或るメルヘン

熊谷熊介

或るメルヘン

【ビル再開発に伴う閉店のお知らせ】

平素より当店をご利用いただきまして誠にありがとうございます。

この度渋谷区の再開発プロジェクトに伴い、「みるき~うぇい」は2024年7月31日をもちまして閉店する運びとなりました。

長きに渡りご愛顧いただきありがとうございました。


なお、

都合により本日は休業です。


 ……えっ。

 地球が終わっちゃうくらいつらかった。

 本当、その張り紙を見て、胸が張り裂けちゃうかと思いました。もーびっくりだよ。いつかは来るおわかれ、でもこんなに早いなんて思わないじゃない。気分は失恋。悲恋。ああ。どうして。はやすぎるよ!再開発ってなあに。プロジェクト?なあにそれ。しらないし、なんで閉店しちゃうの。なにやら、ビルごとなくなっちゃうんだって。そんなのあり?渋谷区だか行政だか国だか知らないけど、そんなのヘンだよ。ふざけんなよ。勝手にやるなよ。だれの許可取ってやってんの。総理大臣?ちょっと、困ります。わたしのこともかんがえて。

 「みるき~うぇい」は、このファッションビルの最上階にあるちょっと変わってるけどすんごくカワイイお洋服のお店でした。ほんと~にかぁいいの。きらきらふわふわ。ピンクに白に水色に紫色にハートマークにアニメにY2Kなレトロポップ。かんわい~くてよだれがでそうな感じ。店員さんはいつもひとりだけ。店長さん。ハツキさんっていうの。毎月髪色が違うの。カラコンも毎日同じのじゃなくって、渡辺直美さんとかさっしーのカラコンとか日替わり定食ってかんじのおしゃれさん。服装はビビットなのがおおくて、でもダサいカッコとかきたない部屋着みたいなカッコをしてるのはみたことない。服はいつも手入れされてて、毛玉一つない。大小いろんなピアスとかイヤリングとかをして、たまーに、チョーカーとかもしてる。唇にも一個、セクシーなリングが通ってる。

 わたし、そのひとに憧れてたの。だってこのビルの中でいちばんかわいいのはそのひとだと思ったの。輝いてたの。かわいさの閃光弾!

 だけどわたしは、かわいいもの着ても、あんまり自信持てなくて、それにお金もたくさんじゃないから、お店には行けなかった。やっぱりかわいいものってたくさんお金がかかるの。みんなメルヘンとファンタジーを追求するために汗水を垂らしてはたらいてるの。わたしもがんばってはたらいてるけど、でも、ちまちましたお給料だから、たくさん贅沢は出来ないの。これってわたしがわるいのかしら。身の丈に合ったおしゃれをしないからかしら。いいやちがう!日本が悪いのよ。わたしがこの縮れた日本社会に適応するのではなく、日本社会がわたしを受け入れるくらいになってもらわなきゃこまるの。たぶん国会はもっときらきらしたところでやったほうがいいし、お洋服もかちっとしたスーツなんかじゃなくてみんなロリータ着たらいいんだよ。ブランドたくさん知ってるよ。わたしにプロデュースを頼んでよ。あ、答弁のマイクもデコっちゃえば完璧だよね。こわーいかおしてソファ座るんじゃなくてもーっとかわいいメイクとかしちゃって、涙袋かいて、したまつげ描いて、ラメきらきらにしちゃえば、もっと明るくて良い政治出来そうじゃない?ネイルとか見せ合っておやすみしようよ。みんなぴりぴりしてても紙を持ってる自分の指が可愛かったらたのしいよ。BGMもつけちゃおう。ほらるんるん。ディズニーみたいにしゃら~んって感じも良いけど、ぴこぴこっていうデジタルな音楽も好きよ。あとは、ハロプロとか!流そうよ、わたしライブの円盤持ってるから貸せるよ、国会議事堂さん。みんなで推し語ろうよ!うちわとか作っちゃってペンラ振ろうよ!その方がたのしいしみんな仲良しさんになれるね。楽しいを共有するって、たのしくてきれい。とってもいい提案でしょ、カワイイ女の子がきらきら輝いてるのみて、凡々なわたしたちはわーって光に焼かれて消えるの。かわいいって凶器。狂気。狂喜。あれっ。かわいいのに、こわい。どういうこと?かわいいには、こわいもついてくる。だから、かわいいの?ちがうちがう、そんな話をしてるんじゃなくって。どうやったら日本が良くなるかってお話だよね。ほら、みんな条例でかわいいお洋服を着る様にしたらいいよ。みんな内に秘めるかわいいをもってるから、それをさらけだせばみんなわかりあえるよ。あなたはそんなかわいいを持ってるんですね、わたしはこんなかわいいが好きなのよ、って。自慢は禁止。みんなのかわいいを尊重するの。誰かにとっては気持ち悪いことでも、それって誰かのかわいいだし、誰かのかわいいは、誰かの汚いだよ。それってでもしょうがないよ。それがあなたとわたしが違うっていう証拠だし、その違いが世界を作っているんだよ。その違いを認めないって、世界を認めないのとおんなじことだよ。わたしは誰のかわいいも否定しないの。否定のない世界をつくるの。あでも、その否定もないと、世界ってもしかしてうまくまわらないのかな?

