お隣さんとシナモンいっぱいの甘いアップルパイ
海斗に言われた通りに、周りにバレないようにするにはやはり前と同じような距離感を保つべきなのだろうと思いはしたけれど。
学校でも月城さんと話す事ができるようになったわけだし、お隣さんということがバレなければ何かあったのだろうくらいに思ってもらえるだろう。
それに海斗と星空も巻き込めばバレる確率も多分減ると思う。
そんな風に考えていたら学校での時間はあっという間に過ぎて気付けば帰宅の時間。
いつも行っているスーパーの特売品を頭に思い浮かべながら席を立つと月城さんと目が合う。さすがに一緒に帰るという事はリスクが増えるので今はやらないけれど、この後に家で会う事ができるのであまり気にしていない。
目が合った月城さんが柔らかな笑みを浮かべて手を軽く振ってきたので、ほわほわとした気持ちを抱きながら、俺も手を振り返して口パクで『また家で』と伝える。
月城さんに意図が伝わったみたいで、表情がさらに明るくなった気がする。そんな風に一緒に過ごすことを楽しみに思っていて貰えると思うと嬉しくなる。
とは言え、このままここで見つめあってたらいつまでも教室を出ることが出来ないので、後ろ髪を引かれる思いで、また手を振って今度こそ教室から出て昇降口に向かった。
その途中で、昨日貰った果物が残っていることを思い出したので、スーパーでの買い物の予定がある程度決まった。
それと、あとから海斗から聞いた話だけど、俺と月城さんは気付いていなかったけど、教室に残っていた他のクラスメイト達はザワっとしていたみたいだ。
買い物を済ませて家に帰ったら、机の上に材料を広げる。
昨日、月城さんから貰った果物の中にあった真っ赤で美味しそうなリンゴ、これを使ってアップルパイを作ろうと思う。
リンゴ2個の皮を剥き、8等分にしてから、バターを入れて加熱した鍋の中に投入。砂糖とレモン汁を適量入れたらシナモンを少し多めに入れて汁気が飛ぶまで加熱。シナモンに関しては多目なくらいが好みだ。
コンポートは焦げないようにちょくちょく見ることにして、パイ生地とカスタードを用意しておくか。
卵と砂糖を混ぜて、薄力粉をまぶし。牛乳を少しづつ入れながらバニラエッセンスを入れる。
材料を混ぜ終わったら電子レンジに入れて、熱を時間を測りながら加えていく。そして、加熱が終わってカスタードクリームがあらかた出来上がったので冷蔵庫に入れて冷やしておく。
パイ生地に関しては無塩バターを塗った型に敷き詰めて、フォークで穴を作った後に、上の方に乗せるための三つ編みを作って置いておく。
だいたいの準備が終わって一息ついたところでチャイムが鳴る。
モニターを確認して誰がいるのかを確認出来たので、調理で汚れた手を軽く洗ってハンカチで拭いてから玄関に向かい、ドアを開けてその人を家に迎え入れる。
「おかえり、月城さん」
何となく、こうやって誰かを家に迎え入れておかえりと言うのは、少し懐かしいなとその時ふと思った。
俺の気持ちを汲み取ったのか分からないけど、自分の部屋に戻って1度着替えてきたのであろう可愛らしい服のスカートを揺らしながら彼女は嬉しそうに返事を返してくれる。
「ただいまです、七海さん」
そのやり取りがなんというか、家族みたいだなと思い、恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちが混ざって、胸の内が暖かくなった気がしたのは秘密だ。
一度俺の部屋で集まったけど、その後に月城さんの部屋に移る。理由としては彼女の部屋にあるオーブンを使わせてもらうためだ。
ホールケーキもしっかりと焼けるそれなりに大きいもので、結構使わせてもらっている。
「家に帰ると、美味しいお菓子を食べることが出来る生活……まさに理想です」
「理想が低いのか高いのかよく分からないなぁ」
アップルパイの材料を組み合わせて、後はしっかりと焼くだけになったので、紅茶を入れて月城さんに紅茶を渡して少しスペースを開けてソファに座る。
一息ついたと思っていたら、気づいたらすぐ隣と言うか、ほぼ密着と言ってもいいほどの距離に月城さんがいて身体が固まる。月城さんの顔を見てみると、何やら真剣そうな表情をしていたので、これから何が始まるんだと思いながら恐る恐る声をかける。
「つ……月城さん、ちょっと距離近くないかな?」
「……私、学校で考えていて思ったんですよ。これからはもっと積極的に行こうかなと」
