お隣さんと食事会

 タルト以外の調理が終わったので、トレイに料理を乗せて、俺も食卓の方に向かうことにするかな。

 手を洗い、エプロンを外してトレイを持ってリビングの方に顔を出す。

 すると、親父と談笑していたはづきさんのお父さんが俺に気づいてこっちに顔を向けてきたので、思わず姿勢を正してしまう。そりゃ、気になっている人の家族と対面するわけだ、緊張しないわけが無いよな……


「あまり緊張しなくていいよ、楽にして欲しいかな」


 そんな俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、はづきさんのお父さんが穏やかな声で声をかけてくれる。

 とは言え、空いている席を見てみると……はづきさんの隣というか、はづきさんのお父さんと対面するところしか残っていない。もはや意図的である。

 軽く遠い目になりかけたところに、はづきさんのお母さんが助け舟を出してくれた。


「ゆたかさん、あまり無茶を言わないの。こんなシチュエーションは男の子なら誰でも緊張するでしょ〜?」

「……確かに。僕もお義父さんに挨拶をする時、凄く緊張したのを覚えているよ。うん、気が使えなくて申し訳ない」

「あ、頭を上げてください。俺も別に気にしていませんから」

「そうかい?すまないね、いつも言われてるんだ、お父さんはちょっと気が早いって」


 お母さんの助け舟があったとはいえ、緊張感があるのは相変わらずだ。けど、このままここで立っているだけだと話が始まらないのでいい加減腹を括って俺は料理を配膳するために席の方へ向かうことにする。

 両手で持ったままのトレイを机に置いて料理を置こうとすると。


「手伝いますよ葵さん」

「おっ、それじゃあどんどん持ってくるから配膳よろしく」


 はづきさんが手伝うと申し出てくれたので、彼女に料理を渡して、残りをキッチンに一旦戻って取りに行って、配膳を手早く終わらせる。その際、お父さん達も手伝いを申し出てくれたけれど、はづきさんが手伝ってくれるならすぐに終わることなので、大丈夫と伝えた。


 緊張はまだ残っているけれど、はづきさんと少し話した事で少し緊張がほぐれた気がする。


 その様子をどこか微笑ましそうに見つめる月城家族と親父などの面々がちょいちょい気になるけれど、努めて気にしないようにする。


 そして、配膳が終わって、俺が席に着席したのを確認すると、お父さんが1度全員を見渡してから軽く胸を押えて話し始める。


「はづきのお気に入りの君の料理をはやく食べたいからね、自己紹介は手早く済ませることにしようか。僕は、はづきの父親の月城 ゆたか。そして彼女は家内の……」

「はづきのお母さん、月城 詩よ。いつもはづきがお世話になっているわね〜」

「俺は七海 葵と言います。ゆたかさん、詩さん。はづきさんには俺もいつもお世話になっています」

「それは良かった、葵くん」

「ふふっ、葵くんははづきとすっかり仲良しさんなのね」


 あたまを軽く下げて挨拶をしてから、改めて軽くはづきさんのご両親のことを観察してみる。ゆたかさんの方はキリッとしていて、普段のはづきさんのクールな雰囲気と同じ感じでよく似ている。

 詩さんはおっとりとした話し方をしていて。それと、はづきさんや玲さんと並ぶと姉妹に見える程に容姿が似ている上に若い。


 ちなみに、親父はさっき自己紹介が終わっていたようなので割愛。


「さて、料理が冷めてはいけないからね。さっそくいただかせて貰おうかな」

「どうぞ、熱いうちに召し上がってください」

『いただきます』


 みんなでいただきますを言ってから、まずはキッシュに手をつける。

 ベーコンとほうれん草のしょっぱさを卵の優しい味が包み込み、サクサクとしたパイ生地もあわさって美味しい。傍らに置いたシーザーサラダも箸休めになってちょうどいい。


「このキッシュ美味しわね。今度レシピを教えて欲しいわ」

「あら、なら私も教えてもらおうかしら〜」

「良いですね。今度教えるので。一緒に作りましょうか」

「もぐもぐ、ごくん……あれ?お姉ちゃんも料理出来るようになってます?もしかしてこの場で私は女子力最下位ですか?」

「はづき、人には適材適所という物があるんだよ……」

「父さん……」

「俺も料理はダメダメだからなぁ……」


 詩さんと玲さんと話していると、キッシュに舌鼓を打っていたはづきさんが、何やら焦燥感を感じたような表情をしていたけれど、それをゆたかさんと親父が2人がかりで慰めていた。

 ……慰めてるのかな、これ?


 そんなやり取りもあったけれど、次はメインディッシュのハンバーグの包み焼きを食べようかなと思う。

 蒸気で膨らんだアルミホイルにナイフを突き立てて開封。その瞬間、中身からハンバーグの香ばしい匂いが溢れ出てくる。


「包み焼きの一番の楽しい瞬間ってこの瞬間ですよね」

「まるで宝箱だね」

「葵の作ったハンバーグ久しぶりだなぁ」


 ハンバーグをナイフで切り開くと中身から肉汁が溢れ出す。肉汁とソースを切り取ったハンバーグで搦め、たっぷり入ったキノコと一緒に口の中に含んで、ゆっくりと咀嚼。

 肉の旨味とキノコの組み合わせが美味い。

 そして、合間に野菜たっぷりのミネストローネを飲む。トマトの酸味が野菜の甘さで中和されていて、いくらでもご飯が進む。

 ガーリックトーストもハンバーグのソースに付けたり、ミネストローネの汁に付けると最高に美味しい。


「うん、はづきが気に入るわけだよ。むしろ羨ましいほどだ」

「気に入って貰えたのなら良かったです」

「ええ、葵さんの料理は最高なんです」


 ゆたかさんの言葉にはづきさんも同意する。それに嬉しくなっていると、はづきさんの頬にソースが付いていることに気づいたので、彼女の頬をおしぼりで拭ってあげる。


「はづきさん、ソース付いてるよ」

「ングッ……すみません、お恥ずかしいところを」

「ふふっ」

「むうっ」

「ごめんって、ほら」


 恥ずかしそうに顔を俯かせるはづきさんが可愛らしくて微笑むと、はづきさんがむくれてしまう。

 謝罪の意味を込めて、軽く頭を撫でると気持ちよさそうに目を細めて、軽く頭を寄せてきたので少しの間撫で続けた。


 最近、一緒の時間が増えてきたから、彼女の知らないところをいろいろと知ることが出来たのが嬉しいなと思う。こういう風に素直に甘えてくれたりするところとかね。


 そうしていると、なんか生暖かい視線を感じた。

 そっちの方に視線を向けてみると案の定と言うか、大人組が俺たちのやり取りを微笑ましそうに見ていた。

 ……やってしまった。家だからって少し気を抜きすぎた気がする。


「葵くんとはづきは、どこまで関係が進んでるのかしら〜?」


 自分の今の行いを反省しようかと思っていたら、詩さんが爆弾をぶち込んできた。

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