 あれ?あれれ……一番最初、なんのお話してたかな。

 あっ。思い出したよ!「みるき~うぇい」の話だよね!そうそう。わたし、ずっと店長さんのこと好きだったんだ。だけどお店には行ったことなくて。いけなかったの、おかねもないしかわいくもないから。近付くので精一杯、ショーウィンドウをみて、わーっっておもって、かわいいーってみてるだけ。お店の中には店長さんと同じくらいかわいい人たちでたくさんだもん。足踏みしちゃった。わたしなんか、ちりみたいだもんね。かわいくないちりだわ。そうやってじめじめして外からお店を見てたら、通りすがりのかわいいひとに、くすってされた。わるい意味か、いい意味かわかんない。くすってされた。それは本当。だけどわたしは、くすってされたのは、かなしい。なんでそんな、笑われなきゃいけないの。わたしって、変に見えたかしら。おもしろくみえたかしら。そうだよね、こんな、中途半端で、メイクも上手じゃなくて、みずぼらしい子、厭ね。「みるき~うぇい」には、似合わないものね。クサクサした気持ちで、その日はとぼとぼ帰った。ずっと雨が降ってるみたいで、どろどろ。ぽろぽろ。べちべち。ばたばた。ギャーギャー叫びたかったけど、でも、かわいくないかもねと思って、がまんしました。

 だけどわたし、あきらめなかった。笑われちゃったけど、そんなの、気にしてたって、どうにもならないもん。お金にもならないし、かわいくもなれないもん。そんな落ち込んでるくらいなら、チークをぬった方がたのしいから。だから、気にするのはやめにして、またるんるんする。忘れちゃう。きっと人生はそれでいいのよ。いまにみてなさい、わたし、お金たくさんがんばって溜めて、いつかぜったい、「みるき~うぇい」でお買い物するんだから。ハツキさんに、堂々と会うんだから。ハツキさんの手で、かわいいお洋服、包んでもらうんだから。それがわたしの夢、わたしだけの夢なんだから。

