お隣さんの家で料理の準備をしてたらご両親とお姉さんが来た

「戻ったよー!」

「おわっ、も……戻りましたっ」

「あら、仲良しさんね。それで、スタジオはどうだったかしら?」


 こわちゃんに引っ張られて会議室に戻ってきたら、親父と佐々木さんと談笑していた朝日奈さんがこっちに気づいて声をかけてきた。


「凄いなんてもんじゃ無いですよ。想定以上のものばかりで、それが使えると思うだけで今日から初配信が楽しみです!」


 こわちゃんから腕を優しく解いてからテンション高めに俺が返答すると、微笑ましいものを見るように、目を細めながら頷いてくれたので少し恥ずかしくなった。これが年上の余裕というものだろうか。


「あら、それは良かったわ。それと、こっちも蒼一さんとの話し合いも終わったわよ」

「ああ、葵がVTuberをする上で俺が気を付けなければ行けない事はあらかた聴き終わったよ」

「わかった」


 親父の言葉に頷いてから俺は姿勢を正して、朝日奈さんと佐々木さんに軽くお辞儀をしてお礼を言う。


「朝日奈さんと、それと佐々木さん。今日は俺のためにお手数をお掛けしてすみません」

「大丈夫よ。それに、七海くんはこれからうちの大切なVTuberになって貰うのだから。これくらい大した手間では無いわよ」


 俺の言葉に謙遜するでもなく、大切と言い切ってくれるところから、彼女の器の大きさもよくわかった。


「俺のためになんて謙遜しなくて大丈夫です。雨宮さんとはこれから仕事仲間になるのですから、これからどんどん頼ってください」


 佐々木さんもまさに大人の対応という感じで、メガネの奥の瞳が弧を描くようにして穏やかな笑みを浮かべた。

 朝日奈さん達の大人な対応に尊敬の念を抱いていると、少し遅れて月城さんと空ママも戻ってきた。月城さんがテンション高めになっていて、空ママが少し苦笑しているのがなぜなのか分からなくて、俺は首を傾げる。


「さて、話し合うことも大体終わったから。今日のところはもうお開きかしらね」


 ここに全員揃った事でキリが良くなったから、朝日奈さんが手を合わせてそう言ったので、話し合いは終わりとなった。

 空ママ達に挨拶して、会議室から退室していると、何故か朝日奈さんに月城さんが声をかけていた。


「それでは、また後で」

「ええ、楽しみにしてるわ」


 気心知れた関係のように話し合っていることから、何かしら近しい関係なんだろうか?と思ったけれど、特に気にする事はなく俺は先に出て行った親父を追ってエントランスに向かった。





「さてと……じゃあ下拵えしていくか」


 それから、家に戻った俺は月城さんのご家族を迎えるための料理の準備を始めることにした。ちなみに、調理器具など便利なのは月城さんの家なのでアップルパイの時と同じように今回も使わせて貰っている。

 今日作る料理の量は人数はこれまでで最大の6人分。

 親父が早めに来たから、どうせなら全員揃って食事会をしようと俺が提案すると、その提案も快く受け入れられて、ついでに月城さんは姉も呼ぶとのことなので、人数も6人となったのだ。


