第32話 修羅の場

 「はいはい!いま開けます!」


 『バタン』


 「美咲ちゃん!どうしたの?」

 「こ、こんばんわ」


 「ども……こんばんわ?」


 「あのー。これなんですけど……」


 西野美咲は右腕の包帯を指して恥ずかしがっていた。


 「包帯を替えようかと、外そうとしたんですけど、外れなくて……」


 麟太郎は包帯の事を完全に忘れていた。


 彼女をゴブリンダンジョンで助けた時に、応急処置を施したのである。


 その時に、左腕のメタル細胞を分裂させ、包帯に擬態し傷口を塞いだのだ。


 「あ、その包帯ね……。」

 「ちょ、ちょっと待っててね」


 (緊急事態だ!!AIさん!助けて!)


 (包帯どうしよう)

 

 (マジやばい、突然 ”いかんですよ” さんが訪ねて来た)


 <あの……。 ”いかんですよ” って意味がワカリマセン>

 

 (違う。そこ間違えるな! ”まったくいかんですよ” さん。だ!)


 <あの……。 ”まったく” とは?>

 

 (あ? なに? ”まったく” の意味が分からないだと?は?)

 

 (あのさ……”まったく” と言ったら、男が考えるアレのロマンなんだよ!……まったく。)

 

 (これは女性には理解出来ないかもしれないけど……そう、アレは)

 

 (まったくいかん事態なのですよ)

 

 <……。理解不能。意味不明。>


 <ですが>

 

 <どうでも良いこだわりは考察の邪魔になります>

 

 <マスタ。もしかして動揺して混乱してます?>


 先日の事だ、西野美咲の姉、今日子と居合わせた際。


 彼が贈った”子猫ちゃん”と、美咲が一緒にお風呂へ入っていた、という事実を知った麟太郎は、Oh!Yes!  ”いかんですよ” を妄想して固まってしまった前歴があった。


 なので、彼はうらやましい、じゃなく子猫ちゃんと遠隔操作(視界、触感や嗅覚)のリンクを切っていた事への無念、失態、後悔、を思い出していた。


 あの時に時間を巻き戻してやり直したい、という思いがあったのである。


 あの時、何故、リンク機能をONにしてなかったのか……【俺のバカ。悔やまれる。】


 そんな過去の失態をAIさんに話せる訳も無く、逆にそんなこと言ったら、マジで軽蔑されて今後の能力の制限を受けてしまう可能性大だ。


 <……?マスタ?ほんとに動揺してます?>


 (な、なんで俺が動揺するとか?混乱してるとか? あ?それとも何か? たかが子猫ちゃんクラスに嫉妬してるとでも?)

 

 (ニャーしか言わない子猫ちゃんにジェラシーだと?この俺が?)

 

 (俺は強く生きていくと決心したんだ!)

 

 <子猫ちゃん?嫉妬?強く生きる?……マスタ。何をおっしゃっているのですか@@?>


 <されど、強く生きていくのは勿論、歓迎しますが……>

 


 (あぁぁあ!もうどうでも良いからこの展開からの対処法、教えてくれ!)


 <ふぅ……>


 

 

 <普通に包帯を取ってあげたら良いのでは?>


 (あ。)


 


 『シーン。……』


 


 (……だな。)


 麟太郎は冷静になった。


 簡単な事である、包帯を外してあげればなんの問題も無い。


 「じゃ、包帯を外すので部屋に上がってもらって良い?」


 「え。お邪魔じゃないですか?」


 「大丈夫だよ!今来客中だけど会社の同僚だから(笑)」


 「そ、それじゃ、少しだけお邪魔させてもらいます♪」


 麟太郎はとうとうリアルJKを自分の部屋に案内するという快挙を達成した。


 西野美咲は玄関にサンダルを置き彼の前を通り過ぎていく。


 その時に、ストレートの黒髪からシャンプーの香りが漂ってきて、また思い出してしまった。


 【子猫ちゃんと、いかんですよ事件】の事だ。


 やばいと思い、精神統一を行って数秒間、固まってしまう。


 <マスタ。大丈夫ですか?>


 <息が止まってますよ。呼吸して下さい>


 (あ。ああ。すぅーう。ふー。)

 (うん。もう大丈夫だ)


 「じゃ、美咲ちゃん奥のリビングへ」


 「はい♪」


 美咲をリビングに案内し、皆に紹介する事となった。


 「皆さんに紹介します」


 「お隣、西野今日子さんの妹である美咲ちゃんです」


 「中村です。よろしく!」


 「み、みやもと。です」


 予想通り、宮本優美が参戦してきた。棒読みで挨拶している目が笑ってない。


 「ビクッ……。どうも初めまして♪美咲と申します♪」


 ちょっと緊張している美咲にN先輩が助け船を出す。


 「美咲ちゃんて言うのか!お姉さんに似て美人だね」


 「そ、そんなことないです♪」


 「それで今日はどうしたの?麟太郎に用事でも?」


 麟太郎は今後の事も考えて、二人にもゴブリンダンジョンで自分の正体を知ってしまった美咲を、秘密の共有の仲間として紹介する良い機会なのかと即座に判断した。

 