 死に物狂い、って、あんまり知らない言葉だったけど、たぶんわたし、それだった。まいにち、まいにち、まいにち、まいにち、まいにち、まいにち、まいにち、まいにち、まいにち、まいにち、かわいくなりたくて、わたしってかわいくないから、かわいくなるから、だからがんばろうとおもった。から、がんばった。がんばった。がんばった。がんばった。がんばった。まいにちお仕事行って、きらいなひととも頑張ってお話して、おかねもらった。あれ~、むりしてるんじゃないの、だいじょうぶなの、って先輩にゆわれたけど、ううん、むりしてないんです、必要なことなんです、かわいくなりたいんです、って言ったら、先輩はすんごくへんな顔してた。そしたら、クッキーくれた。あの、ちょっときらきらしててかわいいクッキー。プレーンの普通なクッキーじゃなくって、宝石が生地で囲まれてるみたいな、かわいいやつなの。デパートの地下で買ったんだって。せんぱい、わたしの好きなものをわかってくれてる。わたしが好きなもの、それはきらきらでかわいいもの。クッキーはきらきらじゃなくてもかわいいけど、きらきらな方がかわいいもの。でも、そのクッキーは、しらべてみたら、カロリーが高くって、たべたら太っちゃうな、っておもって、たべれなくて。冷蔵庫に入れてたんだけど、たぶん、もうたべれないかも。かびちゃってるかも。ごめんなさい、ごめんなさい、でもかわいくなるためだから、ゆるしてください、神様、かわいいって、なによりもすてきなことでしょ。クッキー、ごめんなさい。かびちゃった?でも、それも、似合ってる。かわいいから。大丈夫。あ、ごめん、わたしいま、ごまかしてるかも。ごめんなさい。すなおに認めます。わたしが悪い。

 そんなかんじで、カロリーっていうやつを気にするようになった。おなかすいたな~って、ドーナツたべたいな~っておもっても、やっぱり我慢したの。かわいくなくなっちゃう。かわいいって、細いからだに、ふりふりのワンピースらしい。わたしもそれがかわいいっておもった。ぽちゃっとしている子も、かわいいんだとおもうけど、でもわたしは細い子にあこがれちゃった。わたしがかわいいっておもう子は、みんな痩せてるの。びっくりするけど、ほんとのこと。みーんな、やせっぽっち。どうしてだろう。ときめくアイドルの子も、みーんな、細くてきれいな足。女優さんだって、恋愛ドラマのヒロインに選ばれるのは、痩せてるコがおおいの。きっとみんな頑張ってる。お金でも努力でも、そのかわいさを維持するのはじぶんがどれだけがんばったか、それだけなの。整形しようがなにしようが、けっきょく、その人ががんばってるのって、かわらないよ。だからわたしも、あまっちょろいこと言っていられないって思ったの。我慢、我慢、我慢。がまん、がまん、ぜいたくはだめよ、って、かわいくなるためだから、仕方ないの、って。わたしって努力家なんだ。じぶんでじぶんのかたちを削って、わ、あ、これってわたしなの、ってくらい。がりがり。しらなかったわたしが見えたの。かわいくないけど、すてきなわたし。じっさい、どれくらいそうしてたかわからないけど、かわいくなったな、って思えたころには、もうぜんぶぜんぶぜんぶ、だめだった。閉店、だって。閉店。うそ~?そんなの、いやだ。いやだいやだ。どうしてなの!いみわかんない、全然いみわかんないよ、だって、もういま、七月だよ。じゃあ、もう、来月にはぜんぶなくなっちゃうってことなの?そんな、そんなあ。わたし、よーーーーーやく、かわいくなれたのに。