 材料を並べて俺も腕が鳴るとばかりに袖をめくった。


 今日の献立は前菜に

『ほうれん草とベーコンのキッシュ』

『シーザーサラダ』

 メインに

『キノコたっぷりのハンバーグの包み焼き』

『ミネストローネ』

『ガーリックトースト』

 デザートに、この前月城さんから貰った果物で食べ頃のものを使った

『洋梨のタルト』


 最初はもっと凝ってみるか?とか思ったけれど、下手にやる気を出すと食べきれない量を作ってしまいそうだったので、なるべく常識的な量になるようにした。

 まずは野菜類を切っていく事にするかな。


 ミネストローネで使う玉ねぎと人参、キャベツをみじん切り。あまり細かくしすぎると煮込んでる際に具材が溶けてしまうので細かくはしすぎない。

 ついでにハンバーグ用の玉ねぎも切っておくか。

 と言ってもこっちは細かくて構わないから、百均で買えるあの便利な野菜カッターをつかって切る。

 これを初めて使った時は便利すぎて感動したのを覚えている……


 ほうれん草はフライパンに沸騰したお湯を軽くはってそこに通してアク抜きをして5cm程度で切る。

 それと、キッシュとシーザーサラダに入れるベーコンも3cm程に切って、野菜などの下拵えはこれである程度完了かな。

 一段落ついた雰囲気を感じ取ったのか、キッチンの向こうから月城さんが声をかけてきた。彼女の手にはコーヒーが入れられたコップが。

 どうやら、コーヒーメーカーから抽出したみたいだ。


「お疲れ様です。1杯どうでしょうか?」


 未だに慣れない月城さんの名前呼びに少し恥ずかしさを感じていると、コーヒーをはいっと手渡されたのでそれをありがたく受けとり一息つくことにした。


「ありがとう月城さん。うん……美味しい」


 口の中に程よく広がる苦味と酸味。体が温まる飲み物にホッ……とため息をこぼしていると、隣に立っていた月城さんが俺に声をかけてくる。


「ありがとうございます、姉の分まで。6人分ともなると大変でしょう?」


 なにやら聞きたそうにしているなと思ったけれど、そういうことかと思った俺は、もう一口コーヒーを口に含む。うん、美味しい……

 そして、俺は月城さんに微笑みながら返事を返す。


「1人増えたくらい全然大丈夫だよ。それに、俺の料理を食べてくれる人が増えるんだ、作りがいがあるってもんさ」

「ふふっ……葵さんにはお世話になってばかりですね私は。でも、ありがとうございます」

「どういたしまして。さて、一息ついたし残りもすませますかね」

「よろしくお願いします。わたしは蒼一さんの手伝いをしてきますね」


 コーヒーを飲み終わったコップを洗ってから残りの準備を開始。月城さんは親父の手伝いをしてくるみたいだ。

 こっちの部屋で食事会をする事になったけど、そのままだと椅子の数が足りないので必要な数を俺の部屋から持ってくるらしい。


「時間は……まだ大丈夫そうだな。とりあえずタルト生地から作って休ませておくか」


 タルト生地を作るために、無塩バターと砂糖に塩、卵に薄力粉を取り出す。

 無塩バターをとかして、砂糖と一緒に混ぜながら塩を少しずつ入れて、混ぜ終わったらそこに卵黄を投入。

 同じようにまた混ぜながら今度は薄力粉を少しづつ加えて、材料を全部入れ終わったらラップに包んで1時間ほど冷蔵庫で休ませる。

 タルト生地はこれで終わったので、今度はミネストローネでも作るか。

 と言っても、こっちもさっき切った具材を順番に投入してからケチャップと砂糖、ローリエを入れて炒める。

 そこに水煮の大豆を投下したらホールトマト缶と水を入れて、貝殻状のパスタ、コンキリエって言うやつを茹でたのを投入。コンソメや塩で味を整えて完成だ。


「うん、美味しい」


 味見をしてみたらいい感じに味が整ったので、次はハンバーグかな。

 ひき肉と卵、炒めて飴色になったほぼペースト状の玉ねぎを冷やしたやつを入れたら、パン粉とナツメグ。塩を少々。

 粘り気が出るまでこねたら形を整えて空気を抜き、フライパンで表面を軽く焼く。包み焼きだから中まで火を通さなくていいのはちょっと楽。

 焼けたハンバーグを取り出したら、まな板の上に引いたアルミホイルにハンバーグを乗せて、次はソース作り。

 ハンバーグを焼いて出た油を少し残して、そこにケチャップとソース、砂糖と軽く塩で味を整える。

 そして出来たソースをハンバーグの上にかけて、しめじやマッシュルームなどキノコを多めに乗せてアルミで包み込む。


「あとはオーブンで焼けば完成っと。さて、次は……」


 材料の準備をこなしながら、シンクに溜まってきた洗い物を片付ける。とりあえず、今度はキッシュかな。そろそろ予定の時間が近づいて来たみたいだからな、前菜で出すには今から焼けばちょうどいいくらいだと思う。

 パイ生地を取り出して、型に敷き詰めたら、フォークで穴を開ける。

 次に中に注ぎ込むための卵液などを作る。

 ほうれん草を塩で味付けしながら、ベーコンも軽く炒める。火が通ったら粗熱を冷ますためにフライパンからあげる。

 卵液は、卵と生クリームを泡立て器でかき混ぜて、そこにピザ用チーズ、塩コショウを入れて、粗熱の取れた具材も投入したらゴムベラでしっかりと混ぜる。

 出来上がったそれをパイ生地に流し込んで、先に温めて置いたオーブンに入れて加熱していく。

 この間に洋梨のタルトの準備も最後に取り掛かろう、そう思っていたらチャイムが鳴った。

 自分の部屋とは違うところでそれを聞くのはなんか少し変だなと、ちょっとどうでもいい事を思いながらそれに出ると月城さんが親御さんが到着したことを告げてくれたので、月城さんに部屋に入ってと告げてから少しだけ身支度をする。


「こんな形ですみません。食事の準備を今していますので少しの間待って頂けると助かります」


 月城さんの先導に従い部屋に入ってきた人達に謝罪の言葉をかけると、すぐに言葉が帰ってくる。


「全然大丈夫だよ。娘の食生活を支えている君の食事を楽しみに今日は来たわけだからね」

「はづきの胃袋を掴んだ料理がどんなものか先週から楽しみだったのよ〜」


 その声を発した2人は多分、月城さんの両親だろう。雰囲気が月城さんによく似てる。奥さんが夫の腕を絡めとるように抱えて立っていて、夫の方もそれが当たり前と言った感じで堂々としている、まさにおしどり夫婦と言った感じだ。


「ええ、私も七海くんの料理楽しみだったわ」


 そして、その2人のさらに後ろから聞き覚えのあると言うか、数時間前にも聞いた声が何故か聞こえてきた。

 そっちに視線を向けてみると予想外というか、案の定と言うか、何故か朝日奈さんがそこに立っていた。

 驚愕の表情を浮かべる俺に対して、いつの間に横に立っていた月城さんが、朝日奈さんと同じようにイタズラが成功したみたいな反応をしていた。

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