「えっと……」
「これまで、七海さんにお世話してもらうだけでしたけど、昨日から朝ご飯や夕飯を一緒させていただいて気づきました」
神妙な顔をしながら言ったその言葉の真意を測りかねて、どう返したらいいのか分からなくて視線があっちこっち行きながら、言い淀んでいるうちに、月城さんは言葉を重ねる。
「七海さんは誰かと一緒の……家族の時間が欲しいのかなと」
「っ……」
あまりにも予想外な言葉に一瞬頭の中が真っ白になった気がした。でも、その後すぐに自分の中に染み渡ったような感覚と共に、ストンと胸の内にハマったような気がする。
呆然としたような気持ちで月城さんを見ていると、彼女も真剣そうな表情でこちらを見つめ返してた。
正直、月城さんが言っていることは的をえてる。
高校生になってから、初めて1人の時間を過ごすことになった。
小さな頃は母さんと一緒に過ごし、中学の頃は仕事が忙しいと言うのに親父が家にいるように努めてくれていた。
でも、昔に母さんからあの人はマグロみたいな人だからと苦笑しながら言われたのを覚えていたので、俺の為だけに親父を縛るようなことをしたくなくて、高校生からは1人でも大丈夫だからと、親父が仕事をする為に送り出した。ついでにいい人でも見つけてこいと、からかいながら。
そして、初めて1人の時間を過ごして本当の意味での寂しさを感じた。
1人暮らしの寂しさをあまり意識しないように家事に専念したり動画を撮ったりとしてはいたけど、拭いきれない寂しさを感じたりもした。
そんな時に出会ったのが月城さんだ。
生活力皆無で、ほっといたら干からびてしまうのではと言う危機感を感じて、差し入れやら部屋の掃除を手伝って世話を焼いているうちにいつの間にか、俺の生活には彼女が入っているのが当たり前になって……
「私……七海さんに感謝しているんです」
思考の渦に陥っていたら、月城さんが姿勢を正して、前を見ながら気持ちの吐露を始めた。
「ひとり暮らしを始めた頃はVTuberの事、自分のこと。全部1人で何とかしないと、そんな風な焦りを感じていました」
少し前のことだけど、確かにあの頃の月城さんは学校でもどこかトゲトゲしていたと言うか、今以上に1人でいた気がする。今は、話しかけられたりしたら朗らかな笑みを浮かべながら対応してくれるように変わったけど。
「七海さんと出会って、誰かに頼ることは悪いことじゃないのだと思えるようになりました。……と言っても、私が一方的に頼っちゃっている気がしますけど」
「……俺も頼らせて貰っているよ、それこそいっぱいね」
「だったらおあいこですね」
手元にあるカップをくるくると回転しながら、月城さんは苦笑する。
「私の仕事柄、時間を一緒に過ごすことが出来なくて気づくのが遅くなってしまったのですけど。この前のお隣さんバレがあってから、ご飯を一緒に過ごす時間が増えてすぐ思いました」
ひと呼吸おいて、月城さんが言葉を紡ぐ。
「一緒にご飯を食べている時の七海さんの表情が柔らかくて、誰かと一緒にいる時間が好きなんだろうなって」
そう言われて、はじめて自分でも気づく。
俺って、誰かと一緒の時間が好きだと言うことを、でも、多分それは月城さんに対しては少し違う気がするかもしれないということも。
気持ちが胸の内で形作る、そう思って声を出そうとすると。
チンッ
タイミングがいいのか悪いのか、アップルパイが出来上がった音が部屋に鳴り響いた。
月城さんと顔を向き合わせて、自然と笑いが込み上げてきてしまう。
「お茶にしよっか」
「ですね」
今はまだ、もう少しゆっくりと思いを積上げて行くのもいいかもしれない。
焦らなくても、ゆっくりとこの心地いい関係を進めていけばいいのだから。
オーブンからアップルパイを取りだして切り分けようとしている時、月城さんがなにやらボソッと声に出していたみたいだけど、その時の俺は聞き取れなかった。
「これからは遠慮しないですよ、七海さん」
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このやり取りはもう少しあとにしようかなとか思っていたけど、書いてたら勝手に……とりあえず早くいちゃつかせたい(本音)
もともと、それなりの時間を一緒に積み上げていた訳だし、きっかけさえあればすぐだったのかもしれない。これは既定路線なのです
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