雨宮 隣 爆誕です

 いきなり結構な人数の料理を作る事になると言う予想外な事が起こったけれど、結局やることは変わらない。


 今俺の目の前にあるパソコンは『雨宮 隣』のチャンネルを開いていて、待機画面が流れている。それこそ配信開始のボタンを押せばすぐに開始することができる状態。


 :やっとだ!

 :ワクワク

 :隣ちゃんがどんな感じに動くのか楽しみ


 流れているコメントも、これから始まる雨宮 隣の配信への期待感を感じる。

 それに対して俺はこれまで感じたことの無いような程よい緊張感を感じていながらも、これからやる事への高揚感が程よく体を満たしていた。

 深呼吸して気持ちを落ち着けてから、キッチンの向こう側にいるスタッフさんにこれから始めますと合図を出す。


 配信開始だ。




 :画面変わった!

 :隣ちゃんきた!

 :やっとだ!


 ワクワクとした感じがよく分かるリスナーさんたちのコメント欄を見ながら、俺はパソコンに繋がったスマホに向かって笑顔を浮かべて、明るい声で考えてきた挨拶を行う。

 その動きに合わせたように雨宮 隣が動いているのを見ると、これが俺のもうひとつの体なんだなと言う実感がちょっと湧いてきた。


「皆さんどうもこんばんは。お隣さんバレからいきなりVTuberになる事になりました、夜空 るなのお隣さんでみんなのお隣さん。雨宮 隣ここに爆誕!これからよろしくです!」


 :こんばんは!

 :挨拶できてえらい!

 :みんなのお隣さん……いいね!

 :私もお世話して欲しい

 :るなちゃん、隣ちゃんを俺にください

 :中性的な声が耳に心地いい

 :爆誕草


 俺の挨拶にリスナーの人達がそれぞれ楽しそうにコメントを返してくれる。掴みとしては十分だろうと思い、目線をはづきさんに向けてみるとサムズアップしてくれたので良さそうだ。

 ちなみに、話し方もキャラを作るとかは特にしないで、最初はなるべく敬語で喋っていく事にした。


「はい、という事で。まずは俺の自己紹介をさせてもらおうかなと思います。はいどん!」


 元気よく掛け声を出して、自己紹介用の画面を表示。

 夜空るなのお隣さんという説明書きをするのはもちろんの事だけれど、そこには『雨宮 隣』としてのキャラ設定なども軽く紹介として書かれている。


(炊事洗濯万能、みんなにとっての優しいお隣さんで可愛らしい見た目をしているオトコの娘

 家事をやっている合間にできる暇な時間を上手くやりくりするために配信を始める事にした。)


 キャラ設定と言っても、本当に簡単な説明。というか、普段の俺とあまり懸け離れていない設定だ。

 ここから更に設定を盛るには俺の努力次第なところがあるかなと、ほんの少しプレッシャーを感じたけど、それこそがVTuberとしての醍醐味だろう。


 :やっぱり男の娘なんだ

 :いやまだだ。本当は女の子かもしれない

 :シュレディンガーのお隣さん

 :俺っ娘やぁ


 リスナーのコメントを見て見た感じ、男の娘という部分が気になっているみたいだけど、そこは大して問題じゃないだろう。

 それに、男の娘であればもしかしたら女の子かもしれないと言う一縷の望みにかけることができるからな。俺の声もあわさって判別不能くらいがちょうどいい。


「ということで改めて自己紹介です。俺の名前は雨宮 隣 。名前の由来はみなさんお察しかと思いますけど、るなとの出会いから連想してつけました」


 :やっぱりそうか

 :てぇてぇ

 :いい名前


 それからもキャラ紹介や、他の説明を軽く行って、この後の展開も考えて俺はすぐに次の手順に移ることにした。


「はい、みんなちゃんと見ましたか?それじゃ早速次に行かせてもらいますね」


 :テンポいいね

 :自己紹介出来てえらい

 :というかちょっと早い?


「自己紹介を褒めてくれてありがとうございます。テンポが早いことに関してはすみません。少し早めにしないとこの後の予定がとんでもない事になりそうだったんでちょっと巻でやらせてもらいます」


 :とんでもない事?

