第20話 日比谷ダンジョン③

 奴の姿は8本の脚と赤黒く光る6つの目を持った魔虫属系の蜘蛛の化け物であった。その存在が発する覇気は言うまでも無く、ごく一般的な人間だったらその場で失神するくらいの圧力を感じる。

 「きゃ!主任!わたし虫はダメです!」

 「麟太郎!俺も8本はダメだ!脚に毛が生えてるとゾワっとする!」

 

 麟太郎は混乱していた。自分が攻撃に参加できれば勝率を上げることが出来るのだが、その能力を知られたくない人物が身内にいる。

 しかも未知のモンスター相手に仲間を庇いながら受け身で試してる余裕も無い。


 「みんな!奴は糸、酸、電撃などの攻撃を仕掛けてくる!」

 「捕まらないように散開するんだ」


 <マスタ。ここは一度 Level Max の強力なバリアキューブを張って相手の戦力を分析しましょう>

(よし分かった頼む)

 <バリアキューブの上位互換になりますので展開までにタイムラグが生じます>

(なんとか時間稼ぎが必要か)

 そうこうしているうちに相手の攻撃範囲まで距離が詰まって来た。


 「うわぁぁああ!来るなぁぁ!」

 

 それなのに迫ってくる恐怖に負けて相手の能力も分からないまま浅田がいきなり暴走する。いわゆるパニックによるフライングである。

 浅田は無意識に近い状態で木の精霊を呼び出してビッグスパイダーに攻撃を仕掛けてしまった。

 

 「浅田!ちょっと待て!相須さんが今シールドを張る!」

 「うるせぇぇえ!黙ってろ!」

 「木の精霊!奴を攻撃しろ!」

 〖バキバキ ギュイーーン〗


 周辺の木が生き物のように動き出しビッグスパイダーに襲い掛かっていくが、それは悪手。

 攻めてくる木々の枝と幹を逆に利用しようと自身の尻をサソリの如く前方に反り上げ大量の糸を吐き出す。

 向かってくる木々に次々と粘着性のある糸で巻き付けて動きを封じ、自分の足場として利用し始め蜘蛛の巣を完成させたようだ。

遅い掛かる木の精霊が敵にとっては好都合の環境を作り出してしまった。

 

 浅田が有する精霊魔法のレベルと魔物の魔力レベルの経験値の差?なのだろうか、抵抗虚しく次々と相手の思うように支配されていく木々に周囲は囲まれていく。

 それと同時に、投網のような糸の網が飛んできて浅田が捕まってしまう。


 「ぐわっ!身動き。身動き捕れねぇ!」

 「だれか!どうにかしてくれ!」


(AIさん。防御をすり抜けたのか?)

 <トンボやバリアキューブの弱点を突かれました>

 <蜘蛛の網目が大きいため小さい物質を潜り抜けたようです>

(それはまずいな奴にはトンボが見えてるのか?)

 <6つの目の機能でしょうか、物理、魔力、微弱なエネルギーなどを感知するようです>

(あいつはインビッシブルのエネルギーを感知したのか)


 ビッグスパイダーはコンパクトで使いやすい防御機能の盲点を利用し捕獲した後、さらに魔法攻撃を打ってきた。

 糸を伝って魔力が流れビリビリとした音と共にパラライズが打ち込まれる。


 「つ、土精霊!」

 浅田も土の精霊を展開して電流を土に流そうとアースを展開するが間に合わない。


 〖バリバリバリ〗

 「ギャ…………」

 「浅田ぁあ!」

 

 <マスタ。浅田様から微弱の生命反応はありますが気絶してます>

 <トンボからの情報で確認しましたが、どうやら敵は>

 <生きたまま体液を吸い捕食するようです>

(え?ってことは殺さないで体液を栄養にしてるわけだ)

 <そのようです>

(殺さない?)

 

 (あ!?) 咄嗟に麟太郎は閃いた。


(浅田は気絶している。ってことは俺も思う存分動けるって事だよな)

 <はい。マスタ。>


(よし。AIさん。強化番バリアキューブは中止だ。他に頼みたいことがある)

 <はい。仰ってください。>

(●×▽■……●×▽◇……●×▽◇)

