第15話 りんたろう最大の危機

 救出作戦の前日から寝てなかった麟太郎であったが、どうしても試したいことがあった。


 それは、何度も感じていた体の違和感の確認のためで、もう一度ゴブリンの迷宮に行きたかったのだ。


 そこでOFF中のAIさんはそのままに、単独で行ってみることに。


 東都大学付属高校に到着してみると、体育館の入口がまた歪んでいる。


 前回、ゴブリンジェネラルがどうやらダンジョンボスだったらしく、倒して迷宮から出た途端に歪みが収まって通常の入口に戻っていたのだが、一定の時間が経過するとまた出現するいわゆる異世界ダンジョン的に表現したら【リポップ】という現象だろうか。


 「よし!戦闘モードON」

 麟太郎の左目が赤く輝きだす。

 

 今回は体の動きの確認のため《片目スカウター》は使用しない。

 

 「念のためにバリアキューブを展開して」

 「武器はアサシンナイフでいいかな」

 「それと今回の相棒」

 「子猫ちゃん!どーぞー」


 ペット機能を利用して左腕から分裂したメタルスライムが子猫に変身。

 品種はマンチカンを参考に造形し、テクスチャは狩りに必要ないだろうと思い、銀色のままにした。


 目的は魔物を倒した後、落ちているギフトキューブを拾ってもらうためだ。


 「子猫ちゃんいくぞー」

 「GO!」

 「ニャッ!」


 迷宮の中に入ると、以前と何も変わらない構造になっている。

 そして、ワラワラとゴブリン達が湧いてきた。


 なるべくスキルや魔法などは使わないように戦ってみたがやっぱり体の反応速度やパワー、スピード共に格段に向上している。


 もし、レベルアップの時のステータスアップならN先輩のようにその時点で違いが分かるのだが、それとは別な何かのようだ。


 「子猫ちゃん回収たのむー」

 「ニャッ!」


 銀色の子猫はいそいそとキューブをかき集めている。たまにオモチャと勘違いし、前足で転がしてジャレながら追いかけているが、その仕草もカワイイので和む。


 よく中年の男性が猫を飼い始めると結婚できないって聞くが、少しだけ納得する麟太郎であった。

 

 しばらくゴブリン狩りをしていたのだがインターフェイスの画面に表示されているレーダーマップに緑の点が映り込んでくる。


 敵の表示は赤色なのだか緑は敵じゃない何か、なのだ。

(人がこの迷宮に迷い込んだかも?子猫ちゃんに偵察行ってもらうか……)


 子猫ちゃんにエフェクトを施し、銀色から本物の猫に見えるように白黒の模様をした姿に変えて緑の座標に送り込んだ。


 インターフェイスの視点をペットに切り替え緑へ向かう。


 短い脚でピョンピョン駆けながら尻尾を立てて、対象の緑へ辿り着いた先に居たのはなんと!……西野美咲。


 「なんで彼女がここに?」

 (あんな怖い体験をしておいてまたこの迷宮に?え?)


 「きゃぁぁぁー可愛いぃぃー」

 「なんでこんなところにいるのぉ?」

 「こっちおいで!」

 「ニャッ!」

 (つい、ニャッって言ってしまったが、うわ)


 美咲は迷宮の雰囲気に緊張していたのだが突然現れた可愛い猫に緊張を解かれ、思わず両手で拾い上げ抱きかかえてしまったのであった。


(え?ち・ちょ・ちょっとまて!分裂リンク機能は視点だけじゃなく感触や嗅覚までリンクしてんのか!)


 拾い上げられた子猫ちゃんは美咲の胸の間でしっかり挟まれている。


 「うーん♪モフモフしてるー♪」

 「どうしてこんな所に?子猫ちゃん迷い込んじゃったの?」


 彼女の胸の中で背徳感を感じヤバイと思って、必死にアバレる麟太郎。


 「あ!コラー!暴れるなー。もっとギューてしちゃうよー♪」


 (いや、ちょっとまって、そうじゃなくて良い香りと感触が……)

 (あ……♡)

 (ちょ!……ソコあたってるから……弾力が……あっ……いかんですよコレは……)


 走馬灯が走るとは、こういう事か。もう……思い残すことは何もない・・・違うか。


 とりあえずこの危機的状況に直面し、打開策もない事態になにより幸いなのはAIさんがOFFで良かった事。


 AIさんの呆れた突っ込みで話がややこしくなりそ・・・


 「え!?きゃぁぁぁ~♡マジやばい!」

 

 (なんだぁー!今度はどうした?)

