お隣さんのお姉さん

 朝日奈さんの予想外な登場に驚愕のあまりその場に固まってしまったけれど。

 立ったままでもいてもらうのも悪いので、フリーズから回復したら、月城さんのご家族に席に座ってもらうよう促して、あとから入ってきた親父に相手をキッシュが出来るまでの少しの間頼む事にした。

 自己紹介については、もう少し落ち着いてからの方が良いだろうし。


 オーブンを覗いてキッシュに火が通っているのを確認したら、野菜をちぎっていつも通りの処理を加えて皿に盛り付ける。その後にドレッシングやクルトン、カリカリに焼いたベーコン、粉チーズをまぶして完成。

 次は洋梨のタルトに取り掛かるか……

 至極冷静に調理の手順を追えているとは思うけど、先程の出来事のせいで内心は割と混乱していて、料理に専念しないと変なテンションになってしまいそうだった。


「あら、いい香り」

「いまからもうお腹が減ってきました……」


 洋梨のタルトの準備も半ばに入った頃に朝日奈さんとうちの食いしん坊娘が声をかけてきた。

 手元から顔を上げて、後ろに立っている2人を視界に収める。その瞬間、前から感じていた既視感がほぼ確信に変わった。と言うより、この場に朝日奈さんがいる時点で明白な気がするけど……


「……いろいろと聞きたいことありますけど、もしかして朝日奈さんは月城さんのお姉さんですか?」

「ふふっ、バレちゃった?」


 答え合わせを早速すると、朝日奈さんはそう言ってウインクをしてから舌をペロッと出してお茶目な反応をする。

 その反応を見てなんか気を張っているのも変だなと思い軽く息を吐く。その後になんで言わなかったのかと意志を込めて、少し恨めしげに月城さんを見ると、彼女も朝日奈さんと同じようにお茶目な反応を返す。こうして見るとたしかに彼女達はよく似ていて、ちゃんと姉妹だなと思えた。

 そして、普段の彼女ならあまりしないであろうその仕草に少し見蕩れていると、月城さんが声をかけてきた。ボーッとしている事に気づき軽く咳払いをしてから対応する。


「びっくりしました?」

「んんっ、そりゃもうめちゃくちゃ驚いたよ。それはそうと……並んで立っていると姉妹というのがよく分かりますね」


 2人を見比べてそう言うと、そう言って貰えたのが嬉しいのか、朝日奈さんが月城さんを抱き寄せて、彼女の頭を嬉しそうに撫で始めた。月城さんもそれを満更でもないという感じで受け入れる。

 見た感じ、歳が離れた姉妹という感じなので朝日奈さんからしても月城さんは可愛い妹なんだろうな。


 いきなり姉妹仲の良さを見せつけられたけど、見ていると微笑ましい気持ちが湧いてきた。けど、一つ気になったことがある。


「そう言えば、苗字が違いますけど。もしかして……?」


 純粋な疑問というか、それを聞きながら朝日奈さんの左手を見てみると、キラリと光るものが見えた。

 俺がそこを見ていたことに気づいたのか、朝日奈さんが左手を顔の前にかざして薬指の指輪を見せてくれた。その指輪はシンプルながらも上品なデザインとなっていて、朝日奈さんはそれを愛おしそうに見つめている。


「ええ、その想像通り。入籍したから苗字が変わったのよ。結婚したてほやほやの新妻よ」

「新婚という事ですね。それはおめでとうございます」

「ふふっ、ありがとう」


 朝日奈の苗字が違う事と新婚ということはわかったけど、それだったら今日この場に旦那さんがいない理由は何だろうかと疑問に思って軽く首を傾げると、それに気づいた朝日奈さんが声をかけてくる。


「『久しぶりの家族水入らずの時間を過ごしてね』って快く送り出してくれたのよ。本当にできた夫よあの人はね。七海くん……にも今度、私の自慢の夫を紹介してあげるわ」


 家族水入らずの時間に俺たちがいても良いのだろうかと疑問もちょっと湧いたけれど。さすがに俺もそこまで鈍感では無いので今日の食事会が行われる理由もある程度理解出来てる。

 けど、いまは朝日奈さんから名前をいきなり呼ばれことの方の驚きがそれよりも増した。まあ、たしかに身内同士の関わりの場では苗字で呼ぶのは他人行儀だなとも納得したので、俺も名前で呼び返すことにする。


の自慢の旦那さんと会うのが今から楽しみです」


 彼女みたいな女傑の旦那さんになった人だから、それはもう凄い人なんだろうなと今から期待が高まる。そう思いながら、彼女の名前も一緒に呼ぶと嬉しそうに頷いてくれたので、俺も微笑み返した。なんか、その傍らで可愛らしく頬をふくらませている少女がいるけどね。


「むーっ」


 しかし、そのタイミングでオーブンからキッシュが焼き終わった音が鳴り響いた。ちなみに、洋梨のタルトの準備もほぼ出来上がっていたりするから、ハンバーグの後に順次焼いていく予定だ。

 キッシュを取り出して切り分ける準備をしながら、思いついたことがあった。タイミング的にちょうどいいのでそれを実行しようかな。


。いまからキッシュを切り分けるから、皿に乗せたら運んでもらってもいいかな?」

「……っ!はい、持っていかせてもらいますね!」


 玲さんが姉だと言うことを言って貰えなかったことへの意趣返しみたいな感じもあるけれど、昼の時の事もあるしタイミングも良かったので、不意打ち気味にはづきさんの名前を、恥ずかしくはあるけど呼んでみる。

 すると、かなり嬉しそうな反応をはづきさんから返されたので、意趣返しと思ったことに対して申し訳ない気持ちも湧いた。けど、それ以上に喜んで貰えて嬉しくなる。

 切り分けたキッシュをシーザーサラダと一緒に盛り付けて整える。それをはづきさんに渡して運んでもらう。名前を呼んで貰えた喜びからか、ルンルンとしたテンションになっている、はづきさんが可愛らしい。


「若いって良いわねぇ……」


 その傍らで、俺たちのやり取りを玲さんが微笑ましそうに見ていて、恥ずかしくなったけど、彼女にも少しやり返す方法を思いついたのでそれを実行するとしよう。

 玲さんを下から覗き込むように見上げて挑発的な笑みを浮かべながら声をかける。


「玲さんと旦那さんとの惚気話楽しみに待ってますね」

「あら……ふふ、言ってくるわね。ええ、今度いっぱい惚気話聞かせてあげるわ」


 大人な対応をすぐ返されたけれど、少しは玲さんの虚を衝く事が出来たようで、キョトンとした表情を引き出せたので良しとするか。


 さて、残りの料理も仕上げに取り掛かるとしますか。あと少しで終わるので、玲さんに席に座ってもらうように促してからキッチンに体を向ける。


 残りはガーリックトーストとハンバーグ、洋梨のタルト。具材の準備はもう終わっているからあとは焼くだけ。手早く済ませてはづきさんの家族に改めて自己紹介しないとな。




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ちなみに最初は朝日奈ちゃんは母方の叔母設定にしようかなとか思ってました丸

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