お隣さんと再びフェアリップ本社

「はぁぁ……こりゃまた立派な建物だ」


 翌日、親父を連れてフェアリップ本社に向かったら、建物を見て呆然とそんなセリフを吐いた。

 ここに初めて来た時の俺も似たような反応をしてたのかなと思いながら見つめていると、視線を感じたので横を見てみると月城さんと目が合う。

 微笑ましそうに俺と親父を見ていることから、何を言いたいのか分かってしまったので、何となく声をかける。


「……そんな似てる?」

「はい、とっても」

「とってもかぁ……」


 そんななんてことの無い会話をした後、親父に声をかけて建物の中に入っていく。

 その際に受付の対応をしてくれたのは、前に来た時と同じ人で顔を覚えていてもらい、スムーズに事がすんだ。

 それから前に連れてきてもらった会議室に向けて歩いていると、向こうの方から何やら聞き覚えのある声と共に、突撃してくる小さな影が見えた。


「る〜な〜ちゃーん!」

「ぐっ……先週ぶりですね、こわちゃんさん」

「えへへ〜先週ぶり〜」


 今回は影が見えたおかげで、月城さんは体を構える事が出来たので吹っ飛ばされることは無かったけれど、それなりの衝撃があったみたいで少しうめき声が出てしまっていた。

 テンションの上がった犬みたいに、ふわふわとした髪を揺らしながら頭を擦り付けて嬉しいを全身で表現しているのが可愛らしい。

 ある程度して満足したのか、顔を上げると、そこでやっと傍らにいた俺に気づいたみたいだ。


「あっ!お隣さんもこんにちは!」

「こんにちはこわちゃん」

「こんにちは!あれ?なんか知らない人もいるね」

「元気な挨拶だねぇ、お嬢さん。俺はこの子の父親の七海 蒼一ってんだ」


 親父が俺の頭をポンポン叩きながら自己紹介をすると。


「こんにちは、お隣さんのお父さん!」


 こわちゃんが元気な挨拶を返してくれたので、月城さんと一緒にみんなでほんわかとした雰囲気になった。




「それで、今日は何しに来たの?」


 1週間ぶりに会えたわけだしと、何となくそれから一緒に会議室までの道のりを歩いていると、疑問に思っていたのであろうことを質問してくる。


「今日は保護者の許可を出しに来たって感じだね」

「俺はまだ未成年だから、そういう手続きが色々と必要なんですよ」

「ほぁー……それは確かに大事だねぇ」


 俺の言った理由に納得したようで、うんうんと神妙そうに頷くこわちゃん。その動き一つ一つが大きくて、まさに元気っ娘らしく可愛らしい。


「こわちゃんさんは今日はどう言った用事で?」


 月城さんもこわちゃんがここにいる事が気になったようで、こわちゃんに質問を返すと。


「うーん、なんか良いことがありそうだなと思って来てみた!」

「なんとも曖昧な……」

「るなちゃん達に会うことできたし、来てよかった!」

「あはは……なんと言うか、期待に応えられたみたいだ」


 こわちゃんと顔を合わせるのはこれで2度目だけど、この少ない出会いで彼女が本能のままに生きていることが何となく納得出来てしまった。


 そんな雑談していると目的地に着くのは結構直ぐで、ノックすると中から返事が返ってきたので、扉を開けて中に入ると、そこにいたメンツが視界に入る。

 クールビューティで、やっぱりどことなく月城さんに似た雰囲気を感じる朝日奈さん。ふわふわとした感じが可愛らしい明野 空さん。

 そして、この2人に追加して俺のマネージャーをしてくれる事になった佐々木さん。


「先週ぶりね、七海くん」


 朝日奈さんが俺に挨拶を返した後に、席に促されたので、そのまま席に座る。俺たちが全員座ったことを確認してから頃合を見て朝日奈さんから自己紹介を始める。


「はじめまして、七海くんのお父様。わたしはフェアリップ代表取締役の朝日奈と申します。そしてこちらは」

「これから彼の……VTuber名『雨宮 隣』のマネージャーをさせて頂く、佐々木と申します」

「七海さんのVTuberデザインさせて頂くイラストレータの明野 空と申します」

「これはご丁寧にありがとうございます。わたしは葵の父親の七海 蒼一と言います。ややこしくなりそうなのでどうぞ、蒼一と呼んでください」

「それではご好意に甘えさせて頂いて、蒼一さんと呼ばせていただきます……それはそうと、話の腰を折るようで申し訳ないのですが、一つ気になったことがあるのですが」


