お隣さん目を輝かせる

 しっかりと休んで気力も満タン。


 これから始まる雨宮 隣 初配信のためにフェアリップのキッチンスタジオに向かうと、そこには配信用のパソコンとスマホがしっかりと設置されていて。

 その傍らには恐らく、今日使うはずの材料が布が掛けられて置かれていて、その隣には……


「……なんですか、これ?」

「フリッフリの可愛い服です」


 近くにいたスタッフの名札を首にぶら下げて、ラフな格好でメガネをかけた女性に尋ねてみたところ、見たままのことを真顔で言われた。ちなみに彼女の一部分は非常に大きくて一瞬ギョッとなってしまったけど、隣にはづきさんがいることに気づいてすぐに自制した。


 そして、スタッフさんの説明通り、フリルがいっぱいついた可愛らしい服が綺麗に畳まれて置かれている。その傍らには割烹着が一緒に置かれていて、可愛らしい服と合わさっているとキャップ萌を感じそうなチョイス。

 持ち上げてみたところなんか俺のサイズにピッタリなんですよね……


「いや……それはわかるんですけど、なんで?」

「身バレ防止です」


 再び真顔でそう言い放つスタッフさん。その手には身バレ防止を示すようなマスクとカツラもちゃんとあった。

 謎のプレッシャーすらも感じるその状況に耐えかねて、周りを見てみると。


「ちょっ……ちょっと待って。なんでそんなのあるのッッッ」


 玲さんは腹を抱えて予想外の展開に面白そうにしていて。


「「ほわぁッッッーーー」」


 空ママとはづきさんは期待に目を輝かせている。


「?」


 こわちゃんはよく分からないみたいなキョトンとした表情をしていた。

 そして、佐々木さんは申し訳なさそうな表情だ。


「もちろん、断って頂いても構いません。けど、これを着ていただけたら配信が盛り上がること間違いなしです。男の娘VTuberがリアルでもしっかりと男の娘しているんですから」

「えぇぇ……」

「というより……本音をぶっちゃけるとスタッフ一同、あなたの女装を見てみたいです」


 スタッフさんが迫真の表情で本音を言い切る。それはもう、私はこのためにここにいるのですと言わんばかりの熱演。そして、周りの補助のためにいたスタッフさん達も同意と言わんばかりに頷いた。


 多分、この前俺が玲さん達に女装をしたことがあると伝えたことが耳に入ったようで、この機会を利用して欲望を満たそうとしているみたいだ。

 同調圧力すらも感じるような状況でどうしたものかと考えるけど、身バレ防止には割と効果的だなとも思う。


 料理配信すればリアルの方でカメラを使って、下手したら金属の反射とかで顔写っちゃうかもだし、やりすぎなくらいが丁度いいのかもしれない。


 それに、グダグダと言い訳を並べているけど結局のところ、俺自身がその服の事が気になっていたりもするんだよな……


 前の文化祭の時に初めて女装をしてみて、はづきさんに褒めてもらって、俺でもこんなに可愛くなるんだなと。機会があったらまたしてもいいかなくらいには思ってたりしていた。


 視線を横に向けると……


「葵さんの女装を再び見ることが出来る機会が……」


 はづきさんがめっちゃくちゃ目を輝かせているんだよなぁ……

 1度したことがあるのだし、うだうだ考えてもしょうがないから……腹を括るか。

 そう考えて、頭をかいて深くため息をつく。

 俺のその動作にスタッフの女性はダメかと言わんばかりの落胆した表情を見せたが続く言葉の。


「はあ……まったく……今回だけですよ」

「っ……はい!ありがとうございます!」


 仕方なくと言った感じの態度でそう言うと、女性スタッフが満面の笑みでお礼を言いながら、両手に持った身バレ防止グッズ俺に差し出してきた。






「「「おぉーー!」」」

「……そこまで喜ばれると、ちょっと恥ずかしいな」


 案内された更衣室でフリフリの可愛い衣装に着替えて(何故かメイクさんまでバッチリといた)、再びスタジオに戻ってきた俺を見てはづきさん達が歓声を上げたので、スカートの上の部分を軽く握りながら、髪をくるくると指で巻いて視線を逸らす。