 わたし、泣く。たくさん、なみだがぽろぽろ。

 しまったシャッターの前で、座り込んじゃう。

 つらいよー。

 だれかたすけてー。

 スカートのフリルをぐちゃぐちゃにつかんでみる。

 閉店なんだ。

 今日も休業。

 お店のインスタグラムでも言ってたのかな。

 インターネットをみちゃうと、つらいからみない。

 それが裏目に出たってやつかしら。

 わたし、がんばってきたのに。

 いま、おかねもたくさん。

 お化粧もばっちり。

 なのに、目の前は灰色。

 えーんえーんって鳴いてる。せみじゃなくて、わたしも。

 今日のために買った日傘がそこらへんに転がってる。

 ぐったりしてきて、お熱があるみたい。

 つらい。つらい。しんどい。もうたちあがれない。

 糸が切れちゃったのね。

 おにんぎょうげき、ここでおしまいね。

 ビルで流れてるポップソング。

 わたしの心臓を刺す。

 なみだがレースにしみをつける。

 悲劇かしら。

 喜劇なのね。

 また笑われちゃうわ。

 笑わないで。

 なぐさめて、わたし、かなしいの。

 お友達もいないから、こんなとき、ひとりぽっち。

 外はたくさん青いけど、わたしは真っ暗よ。

 世界で一人ぼっちの気分。

 涙でカラーコンタクトがこぼれそう。

 マスカラも落ちちゃう。

 アイラインもドロドロ。

 せっかくの涙袋も台無し。

 もうぜんぶどうでもいい。

 わたしってかわいくない。

 さいあく。

 さいてい。

「あの~」

「わっ」

「どうかされましたか」

「あ、えと、え」

「このお店になにか用事でも?」

「……ハツキさん……?」

「あー。もしかして、いつも外に居た……」

「ふぁ、ふぁ、ファン、なんです」

「あー。ありがとうございます」

「へ、へい、閉店しちゃうって……」

「そーなんですよね~。ビルごとなくなっちゃうから」

「い、い、移転、とかは」

「お金もかかるし、店じまいする良いタイミングかなって」

「そんな」

「ネットショップはまだやってるんで、よかったら」

「……それじゃ、だめなんです」

「え?」

「お店じゃないと、だめなのに」

「はあ」

「かわいくなれたから、かわいいお店に」

「……」

「でも、も、もう、なくなっちゃうから」

「あらら。ちょっと、泣かないでよ」

「ぐず」

「いや~。こればっかりは、行政なんで」

「ぐず」

「すみません」

「ぐず」

「でも、可愛くなったのに意味はあるでしょ」

「……」

「みるき~うぇいのために、そんな頑張って」

「……はい……」

「それ自体、可愛すぎる行動って思いますけど」

「わたしかわいいですか」

「うん」

「……ぐず」

「え、うそじゃないうそじゃない」

「ハツキさんも、かわいいです。だいすきです、わたし」

 そのまま、うわ~んって、逃げちゃった。

 ハツキさんに可愛いって言われたら、今までのぜんぶぜんぶが吹っ飛んで、うれしくなった。わたしってかわいい。ようやく認められた。かわいいって。かわいいハツキさんが言うから、きっと違いないの。わたしはかわいい。フリルスカートを履いていい。ふりふりできらきらのブラウスを着ていい。パニエをつけていい。ぶりっこな日傘もさしていい。ごつごつでぎゃんぎゃんにかわいい靴も履いていい。くすって笑われたりなんか、もうされない。目の前がきらきらしてる。わたしがきらきらしてる。ショーウィンドウに反射するわたし。とってもかわいくて、わざとちらちらお店を覗くふりをして、わたしを見る。鏡を見てみる。かわいい子がひとり。にこっと笑う。うん。とっても、かわいいね。

 きっとみるき~うぇいがつぶれちゃったのは、わたしにそれを気が付かせるため。きっと、きっと、いいこと。運命のめぐりあわせってやつなの。なんだか、ふわふわして、空を飛べそう。心臓が軽くなって、お散歩しちゃいそう。解放ってことだ。わたしはかわいいから、自由になった。うれしい。わたしってかわいいんだ!ハツキさんのお墨付き。でも、慢心しちゃだめよ。油断しちゃだめよ。かわいいって脆いの。脆くって、だから、きれいだったりするんだけど。わたしの手のひらから、かわいいは簡単に逃げて行っちゃうから。いっそのこと握りつぶすくらいの力強さで、それを両手に閉じ込めなきゃいけない。

 これからもかわいくなるために努力する。苦しく何てないから。

 わたしが可愛くある限り、神様はわたしを見捨てない。

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