お隣さんが変なことを言い始めた

「えっと……つまりどういう事だ?」


 :るなちゃん、端折りすぎ

 :まあ、焦るのもしょうがない


「すみません……ことを急いてしまったというか」


 月城さんが何やら覚悟を決めるように深呼吸したかと思えば、こっちを真っ直ぐに見つめて続く言葉を発した。


「お隣さん、あなたもVTuberになってみませんか?」




 …………



「………………え?」


 たっぷりと間を開けて俺の喉から出てきた言葉は本当にただ間の抜けた声だけだった。


「VTuberになって欲しいです」

「追い打ちかけないで……」

「だって、そうでもしないと戻ってきそうにもないじゃないですか」

「それはそうだけどさぁ……」


 どういう流れがあったら俺にVTuberになって欲しいと言うのか分からないんだけど?


 少し話を整理しよう。


 俺にとってのお隣さん、月城さんが中の人をやっている、大人気VTuber夜空 るなの配信に男の声が入った。

 それが彼女が定期的に話しているお隣さんだと言うことが判明、そのことからファンには受け入れて貰えた。そこまではいい、だけどこれとはまた。


「別問題でしょうに」

「混乱するのも分かりますわ」

「その混乱をもたらした張本人め……」

「しかし、私なりの釈明を聞いて欲しいのです」

「まあ、聞くけどさぁ」


 画面の方では夜空 るなのアバターがクール系の美人顔を顰め面にして片手を上げている。

 綺麗な女の子が普段はしないような表情をしているだけで面白いと思っちゃうのは何なんだろう。汗も垂らしちゃってさ。


 現実逃避はそこそこに月城さんの方に視線を向ける。


 多分、流れ的に聞いても宇宙猫になるのは確定しているけど……


「さっき1人でこの問題の対応をしている時に、お隣さんの声が良すぎると話題になったのです」

「ほうほう」

「これはVTuberやって貰うしかないな……となりました」

「そこ端折はしょらないでくれ」


 :るなちゃんはこうと決めたら一直線なんだ……

 :確かにいい声だよなぁ

 :なんか中性的だから、性別が一瞬どっちか分からなかった

 明野 空:どこかで聞いたことある声だと思って、衝動的に描いてしまった、後悔はしていない


 なんか不穏なコメントが見えた気が……


「お隣さん、確か配信してましたよね?」

「やっているけど、それがどうしたんだ?」


 月城さんが言う通り、俺は配信者をやっている。

 と言っても、一人暮らしを始めてから定期的に料理動画をあげていた。

 料理と声だけだから話題性もなく、登録者もこの前やっと50人行けたくらい。

 どちらかと言うと、ほぼ身内に見て貰えているみたいなものではあるのだ。


 夜空 るなと比べるのも烏滸おこがましいくらいだ。


 だからこそ何を言いたいんだと思い質問してみたら、予想外の答えが返ってきた。


「そのチャンネルが発掘されました」

「はい?」

「そして、視聴者の中に私のママ……夜空 るなを描いてくれたイラストレーターの方がいて、今回の配信で衝動的に描いてしまったアバターが今ここに」


 月城さんが画面を操作すると、夜空 るなの隣に真っ黒なシルエットが表示される。


「まだ、本決まりという訳ではないのでシルエットで公開なのですが」


 特に何も無かったらそのままSNSに公開するようですけどね、お隣さんの許可を貰ってからですけど。そう言ってかすかに笑った彼女は俺を真っ直ぐに見つめて続く言葉を言った。


「このでデビューしてみたくはありませんか?」


 俺はその言葉になんと返したらいいのか分からなかった。なんか、「このこ」の所の呼び方がおかしかった気がするが。

 けど、少なくともそれ自体を嫌では無いと考えてしまっているのも嘘では無い。


 理由なんて特にない、ただ面白そうだなと感じてしまったから。俺も配信者の端くれ、有名になることが出来るチャンスが来たら飛びついてみたいと思うのも当然かもしれない。


「まず、俺がデビューすることになったとして……るなにメリットはあるのか?」


 お隣さん補正があると言っても、俺は所詮ただのお隣さん。むしろ彼女にとっての足枷あしかせになる可能性が高いのだ。

 そう思った俺は彼女の本心を聞いてみたくなった。


「まず、お隣さんのことを話すことを配信の好きなタイミングで出来ます」

「ん?」

「お隣さんに料理配信をしてもらえたら味見も出来そうですねぇ」

「あれ?」

「それと、これからコラボ配信も出来たらなおよしです」

「まってまって……」


 なんかこの娘、自分の欲望に正直過ぎないか。


「こんな感じなので、もし私が理由ならあまり躊躇ためらわなくていいんですよ」

「ッ……」

「それに、があればという事なので、あまり気負わなくてもいいのです」


 どうやら、彼女はお見通しのようだ。


 俺がこの提案に興味があると言うことを。


 にっこりと笑みを浮かべる彼女の表情を見ていると、彼女を言い訳にしていた自分が少し恥ずかしくなったけど、おかげでどこか吹っ切れた気もした。


「発掘されたチャンネルでわかると思うけど、俺はあまり伸びないかもだぞ?」

「お隣さんは料理メインでしょう?なら、話が面白いかどうかなんて関係ないでしょう」

「それもそうか」

「そうです。みなさんにお隣さんの料理はこんなに美味しいのです!と教えてあげたかったので早くデビューして欲しいのです……いや、有名になりすぎると独占出来ない……?」

「いや、そこで悩まないで」


 いきなり悩み始めた月城さんに対して呆れながらも、配信に写っているコメントを再び見てみると、流れてくるコメントにネガティブなものがほとんど見えない。


 暖かいそれと、目の前にいる月城さんの笑みに躊躇う理由も全部なくなった。


「うん、いいよ。乗った、この話」


 俺はこれから


「VTuberデビューするよ」


 あまりにも突然の話だったけど、今日この日から俺も月城さんのお隣さん兼VTuberだ!


 この日の決断があってから、みんなの嫁と呼ばれるようになって、どうしてこうなったと頭を抱えたくなるのはまた後ほど。


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