お隣さんとフェアリップ本社

 月城さんと電車に揺られること小一時間、都心の駅に出てから歩いて5分。そこに、月城さんが中身の人をしている人気VTuber『夜空 るな』が所属している、フェアリップ本社が摩天楼の中にこれでもかと言わんばかりの存在感を放っていた。


「ここがフェアリップの本社……なんという威圧感なのだろうか……」

「何を変なこと言ってるんですか、七海さん。ほら、入口に立っていると邪魔になってしまいますよ」

「おっと……ごめん、今どくよ……」


 下から見上げたことにより、俺自身は気圧されてしまっていたが、月城さん自体は、学生の身でありながらそこに勤めているわけで、凛とした姿勢を保っている。その立ち姿がなんというか、かっこいい。

 服装は、普段着と言う感じではあるが、クールな印象でまとめられている。


「それでは、待たせるのも悪いので、さっさと用事を済ませに行きましょうか」

「だな、それじゃあ案内をお願いするよ」

「はい、頼まれました。行きましょうか」

「え……月城さんッッ?」

「ふふっ……」


 驚いた声を出した理由は簡単で、月城さんが俺の手を軽く引きながら歩き出したのだ。俺はそれに大人しく着いていくことしか出来ない。

 こんな状況だからこそ、その手の感触に少し気が取られてしまうのは思春期ゆえの青いところだと思っておいて欲しいと、誰に言い訳するでもなく考える。


 それに、手を引く彼女もどこか嬉しそうに見えるのは自惚れでは無いと思いたいしな。





 受付を通って、俺が来館証を貰ったらそのままセキュリティゲートらしきものを通って中に入る。

 関係者がいるとスムーズにことが進む。


 そして、あれよあれよという間に何やら会議室のようなところに通されて、今は人を待っている状態だ。


「これから、社長が来るのですが、愉快な人なのであまり気を張らなくて大丈夫ですよ」

「いまのどこに、大丈夫な要素があるのか俺には分からないよ……」

「ふふ……確かにそうですね。けど、私もいるので安心してください、悪いようには絶対にならないので」

「……そうだね。ここは月城さんの顔に免じて、緊張するのはやめておくよ」


「あら、いい雰囲気ね。少し妬けちゃうくらい」


 月城さんと会話を楽しんでいたら、会議室の入口の方から女性の綺麗な声が聞こえてきた。

 その声の方へと視線を向けてみたら、スーツ……ではないな。意外とカジュアルな服装だ。

 けど、彼女の纏う雰囲気がまさに、キャリアウーマンと言った印象だ。というより、少し月城さんと似ているような気がするのは気のせいだろうか。


「初めまして、るなのお隣さん。私の名前は朝日奈 玲。フェアリップの代表取締役をやらせて頂いています」

「……はっ。初めまして、おれ……私の名前は七海 葵です。月城さんと隣人付き合いを持たせてもらっています」

「ふふ……別にそんなに固くならなくていいのよ、肩の力抜いてちょうだい」


 緊張しないようにと思っていたけど、いきなり現れた偉い人に、ガッチガチになった俺の事を見て苦笑した朝日奈さんは、楽にしてとこっちに声をかけてきたかと思えば、後ろの方に手招きをする。


 すると、朝日奈さんの後ろの方から、フワフワとしたお嬢様のような見た目の一人の女性が何やら申し訳そうにおずおずと出てきた。

 彼女は誰なのだろうか?そう思った俺が見つめていると、いきなり頭を下げてきた。


 それはあまりにも綺麗な直角90度。


「この度は申し訳ございませんでしたぁ!」

「うぇっ?!」


 朝日奈さんに顔合わせしたかと思えば、次は謎の女性の謝罪。早速キャパオーバーになりそうな気がしてならない。


「ママじゃないですか」


 しかし、月城さんのその言葉に俺は何とか、冷静さを取り戻すことができた気がする。

 つまり、目の前にいるこの女性は『夜空 るな』を描き出したイラストレーターにしてママ『明野 空』その人なのだ。

 つまり、この謝罪は自分の軽率な呟きによってチャンネルが見つかったことへの謝罪なのだろう。


「頭あげてください、別に俺は気にしていませんから。こっちの不注意もあった訳ですし」

「けど、こうでもしないと私の気が済まないのですよ……!」

「それにほら、明野 空さんも、俺のリスナーだったんでしょう?だったらむしろお礼を言いたいくらいですから」

「えっ……?」


 月城さんの隣から、明野 空さんの前まで歩いて、彼女の前で腰をかがめて視線を合わせるようにして声をかける。そう、別に俺は気にしていない。昨日、月城さんと話し合っていて分かっていたけど、当事者がそう思っているのだから、彼女が気に病むことは何もないのだ。


「これまで俺のチャンネルを支えてきてくれてありがとうございます」


 配信者なんて、ファンあってなんぼのものなのだ。

 だから、それが今の俺に出来る最大限の事だと思った。

 その言葉にはっと顔を上げた、やっと視線があった気がするな……俺は彼女を安心させるように笑ってみせると、彼女は力が抜けたかのようにその場にぺたりと座り込んでしまった。彼女がバランスを崩さないように体を支えてあげて、一緒に座り込む。


「……そうですね。そうでした、あなたはそういう方ですよね。あのチャンネルを見てれば分かったでしょうに……」

「別に、そんな大それた人間じゃないですよ」


 何やら、結構な評価を貰っているので苦笑しながら訂正すると、明野 空さんは首を横に振ってこっちを見つめる。その際、ふわふわとした髪も一緒に動いて、小動物みたいだなと思ったのは内緒だ。


「あのチャンネルはそれだけ、優しくて居心地が良かったって事です」


 真っ直ぐな気持ちを伝えられて、恥ずかしくなったのもまた内緒だ。



「さて、いい具合に話が着いたようなので、私たちを放って置かないでちょうだいね」

「なんかいい雰囲気です……」


 パンっと拍手の音がしたので、顔をはね上げるようにそちらの方を見てみると、優しそうな表情をした朝日奈さんと少しむくれた月城さんが視界に入った。

 2人を放っておいて、話をしていたことを今思い出し、明野 空さんと一緒に顔を赤くしてしまい。

 けど、それがおかしくてお互いに笑いあって、和やかな空気に変わった。


 どうやら、これからの話し合いはスムーズに行きそうな気がするな。

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