 <かしこまりました。2分ほど時間をください>


 麟太郎はAIに頼みごとをして時間稼ぎのため敵に挑発を行う。


 「オラオラ!そこの糞虫!お前よー、なんか自分の立場、勘違いしてねえか?」

 「自分より弱い奴から餌にする行動を見てるとよー。アンタもしかしてマジで弱いんか?」

 「さっきから思ってたんだけどよー」

 「強い奴は無視してるよなぁー」

 「俺とか。俺とか。俺とか?」

 「ああ。あれか自分に攻撃力が無いから罠を仕掛けて糸で巻き付けて捕食するしか能のない腐れ外道が細々と生きていくための本能か!」

 「お前……もしかして殺虫剤でコロっと逝くタイプか?」

 「ぷぷぷ(笑)」

 「スプレー撒こうか?クソ蜘蛛さんよ!プシューー」


 ビックスパイダーが挑発に反応する。

 8本の脚を振り上げ怒りに任せ次々と襲い掛かるが、しばらく経つと何故か怒りの方向性というか、どうも様子がおかしい。

 

 言葉責めの他に、もしかしたら別の激怒する理由があるのかも知れない。

 

 考えられる原因の可能性として最も確率が高いのは、麟太郎が時々見せる中二病的なゾワっと鳥肌が立ってくる、あの仕草だろうか。

 

 彼は攻撃が来るとそれに反応して、とても変な動きで気持ち悪く感じるような香ばしいターンを決め、さらに次の行動が重症的で、サングラスなんか掛けて無いはずなのに、クイっと指で掛け直す意味のないポーズをとったりする。

 

 また、悲しいことに残念なのは、本人がその症状に自覚がないことで、もうすでに手遅れ状態なのであった。

 

 発作的に発動したその所業は、ビッグスパイダーにとって言葉攻めの挑発とは別な意味で憤怒し、生理的な拒否感でワナワナと体が震え、ちょっとイラッとしました的な攻撃をしていたのかも知れない。

 

 そんな血管ビキビキに浮き上がった力任せの攻撃だが、当然モーションが大き過ぎてなかなか当たらないのだ。

 

 中二病患者の疑いのある麟太郎に対して、無駄の多い動きなのだが際どいながらもギリギリ躱されてしまう。

 


 「おいおい。お前大丈夫か?それってもしかして攻撃してんの?ってかクッソ遅すぎてオレ真剣に鼻○○ホジってるわ(笑)


 くっつけてやろうか。遅すぎてヤサグレた腐れ外道の蜘蛛野郎さん!」


 麟太郎は余裕のあるフリをして意味のない無駄な中二病ターンを決め、必死の回避行動を見破れないように工夫をしながら反撃の機会を待っていた。

 

 その挑発に乗ってしまったビックスパイダーの大ぶりの一撃を紙一重で躱し、その一瞬のスキを見計らって見事に鼻○○を寄贈した。

 

 〖ペタ。〗

 

 

 「ぷー。わはははは涙」

 「ほくろ蜘蛛(笑)」

 「マジで腹痛い!!ヤメテー!!」

 

 〖ギーィィィィイグャァァアア!!〗

 〖ドゥカン!!バキバキ!ドォン!〗

 

 「おっとヤバッ。チョ待てよ!!(笑)涙で視界が(笑)」

 「頼むから笑わせないでクレー。ヒィヒィ息が!!」

 〖ドガン!ドカ!ドゥガン●×▽◇!〗

 (うわっ!これも紙一重だった。挑発も大変だな……)

 

 ――スカイプ――

 [先輩たちは俺からなるべく散開して離れてください]

 [し、しかし麟太郎。お前あの香ばしい動キ……]

 [主任……]

 

 [大丈夫です。この程度の攻撃速度なら当たりません]

 [今、相須さんが作戦の準備中です]

 

 [もうしばらく時間稼ぎを俺がしますんで]

 [わかった……でもあの動き……。無理すんな]

 

 [伊庭様。残り時間50秒です]

 [了解]

 [伊庭様。あまり香ばしい動きをされると危険です]

 「してねぇよ!」

 

 [伊庭様。せめて謎のターンだけは御止め下さい。スキが大きすぎます]

 

 [麟太郎……お前まさか……]

 [先輩まで何言ってんですか]

 [非常事態ですよ!]

 

 [それは分かっているが……]

 「主任♡素敵です♪」


 [麟太郎。わかったから相手に背中を向けるのは良しとしよう。うん]

 

 [だが後ろ向きで右腕を腰に当て、右カカトを浮かし]

 [腰を左右にクイクイするのは、もう見てられない。それダメなヤツ。相手は大激怒するぞ]

 [何を言ってるんですか。それが狙いですよ]


 [違うんだ麟太郎。そうじゃないんだ]

 [お前はそうじゃないんだ!こっち側に戻ってこい!]


 ――――――――――――――


 N先輩の悲痛な叫びも無視して敵の挑発を続ける麟太郎であった。

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