第3話『妹ってのは可愛いんだぞー』

小学校を卒業し、中学校へ進学した僕たちだったが、特に何かが変わったという事もなく家族と日々を過ごし、晄弘や仲間達と野球漬けの毎日だった。


むしろこの頃になってくると、野球をやっているのが楽しくて、学校の授業にはそこまで集中できず、授業中にも体を鍛えたりして、先生に怒られながら日々を過ごしていた。


新しく入ったクラブチームでも、僕たちよりも先に卒業していた先輩たちや、別の地区で戦っていた人たちがおり、何だか変わった世界にワクワクとしていた。


しかし、何も変わらない晄弘は相変わらずの無口無表情で周囲とトラブルを起こしていたが、それでも僕が間に入ったり、晄弘のプレーで黙らせたりと、慌ただしくも楽しき日々だった。


そして僕と晄弘は一年生にしてレギュラーとなり、練習や練習試合を重ねていく。


そんなある日。僕は先輩の一人に試合中呼び出され、物陰に連れていかれた。


何かトラブルかと緊張していた僕は、先輩の言葉を待つ。


「あー。立花」


「はい。なんでしょうか。井上先輩」


「ここは神聖な野球の球場だ。男と男が魂をぶつけ合い、どちらが強いか、どちらが真剣に野球を愛しているか。それを示す場だ。分かるか?」


「はい。分かります」


「ならば……だ。お前、あれはなんだ?」


あれと指さされた場所を見てみると、女の子が何人かいた。


見たことがある子が多い気がする。クラスメイトとか、同級生。いや別学年の子も居るのかな?


「女の子ですね」


「そう。女子だ。何故女子がここにいる」


「何故でしょう?」


「……分からんのか?」


「はい。まるで。誰か家族でも居るのでしょうか」


「ふぅ。そうか。そうか……。これは恐らくだが、推測だが、確証はないが! よく聞け。自惚れるなよ?」


「はい」


「あれはな。あの女子たちはお前の応援に来ているんだ」


「なるほど」


「立花。何が分かった」


「友達想いの良い子たちばかりだなと」


「何がなるほどだったのか、俺にはさっぱり分からないが、うぅむ」


先輩は何故か僕の答えに戸惑っている様だった。


何だろう。先輩には僕に見えない何かが見えているのかもしれない。


僕はそう考えてもう一度女の子たちを見た。見た。見たが、やはり何も分からない。


首を傾げていると、僕の後ろからグローブを僕の頭に乗せつつ、晄弘が声をかけてきた。


「先輩。光佑にそういう事を聞いても無駄ですよ。こいつ。野球しか見えてないんで」


「まさかそんな……あり得るのか?」


「はい。なら分かりやすくしましょうか? 光佑。あそこの女の子たちと井上先輩、どっちが好きだ?」


「どっちがって言われると困るけど、やっぱり井上先輩だね。知ってるかい? 晄弘。井上先輩はね。殆どエラーをしたことが無いんだ。しかも大事な試合ではまったく見たことが無い。それくらい真剣に練習もやってるし。真面目に取り組んでる。しかも、凄い良い人で、たまにおにぎり分けてくれるんだ!」


