お隣さん親父と会う
時間というものは過ぎていくのが当たり前なわけで、月城さんからの両親に会って欲しいという衝撃のお願いがあった日から、あっという間に親父が帰ってくる前の日の金曜になった。
その間にあったことといえば、月城さんと昼食を一緒に取ることが日課になった事や。学校でも普通に話すようになったし、一緒に家に帰るようになったくらいかな。
身バレとか大丈夫かなと最初は気が気ではなかったけれど、聞いてみたところ。
『コソコソとするから怪しまれるのです。堂々としていきましょう』
月城さんの男前すぎる返事に確かにと俺は頷いた。海斗は頭を抱えた。
結果としてクラスメイトからの反応はなんと言うか……暖かく見守って行こうみたいな方針になったみたいだ。月城さんと一緒に行動していると生暖かい視線を感じるようになった事には気恥しさを覚えるけど。
「結構買い込みましたね」
「もともと、親父と久しぶりに会うから凝ったもの作ろうと思ってたのもあるけど、それに月城さんのご両親が来るなら、豪勢にしようかなって。後はちょうど特売日も重なってたし」
一緒の帰路を辿りながら俺と月城さんはマイバックや、それに入り切らなかったものが入ったビニール袋を両手に引っさげていた。
月城さんと一緒に帰れるようになった喜びもあるから気分はルンルンとしている。自惚れではなければ、月城さんも嬉しそうに見えるから気分もさらにあがる。
それと正直、現金な理由だけど2人で行動すれば買い物も多く行えるのが良い。特売品とかね。
けど、荷物の比率としては月城さんが少し多めになってしまっている事に男の矜恃としてどうなんだと考えてしまう。スーパーを出たら直ぐに荷物を持ちますねと持っていかれてしまった……
この結果からわかる通り、力はなんと彼女の方が強かったりする。理由を聞いてみたら、鍛えてますからと返されたので、そのうちランニング以外にもちゃんとした筋トレ増やそうと決心した……ダンベルをポチっておくか。
そんなどうでもいいことを考えながらも、隣を歩いている月城さんとたわいもない会話をしながら歩いているとマンションまですぐに着いた。
「ロック開けるからちょっと待っててね」
「はい」
荷物が少ない俺がロックを開けるために鍵を取り出していると、『おーい!』後ろの方からそんな声が聞こえたので何事かと思い視線をやると、見覚えのある姿が目に入った。それと同時に体にボフッと衝撃が訪れる。
「葵ー!会いたかったぞー!」
「うおっ……いきなり抱きついてくんなよ親父」
「久しぶりの息子との再開なんだ、そこは大目に見てくれ」
「はいはい、わかったよ」
声の主がいきなり抱きついて来たことに呆れながらも、少ししてから背中をポンポンと叩いて離れてくれと促す。けど、それからしばらくの間、頭が撫でやすいんだよなとか呟きながら親父は撫でて来た。久しぶりだからってテンション上がりすぎているなぁ……
ちなみに、俺はどちらかと言うと母さん似だから、成長期を迎えているはずなのに身長があまり伸びていないせいでこのように顔を合わせるたびに頭を撫でられている。
「七海さん、そちらの方はもしかして?」
「おっ?あれま……そちらのお嬢さんはもしかして?」
親父に大人しく撫で回されていると、傍らにいた月城さんから声をかけてきたことで、やっと解放されることになった。
俺を解放して姿勢を正した親父は月城さんのことをやっと認識したようで、何やら納得が言ったと言わんばかりに俺と月城さんを交互に見てから頷いた。
「初めまして、俺は葵の父親の七海 蒼一と言います。いやぁ、久しぶりの息子との再開でテンションが上がってしまっていて、葵の彼女にお恥ずかしいところを見せてしまったようで……」
「ぶほっ……!」
親父の口から予想外の言葉が飛びてて来て、俺は思わずむせてしまう。確かに、VTuberデビューの相談をしてから月城さんの話題をちょくちょく話した事があるけれど、そう勘違いしていたのか。
とりあえず息を整えよう……
「ふふ……初めまして葵さんのお父様。私は葵さんの隣人で同じ学校に通っている月城 はづきと申します。それと……残念ながら、葵さんとはまだ付き合っていないので今は彼女ではないですね」
「……っ!?」
むせたのがやっと落ち着いてきたなと思いながら息を整えていると、名前で呼ばれたというのもあるけれど、予想外の返答が返ってきて反射的に月城さんの方に顔を向けてしまう。
彼女ではないと否定があったけれど、いままだ付き合っていないと言わなかった?
まだということはいつかはという事なのだろうか。
「そうかそうか。だったら、これからも末永く葵の事をよろしく頼むよ」
「はい、お義父さま。葵さんの事は頼まれました」
「なあ、俺を置いていかないでくれ……」
なにやらフィーリングが合ったみたいで、初対面にもかかわらずに2人は楽しそうに会話を繰り広げて、俺は放置されてしまう結果となったのだった……
入口で話し込むのもなんだしと、俺の部屋に場所を移してから続きを話すことにした。その前に月城さんの部屋の冷蔵庫に食材をしまってからだけど。
食事に使っているテーブルに緑茶とお茶請けを置いてから、月城さんの隣に腰を下ろして親父に話しかける。
「それで、帰ってくるの明日って聞いてたけど早かったな?」
「息子にサプライズしたいなあと思ってな。少し無理をして早めこっちに来たんだ」
「はぁ……確かにサプライズになったけどさぁ。無理すんなよもう……それにこっちにも準備ってもんがあるんだからな?」
「それは、なんと言うか、すまん……というか、ますます母さんに似てきたなぁ」
「話を誤魔化さない」
「ごめんなさい」
「くすっ」
久しぶりの親子のやり取りをしていると、隣の方から上品な笑い声が聞こえてきた。
その声につられて隣の方を見てみたら、月城さんが口元に軽く手を添えて楽しそうに笑っていた。何気なくしていた今のやり取りを見られていたのかと思うと少し恥ずかしい。
「ふふ……すみません、仲が良さそうだなと思って、つい」
「なんというか、お恥ずかしいところを見せたようで……」
「いえいえ、親子仲が良いのは良いことですよ」
そう言ってからまた上品に微笑む月城さん。少し、恥ずかしいなと思うのと同時に、父親との仲の良さを褒めて貰えたのが嬉しかったりする。
「仲が良いと言うなら、おふたりさんも似たようなもんだな」
「「ッ!?」」
親父のことを放っておいて月城さんと微笑みあっていたことに、からかうようなそのセリフで今更になって気づく。
一瞬で耳まで真っ赤に染った感覚が訪れたと同時に、弾けるようにお互いに顔を逸らしあってしまった。
若者同士の初々しい反応を見た親父はカラカラと愉快そうに笑いながら、それを肴にお茶を一息に飲み干すのだった。
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