 「先輩。この子の包帯を外そうと思って」


 「包帯?なんか特殊なのか?」


 「実は、ゴブリンダンジョンで彼女を助けたことがあって」


 「その時、メタルスライムで包帯を」


 N先輩は納得した。自身も盾やランチャーをメタルスライムから貰っているからだ。


 「ああ。なるほどね」


 そんな中、宮本優美がまたもや参戦。


 「あ。思い出しました。」


 「主任が私のステータスを見たいって言ってきた時」


 「私をそっちのけで考えてた子ですよね」←牽制


 「いや。あの時は、そっちのけじゃなくて何と言うか……(汗」←麟太郎焦る。


 もしかして、これは修羅場と言うには、まだ軽い場面なのか……。


 どんよりとした異様な空気感の中、彼女達の心理戦がここに勃発した。


 まずは宮本優美の先制攻撃から始まる。


 「美咲ちゃんって可愛いね♪」←宮本優美の軽い挨拶。


 「髪も綺麗だし、なんせ若いし♪お肌ツヤツヤだし♪」


 「そんなことないです(/ω\)」


 「洗顔くらいしか、した事ないですし(^▽^)/」←若いアピール。


 『ピキッ』←宮本優美


 「いいなぁ。私も昔に戻りたいなぁ~」


 「み、宮本さんも綺麗じゃないですか♪」


 「そのファンデーションどこのですか……?」←化粧とかで誤魔化すの?


 「私、メイクなんて殆どした事ないし、今後の参考にしたいです!」←皮肉


 『ピキッ』←宮本優美


 「ん?なんか音したか?」←N先輩。


 なんか音がした。『ピキッ』とする音だ。←麟太郎。


 要するに、宮本優美のライバルになるであろう美咲に対し、大人の女性としてけん制を仕掛けたが、若いというアドバンテージを使い有利に持って行こうとする、美咲が仕掛けた対策なのであろう。


 「そんな(笑)……。参考にするとか(笑) 美咲ちゃんは今のままで良いと思うよー」

 

 「い・ま・は・同じ高校生の男子とかと盛り上がって経験積めばもっと綺麗になると思うよー」


 「昼間の健全な遊園地デートとか」←子供らしく遊びなさい。


 『グサッ』←西野美咲。

 

 「美咲ちゃんはまだ、成人男性と飲酒も出来ないし、大人の社会的付き合いも……ぁ、出来ないしねー♪」


 「好きな彼と、デートでお酒を飲む……。そのあと……♡」


 「だから……。睡眠不足で……お肌もケアが必要になるしね♡」←大人の恋愛アピール。


 「でも、美咲ちゃんはこれからだもんね。今後の楽しみに取っておいた方が良いよー」


 『グサッ』←西野美咲。


 「そんなぁ。是非『経験豊富』な宮本さんに色々と教えて貰いたかったのに残念ですぅ」


 『ピキッ』←経験豊富。

 

 「またぁ~。お世辞上手だね♪」


 「美咲ちゃんって彼氏居るの?」


 「い、いません(´;ω;`)」


 「えーいないの?モテそうなのに♪」


 「じゃぁ。好きな人は?」


 ほめ殺しの乱戦が始まってしまった。暴走しまくっている。誰かが止めないと西野美咲のメンタルが破壊されてしまう。


 社会人となった女性の戦闘力は半端ない。


 あたふたしている麟太郎に、またもやN先輩のフォローが入る。


 「おい!宮本。美咲ちゃん困ってるじゃないか(笑)」


 「麟太郎!早く包帯取ってやれ」


 「あ、そうでしたね(笑)」


 「じゃぁ美咲ちゃんこっちの椅子に座って!」


 「はい♪」


 「右腕出して!」


 「はい♪」


 「いくよー♪」


 麟太郎の左腕が光り出し、そのオーラが美咲の右腕を纏っていく。


 そして包帯が銀色に光り出し、麟太郎の左腕に同化していった。


 「はい終り!」


 「もう終わりですか?」


 「お。傷口が綺麗に治ってるね。痕もない!」


 「良かったね♪美咲ちゃん」


 「はい♪少し残念ですけど、ありがとうございます♪」


 「残念?」


 美咲はこれで麟太郎とのつながりが消えてしまうのではないかと、少し不安になった様子だ。


 言い換えれば、彼の体の一部が巻かれていた訳である。


 その言葉の意味に反応した宮本優美が軽く参戦する。


 「いいなぁ~私も主任の一部に巻かれたい♪」


 「おい!宮本。ちょっとこっち来い!」


 「お前、変態か(笑)」


 「失礼なこと言わないで下さいよ。係長」

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