「ほら」


「うーん。うーん。立花。お前はそれで良いのか? 可愛い女の子と付き合いたいとは思わないのか?」


「可愛い女の子と付き合いたい?」


「手を繋いだりとか、抱き着いたりって事だ」


「あー。それなら毎日やってますよ」


「何ィ!?」


「どうせ妹達だろ」


「よく分かったなー。妹ってのは可愛いんだぞー。今日も応援に来てるし。お兄ちゃんとして頑張らないと」


「頑張るのは良いが、相手の心は折るなよ」


「それは、まぁ、なんか頑張る。そもそもそれを言うなら、晄弘だって、折っちゃ駄目だぞ」


「俺は悪くない。打てない奴が悪いんだ」


「それを言うなら僕だって同じじゃないかー!」


「お前は……悪意が無いから、な。まぁいいや。練習だろうと試合は試合だ。全力で行くぞ」


「あいさー!」


結局その日は7対0で勝ち。僕は応援に来てくれた妹達と手を繋ぎながら家に帰るのだった。


それから月日が流れ、僕たちは勝ち続けた。


強豪と言われたチームや中学校を倒し、地区大会を勝ち抜き、遂には全国大会も勝ち取った。


それは僕たちが所属しているクラブで初めての出来事だったらしく、監督は泣きながら喜んでいた。


僕は優勝した日に母さんの焼くお好み焼きをいっぱい食べて満足の日々を過ごしていた。




小学校を卒業し、中学校に入ってから大きく変わった事は何かと問われたら、僕はこれだというものが一つある。


それは女の子との関わり方だ。


僕が覚えている限り、昔は一緒に遊んでいた様な気がするのだけれど、気が付けば男と女の子は別の場所で過ごす様になっていた。


無論、同じ学校に居るし、同じ教室に居る。


だから同じ様に授業を受けているのだけれど、どこか壁を感じるのだ。


しかし、僕は今までと変わらずどちらとも普通に接しているため、たまにぶつかる事がある。


今日だって同じだ。


「だーかーら。立花はこっちのグループでやるって言ってんだろ」


「はぁー? 誰が決めたんですかー? どっちのグループでやろうと立花君の自由でしょ? なら私たちのグループでやる方が楽しいし、良いじゃん」


「ふざけんな! そう言って前もそっちでやってたんだろ! 今度こそこっちのグループだ!」


「そう言って。アンタ、楽したいだけでしょ。立花君に全部やらせてさ!」


「そ、んな訳ねぇだろ! お前こそ、立花を利用したいだけだろ!」


「はぁー? 私ら調理実習なんて余裕ですけどー? アンタらみたいな野蛮人と一緒にしないでよね」


「こんの!!」


「佐藤君。手を出しちゃ駄目だよ」


「でもよ。立花」


「ほら、立花君もそう言ってるじゃん。か弱い女の子に手を上げるなんて、ホントに猿ね」


「村上さんも。あんまり佐藤君を挑発しないで。僕はどっちのグループでも良いけど。喧嘩をするなら、どっちのグループにも参加は出来ないよ」


「そ、そんなつもりじゃなくって、その」


「うん。分かってる。熱くなっちゃったんだよね。でも、誰だって酷い言葉を言われたら悲しいから、そういうのは止めようね」


「うん。ごめんね。立花君」


「いや、僕じゃなくて、佐藤君に謝って欲しいんだけど」


「ごめんなさい。立花君。あと、ついでに……佐藤」


「あー。まぁいいや。とりあえず、先生に聞いてくるよ。二つグループ掛け持ち出来るか」


「でも、立花君が大変じゃない? 私たちのグループだけで良いと思うけど」


「もう。そういう訳にいかないでしょ。とりあえず聞いてくるからさ。駄目そうなら、またその時話し合おうよ」


思わずため息を吐きたくなるような状況だが、何とか先生に認めてもらわないといけない。


そう思いながら、先生の所へと急いだ。


先生は何とも言えない顔をしながら、許可してくれたため、何とか事態は収まりそうだった。


「それにしても、立花。お前、何とかならんのか?」


「何とか、とは?」


「クラスの事だ。いやクラスだけじゃないがな」


「はぁ」


「お前が人当たりが良いのは分かってる。俺たちの仕事も手伝ってくれるくらいだしな。しかしなぁ。こうもお前が原因でトラブルが起こると、問題にしたがる奴らが面倒を起こすというか」


「えっと、申し訳ないです。ちょっとよく分からなくて」


「とにかくだ。お前は、普通に過ごせ。良いか? 普通にだ。妙な事はするな。とにかく普通に過ごすんだ」


「えっと、分かりました」


正直よく分かっていないが、普通に過ごせというのなら、分かる。


とは言っても、今までも普通に過ごしているのだから、これまで通り過ごせば良いのだろうと思う。


しかし、そんな当たり前は、既に僕の手から失われているのだという事を僕はまだ理解していなかった。


そう。


中学一年生の冬。


僕は知らない男の人と女の人に攫われ、見たことも来たこともない建物に監禁されてしまうのだった。


そしてこの事件が、僕の人生を大きく変えてしまう。


そんな事件が起きるとは、この時の僕は想像すらしていなかった。

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