お隣さんとの関係……か。

 「関係……ですか」


 改めてはづきさんとの関係がどんな関係なのか。その事を聞かれるとちょっと前なら難しいと思っていたと思う。ただのお隣さんと言うにはご飯の差し入れをしたり、学校まで一緒。お隣さん界隈の中でも親密な方に入る方。

 そこから配信でのお隣さんバレもあってさらに親密な時間を過ごしたりして、ただのお隣さんと言って良いのか分からない状況になったりしてちょっと複雑になってきた。


 でも、最近になって結局は単純な事なんだとも考えるようにもなった。俺が彼女に抱いている気持ちに複雑なものなんてなくて、本当に単純な気持ちなんだから。


 詩さんの爆弾発言があってから、少しの間これまでの事を考えるようにフォークを動かし、ひとつの答えを導き出す。残り少しだった食事を終えてフォークを置いてから話し始める。


「そうですね……」


 大人組の期待に籠った視線、少し不安そうなはづきさんの視線を浴びながら返答を返そうと思った、その瞬間。

 キッチンの方からタルトが焼きあがった音が鳴り響いた。この前のアップルパイの時もそうだったけれど、今回はタイミングとしては割と酷いタイミングだな……

 どうしたものか、と思っていると。


「タルトが焼き上がりましたね。切り分けるの手伝いますよ葵さん」

「え?あ……ああ。それじゃあお願いしようかな」


 まるで今は答えを聞きたくない。そんな気持ちを告げるような感じではづきさんの方から次の言葉をさえぎってきた。

 彼女の表情を見てみると、さっきまでの楽しそうな雰囲気はどこへやら。どこか不安そうな陰りを感じさせるような表情になっていた。


「あまり慌てなくていいから。ゆっくり準備してきてちょうだい」


 はづきさんの変化を感じ取ったのか、詩さんが気遣うような声をかけてきた。

 キッチンへと先導するはづきさんに大人しく付き従い、焼きあがったタルトをオーブンから取り出して切り分ける。皿に乗せた後にミントを上に乗せて盛り付けは完成。

 あとは、タルトに合わせる紅茶を淹れるためにお湯を沸かす。


 お湯を沸かしている間、隣にいるはづきさんの表情を覗き見てみる。

 彼女はさっきの陰りを感じるような表情ではなく、変なことをしてしまったと自覚して、努めて明るくしようとする雰囲気を感じる表情となっていた。


 それを見て、俺は自分のことを殴りたい気持ちになった。話し出すのをもったいぶってしまったのは悪手だったとしっかりと理解出来たからだ。

 そのせいではづきさんのことを……気になる女の子のことを不安にさせてしまったのだから。

 ヘタレていた自分とおさらばしなければいけないな。そんな決意を込めてはづきさんに声をかける。


「はづきさん」

「はい?」

「不安にさせちゃってごめんね」

「えっと……それは一体どういう事でしょうか」

「すぐにわかるよ。ほら、お湯も沸いたみたいだし、すぐに持っていこうか」

「……了解です。私はポットとカップ持っていきますね」


 タルトを持ってリビングの方に戻ると、大人組はさっきまでと雰囲気が少し変わり、何となく俺たちのことを見守っていこうかみたいな感じを出していた。少しことを急いてしまったことを反省しているみたいだ。

 まあ、気を使うことは意味ないことをすぐに証明するけれど。


「あら、タルトの甘い香りと紅茶の香りが素晴らしいわ」

「洋梨のタルトに合わせた紅茶にしましたからね。お口に合うと嬉しいです」


 食卓を片付け、タルトとに紅茶を並べる。

 さっき聞いてしまったことをはぐらかすように、詩さんがタルトへの感想を言ったので、俺はそれに微笑んで答える。

 そして、タルトに手をつける前に1度全員を見渡してから声を出す。タルトがもっと甘く感じるくらいの若者の青春を大人達に聞かせてあげますか。


「さっきの話の続きですけど。正直に言うと俺は、はづきさんの事は今1番気になっている女の子だと思ってます」


恥ずかしいから誤魔化すなんて事はしない、ぶつかるなら真っ直ぐだ。

というより、気になっている人の両親と顔合わせを望んでしているのだから、それ以外の選択肢なんてあるわけがない。

まさか、ここまで明確な答えが俺から出てくるとは思わなかったのか、はづきさんが俺の方に弾かれたように顔を向けて驚いた表情をする。


「出会った頃は放っていたらいつの間にか干からびてそうとか思って料理を差し入れしたり、部屋の掃除を手伝ってあげたり。本当に最初はそんな感じでした」


かと思えば続く俺の言葉に顔を赤面させて、両手をワタワタさせてるはづきさん。今でこそ学校でクール系キャラを確立させているけれど、俺は彼女のポンコツな部分を知っている。


「一緒に過ごして、彼女の不器用なところ知りました。俺の気持ちを考えて行動を起こしてくれたり、彼女の優しいところを知りました」


話しはじめれば言葉はスラスラと出てくる。

はづきさんとの過ごした時間は長いようで本当のところはまだ半年も経っていないくらいと短い。

けど、その短い時間の中で積み上げてきた関係はここ最近になって一気に濃密になってきた。


「ご飯をいつも美味しいと言ってくれる。感謝の言葉をいつも言ってくれる。そんな単純な事だけど、俺にとってはそれが嬉しい」


人を好きになるなんて複雑に考えてしまったりするのが当たり前だけど、結局はその人とという所がいちばん重要なわけで。


「いまはまだ付き合うとかそういうのは多分まだ分からないけど」


俺の事を、目を見開き見つめるはづきさんの事を見つめ返してから、前の方を見据えて言葉を続ける。


「はづきさんとこれからも一緒の時間を過ごして行けたらなと、そう思ってます」


俺の言いたいことはこれで全部。

言い切ってやったぜと、満足気にふう……と息をついてから周りを見てみると、はづきさんは耳まで真っ赤になって頬をおさえてうわ言のように「うへ、うへへ」とか呟いている。


そして、大人組は両手を合わせて目をつぶって一言。


「「「「ごちそうまさま」」」」


それはもう満足そうにそう言った。

……タルトまだ食べ終わっていませんよ。


少し後になってから気づいたことなんだけど……

これって、プロポーズだったのでは?

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