったので、次は人参の皮をピーラーで剥いてから味が均等に染み渡るように同じくらいのサイズに乱切りする。その際に、コメント欄に意識を向けているとひとつ気付いたことがあった。


「そういえば、まだリスナー名決めてませんでしたね。配信タグやファンイラストタグも決めていないし……」

 :俺たち名無しだった

 :存在が定義されていなかっただと……

「ふふっ」


存在が定義されてないとか言ったリスナーさんが面白くて、ちょっと笑ってしまった。


「この際に決めときましょうか」

 :下拵えしながらで大丈夫?

 :よくやること出来るなぁ


 この会話の途中にも、俺は野菜類の皮をむいたり切り分けたりをそつなくこなす。この位は慣れているから全然問題ないな。と言うよりも、スタッフさん達も手伝ってくれたからだいたい終わった。


「全然大丈夫と言うか、ほぼ終わりましたよ」

 :はやっ

 :これは料理上手


 切り終わったじゃがいもを軽く水に晒し、アク抜きを行っている間にパソコンのカメラを切り替えは……別にしなくていいか、アバターは問題なく動いてるし。とりあえずこのままリスナー名決めるか。


「ということで、リスナー名大募集!みんなどう呼ばれたいのか好きに言って欲しいかな」

 :丸投げ草

 :となリスナー

 :妖精さん

 :下拵え中に見えた服がなにか気になる

 :お隣さん

 

 リスナー名を募集していたら、少し気になったコメントが目に入ったので、俺は先にそれに反応しておこうかなと思った。ちょうどいい感じに俺の女装ネタぶち込めそうだしな。


「俺の格好気になった人いるみたいなんで、先にそっちの事を言っとくとしますかね」

 :確かに気になる

 :白い袖で少しモコモコしてたな


 カメラの方に割烹着と黒手袋を写しながら手を振って、分かりやすく主張する。


「これは普通に割烹着と黒手袋ですね。スタッフさんに用意してもらいました。というか、料理する時にこれ結構良いですね。今度から使おうかな……」

 :隣ちゃんの割烹着姿……良い

 :新妻感すごいわ


 今度から活用するの良いかもしれない。そんなふうに呟いていると、リスナーさんたちからの反応もいい感じだった。


 :でもその割には少しボリュームあるよな


 気になる人はやっぱり気になるのか。鋭い質問が飛んできたので、俺はそのまま今どんな格好をしているのか暴露を行うことにした。

 肌が見えないように気をつけながら、フリルのごく一部だけが見えるように袖を少し捲り、カメラに写す。


「ちなみに、この下はフリッフリの可愛い服装をしています。スタッフさんに着せられました」


 着せられたってのは少し語弊があるけど。まあ、持ってきたのはスタッフさん達だし、あながち間違いでは無いだろう。


 :ま?

 :まじ?

 :見たいんですが?

 :スタッフさんグッジョブ

 :見たい

 :みせて


「なんか見たいって人いっぱいいますねぇ」


 俺はある意味当然とも言えるその反応が面白いなと思いながらも、勿体ぶるようにどうしようかなぁとアバターをゆらゆらと揺らす。

 でも、すぐに答えを出すことはしない。引っ張れるだけ引っ張り、リスナーさんたちにもしかしたら?と言う期待を持たせる。


「うーん。そうだなぁ」


 もしかしたら見せてもらえる。そんな期待に満ちたコメント欄へとなった事を確認できたので、ここで前に空ママに頼んで実装してもらった表情を操作してからお披露目する。


 瞳はうっすらと愉悦に歪み、口の端を相手を嘲笑するように弧を描く。頬を少し紅潮させたいわゆるの表情。片手で軽く口を押えて馬鹿にしたようなその表情をお披露目して、俺はなるべく声に色が篭もるような感じと、相手を嘲笑する感じを意識して声を出す。


「やっぱり見せませーん。せいぜいリスナーさん達は俺の女装姿を情けなく妄想しておいて下さいな」


 俺が挑発するような事を言うと、少しの間コメント欄が静止したよう何も呟かなかった。けど、それからすぐして、雨宮 隣のメスガキムーブを浴びたリスナーさん達のコメント欄が結構な速度で動き出した。


 :は?

 :こ……こいつ

 :表情エッチすぎるんだが

 :蔑む表情……ハァハァ

 :ハァハァ……くっ……俺は、ま、負けてないんだが?


 空ママに提案した時に言われた通り、この表情はこれからの雨宮 隣の方向性を決めてしまうくらいの破壊力があった、その事が実際に証明されたな。そんなことをコメント欄を覗いて今実感した。

 というより、思ったより破壊力があったようで、視線をはづきさんの方に向けてみると。

 鼻を押えて仰け反っていた。

 空ママとついでにメガネのスタッフさんも合わせて、乙女が見せてはいけない恍惚とした表情を晒しているのは見なかったことにしよう。


「ちなみに、こんなのもありますね」


 俺は再びアプリを操作して、頬が紅潮したのはそのままに、瞳がトロンとしたものへと変わり。眉がほんのりと下がって、口は少しすぼめた感じ。

 いわゆる蕩けただ。とにかくインパクトをぶち込んでやろうと空ママに悪巧みで提案した表情2つ目も披露してみる。すると、コメント欄がさらに盛りあがった。


 :エッっっ

 :本当に男ですか?女の子じゃないの?

 :シュレディンガーの男の娘

 :この世の全てに、ありがとう。


 コメント欄の盛り上がりを傍目に、空ママに視線を向けて見ると両手をグッと胸の前に持ち上げて、やりましたねと言わんばかりの仕草をしていたので。

 片手を上げてサムズアップした。


 文化祭の時もそうだったけれど、やるならとことんやる。そうした方が盛り上がるからな。実際、盛り上がってくれたので良しとする。


 それはそうと、悪ふざけてしていたら料理を放置していた事をスタッフさんにカンペで指摘されたので、慌てて軌道修正していくことにした。


 自業自得だけど、ここから軌道修正行けるかなぁ……そんな風に軽く遠い目になった。というかリスナー名決めてないや。



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リスナー名とか配信タグって考えるのワクワクしますよね

葵にはこれからも女装してもらってメスガキムーブ決めてもらいたい

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