 けど、すぐに恥ずかしがってばかりいてもしょうがないと思い至り、胸を張って、ドヤ顔で堂々と女装のお披露目をする。


「どうです、可愛いでしょう」


 フリフリの可愛い服と、それに合わせたふわふわとした金色に光り輝く髪。自分でもさっき鏡で確認してみたけど、まさに雨宮 隣がリアルに出てきたような仕上がりとなっていた。


「すっっごく可愛です、葵さん!本当に可愛い!」

「お隣さん可愛い!あれ、本当は女の子だった?まっいっか!とりあえず可愛い!」


 はづきさんが俺の手を両手で包み込み、楽しそうに跳ねる。

 こわちゃんも周りをくるくると回り始める。その喜び方がテンションが上がったワンチャンみたいで可愛らしい。

 その反応を貰えただけで女装したかいがあるってもんだ。


「我が生涯に一遍の悔いなし」


 俺に女装を進めた張本人のスタッフさんは、片手を突き上げ、天を仰ぎ見てあまりにも綺麗な涙をホロホロとこぼしていた。


「インスピレーションが……天からのお告げが……」


 空ママはなんか、スケッチブックをどこからともなく取りだしてガリガリとイラストを描き始めた。

 鬼気迫るような勢いで描き始めたのでちょっと怖い。


「これまた見事ね。女の子にしか見えないわ」

「本当に可愛らしいですね」


 玲さんと佐々木さんの2人は感心したように、しきりに頷いている。

 それから少しの間、俺の女装姿で盛り上がったので、折を見てから両手を叩き合わせてこっちに注目してもらい、一旦一段落つかせる。


「さて、ここで盛り上がっていてもしょうがないですから。配信の段取りの最終確認させてもらっても良いですか?」

「そうですね。すみません雨宮さん、私まで一緒になってはしゃいでしまって」

「大丈夫ですよ佐々木さん。それじゃあ、俺は佐々木さんと最後の段取り確認をしてくるから、はづきさん達はそこで待ってて貰ってもいいかな?」

「分かりました。葵さんの料理楽しみに待っていますね」


 軽く手を振って笑顔で送り出してくれたはづきさんに、俺も手を振り返してから、佐々木さんと一緒にスタジオの椅子に並んで座って最終確認を始める。


 段取りとしてはこんな感じ。


 配信開始

 挨拶からの軽く動作を見せる。

 そして、料理をしなければいけないので、挨拶もそこそこに料理配信を開始。

 作りながらの雑談で、質問に答えたりなどをしていく。そして、最後に配信の方向性を話してからスクショタイムなどを行って終了。

 こんな配信形式で時間は大丈夫か?となりそうだけど、同期がいる訳でもないので割と時間を好きに使わせて貰えるようになった。

 まあ、自由にとは言っても19時スタートの21時までの終了の予定でやるつもりだけど。未成年の俺はその時間には帰らないとだしな。


「それでは、この流れであとは臨機応変にという事で」

「了解です。それはそうと……今更なんですけど、なんか人多くないですか?」

「ああ、それはですね。みなさん雨宮さんの手料理を食べてみたいんですよ」

「はい?」

「夜空さんがいつも言っていたお隣さんの料理がどんなものなのか、みんな気になっているようです」

「ああー……つまり、そういう事ですか……」


 佐々木さんの言葉を聞いてから、材料の方に視線をやって見ると、最初に見た時から感じていた疑問が確信へと変わった。なんか、数人分のと言うにはめちゃくちゃ盛り上がっていたんだよね……


「私から言えることは……頑張ってくださいとしか。無理そうなら普通の量に調整していただきますから」

「ははっ……」


 初配信をするはずが、なんかとんでもない量の料理をする事になりそうだ。

 乾いた声が思わず漏れ出てきてしまったけれど、スタジオの設備を見渡してから決心を決める。


「ええ、やってやりますよ」


 俺は可愛らしい格好に似つかわしくない不敵な笑みを浮かべながら、一大決心を決めることにした。

 初配信でとんでもない量の料理を作る新人とか話題性があると確信を持って言える。VTuberでそれはどうなんだろうって感じだけど、佐々木さんのこの前の言葉を借りるなら。


そんなVTuberがいても良いってことだからな。

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