 穏やかに自己紹介が終わったところ、ある意味当然と言うか、ここに俺たちが入ってきてからずっと一緒にいたこわちゃんに朝日奈さんの視線が向いた。


「こわちゃん〜?どうしてここにいるのかしら?」

「えっ?ん〜?なんか楽しそうかなって思ったの!」

「そっかぁ、楽しそうかぁ……」


 朝日奈さんからしても、こわちゃんの本能のままに生きるスタイルは制御不能と理解しているのか、諦めたような笑みを浮かべてから、なにか思いついたようにぽんと手のひらを打った。


「そうね、ちょうどいい機会だしの案内してもらおうかしら」

「あそこ?」



 保護者のサインや、同意書の確認。その他もろもろの難しい話は親父と朝日奈さん、そして佐々木さんを混じえた3人で一通り済ませることにしたらしく。

 こわちゃんと月城さんの先導に従って、俺と明野空さんは次の目的地に向かっていた。

 案内されて着いたその場所は、俺が今度使うことになる調理用のスタジオだった。


「これはかなり凄いな」

「ここにこんな場所あったんですねぇ」


 かなり本格的なキッチンを見た俺と明野空さんは驚いた表情でそれを見ることしか出来なかった。そして、予想通りな反応をしてくれたのが嬉しいのか、月城さんとこわちゃんが嬉しそうに言葉を返す。


「でしょでしょー?」

「踊りの練習や、ライブがある時など、スタッフの方が使って料理を差し出してくれたりするんですよね」


 月城さんの家にあるオーブンに負けず劣らずにでかいオーブン。しかも、パン屋とかでくらいしか使わなそうなものまでも確認できた。さらに、IHも複数あって、それ以外にも中華鍋を全力で振るえそうな大口のコンロ。

 水周りもかなり広く作ってあり、皿洗い機も完備。

 正直、テレビとかで流れている料理番組のスタジオとかにも負けず劣らなクオリティとなっていた。


「いや、マジで凄いな……これ、VTuberの人達誰も使っていないんだよね?」

「お恥ずかしながら……」

「こわちゃんが料理したら火を噴くことになる!」


 人差し指どうしを合わせながら目をそらす月城さん。どこからそんな自身が溢れ出すのか、小さな体でバーン!と聞こえてきそうな主張をするこわちゃん。


「配信で使って貰うだけでウケそうですよねぇ」


 明野空さんの思わず呟いたその言葉に俺も苦笑を返すことしか出来なかった。というか、マジで、なんでこんな状況で調理用スタジオ作ったんですかねぇ……


「まあ、おかげでこんな立派なところを使わせてもらえるんだ。ありがたく使用させてもらうとしようかな」

「つまり、このスタジオを使った七海さんの料理を楽しめるということですね!」

「楽しみ!」

「とうとう七海さんの料理を実際に目に収める事が出来る機会が!」


 女性陣がるんるんと聞こえてきそうな感じでテンション上がって、その期待に少し荷の重さを感じてしまいそうだけれど、純粋に楽しみにしてくれている彼女達を見ていると、頑張ろうという気持ちが湧いてくる。

 それと、何となく思いついた事もいくつか思い浮かんだので、ちょうどいい機会だと提案してみる。


「何個か思いついたことがあって、提案なんですけど、今度の俺の初配信で作る料理食べませんか?」

「願ってもないことです!」

「なんと、見ることができるだけで終わらないのですか!」


 俺がそう言うと、月城さんと明野空さんは食いつくような感じで提案を受け入れてくれた。こわちゃんはどうだろうと視線を向けてみると目をキラキラとさせてこっちのことを見つめてきていたので、これは聞くまでもないなと思わず笑いがこぼれた。


「さて、それじゃあ腕をふるわせてもらうとしますか」

「「「楽しみ!」」です!」


 3人で手を繋いでセリフの通りに楽しそうにジャンプを始めたのを見て、こっちもこれからが楽しみになってきた。


 その少しあとに、ひとつの提案をしたらなんか警戒したような反応になったのは面白かった。


「ここは安全面もかなり良いし料理教える配信も良さそうだな」

「「ッッッスゥゥゥーー……」」


 さっきまでのテンションはどこへやら、揃って目をそらす月城さんとこわちゃん。


 どんだけ自信がないんだろうか……

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