 :一体何が起こるのか

 :ザワザワ


「それは見てのお楽しみ。それではちょっとカメラを切り替えるので、少々お待ちを〜。ここをこうしてああしてー……よし、出来た」


 手書きで『少々お待ちを〜』と書いたやつを画面に表示して、その間にカメラを操作してキッチンを見渡せるように位置を変える。もちろん、はづきさん達には一旦後ろに下がってもらう。

 位置がちょうどよくなったことを確認した俺は配信画面を確認して見ると、俺の書いた文字が丸くて可愛いとか書かれていてちょっと恥ずかしくなった。


「お待たせしましたー。それじゃあ画面変えますね。はいどん!」


 :お?

 :キッチン?

 :なんか料理系番組で見るようなところになったな

 :ここどこ?


「ここがどこなんだろうって、皆さん不思議に思ったと思います……」


 :マジでどこだ?

 :気になる


 勿体ぶるように言葉をためると、コメント欄の方でも疑問が飛び交っている。ここにぶち込んでいく衝撃の事実!と言わんばかりに雨宮 隣を操作してクワッとした表情へと切り替えてから言い放つ。


「ここはなんと、フェアリップ本社のキッチンスタジオなんです!」


 :な……なんだってー!!

 :本邦初公開

 :明かされる衝撃の真実


「なぜこんな所があって、フェアリップの先輩たちが使わずに、先に俺が初めて使うのかをみなさんも疑問に思ったことでしょう……これには海よりも深く山よりも高い理由があるんですよ……」


 :ごくり…

 :ごくり

 :ごくり……


 それから少し間を開けて勿体ぶるような雰囲気を出してから、しょうもない理由を話す。


「せっかく作ったは良いけれど、先輩たちが料理出来ない人だったんで、日の目を浴びることがありませんでした。以上!」


 :おもったよりしょうもない

 :草生える

 :確かに先輩たち料理出来ないや……

 :つまり隣ちゃんしか活用できないと


「ですね。最初軽い気持ちで料理配信したいかなと伝えたら。俺もまさか、こんな立派なキッチンがあると教えられるとは思いませんでしたよ、本当……さて、とりあえず設備の説明を軽く行っていきますね。時間ないから急いでいきますよ」


 それから少しテンション高めに、キッチンの設備の紹介をカメラを持ってしていく。かなり高めの調理器具や特殊なものまで勢揃いなわけだから、見ていてくれる人たちも楽しそうに反応してくれて嬉しくなる。


「さてと、みんなもうわかったと思うけど。これから今日は料理を作っていこうと思います」


 俺はそう言って、目の前にある材料を見る。

 なんかもう、うず高く積まれたそれに圧倒されてしまいそうだけど、自分でやると決心したんだ、そう考えて頬を軽く張ってから布をとりさる。


 そこにあった材料は、じゃがいもや白滝にさやいんげんと玉ねぎや人参。この時点で察しのいい人達は何を作るのかがわかっただろう。


 :お隣さんとかに作って貰えたら嬉しいやつ

 :定番来た


「はい、今日は肉じゃがを作っていこうと思います!けど……ひとつ突っ込ませて貰ってもいいですか?」


 家庭的な料理代表とも言える肉じゃが。今日はそれを作っていこうと思い前もって、スタッフさん達に伝えておいて材料をここに準備してもらっていた。

 でも、ひとつ予想外なところがあったので思わずツッコミを入れる。


「めちゃくちゃ高いブランド牛と豚が用意されているとか、予想外すぎるんですけど!?」


 思わずと言った感じでそう吠えながら、スタッフさんの方に視線をやるとやってやったぜと言わんばかりにサムズアップしていた。


 :草

 :草

 :草


 コメント欄のみんなが揃ったように草を生やしているのを見て、こいつら他人事だと思いやがってと拳を握りながら思ったけど。

 まあ、これも配信の醍醐味かと溜息を吐いて気を取り直して配信を続ける事にした。



​───────​───────​───────

最近、圧を感じる配信に心地良さを感じている今日この頃です

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る