 

 「この♪肉球~♪すっごく綺麗なピンク色ー!」

 「もうだめ・・・どうしたらいいのーーーやばっ!キュン死しちゃうー♡」

 「決めた!あなたは今日からうちの子に決定!!」


 (ええええぇぇぇえ!!OMG!まじかよ・・・どうすんだ俺)


 これは不味いことになった。

 AIさんに対策を講じてもらうことも可能だったが、その前になぜ遠隔機能をOFFにしなかったのかと言われる反応は予想できる。


 ここはひとまず、俺が出ていくしかないと覚悟を決めるしかない。


 麟太郎は意を決して美咲の前に姿を現す。


 「あ、あ、あの美咲ちゃん!?」

 「あ……伊庭さん!」


 「どうしてここに?」


 美咲は突然の麟太郎の出現に驚いてしまった。


 絶対気付かないように後をつけていたのに、子猫ちゃんに気をとられ尾行が台無しになってしまったからである。


 それでも健気に胸の間からモゾモゾと暴れている猫を手放さないでいる。


 「す、すいません。出かける様子を見てしまい、つい追いかけてきました」

 

 こんな危険な所についてくる美咲ちゃんに困惑しながら理由を尋ねようとしたその時。

 迷宮のボス的存在であるゴブリンジェネラルが姿を現した。


 荒々しく突撃してくる敵が目の前に迫っているが、美咲に気を摂られていた麟太郎は不意を突かれて攻撃を正面から受けてしまう。


 『ゴワァァァー』

 ジェネラルの必殺技大撲殺Ⅲがさく裂した。

 『ガキィン』

 『シュイン』

 渾身の一撃が衝撃波と共に襲い掛かるが、麟太郎の防御のかなめバリアキューブが難なく攻撃を跳ね返しジェネラルは吹き飛んでいく、何事もなかったように佇む麟太郎の様子を見て美咲は驚愕する。


 「美咲ちゃん、ちょっと下がっていて」

 「は、はい!」

 このジェネラルがダンジョンボスなので倒せばダンジョン活動が止まる事は承知している。


 だが自分以外の人間がいる状況で遊んでいては危険が増すため一発で決める覚悟をするが、能力をばらしてしまうリスクが生じてしまうのはもはや仕方ない。


 吹き飛んでいったジェネラルに《片目スカウター》を展開した。

 

 「ロックオン完了」

 「UI画面アプリクリック」

 「モーションエフェクト展開」


 左腕が銀色に変化し、輝いていく。

 

 「起動」

 

 <5秒前>

 

 <3>

 

 <2>

 

 <1>

 

 〖空間複合攻撃〗

 

 「《Grid break》,now!(グリッドブレイク)砕け散れ。今!」


 『キュイン・・・シュン』

 敵の前方と真上から光の網を速射し空間ごと次元別に切り裂くキューブ斬。

 ジェネラルはバラバラなキューブ状に砕け、モザイクの光によって消えていった。

(キマッた!今回は噛まなくてよかった!)


 美咲は口を開けたまま驚きと困惑した感情を抱きながらも、あの時、意識が薄らいでいく中で目撃した同じ光景、その銀色に光る左腕へ吸い込まれていくように魅了されている自分に陶酔していた。


 「え、えーと、み美咲ちゃん大丈夫?」

 「あ、あ、は、はい大丈夫です」

 「もうこの迷宮にはゴブリンは出現しないから安心してね」

 「少し話そうか」

 「はい」

 

 そう話しかけると、麟太郎は目の前の空間にキューブを出現させアイテムボックスを展開する。


 ボックスの中からテーブルセットを取り出し、入れたてのコーヒーとクッキーを用意し美咲を座らせると、ゆっくり説明を始めた。


 能力を見られた以上、素直に話をして秘密にしてもらうしか方法はない。


 美咲は興味津々な様子でアイテムボックスを眺めていたが、相変わらず子猫ちゃんは胸の中だ。


 「えーとまず最初に……。見られちゃったね」

 「はい!しっかり見ました」

 「そっか。そうだよね」

 「俺の能力は他の人とチョット違うようなんだ」

 「例のステータスじゃないのですか?」

 「うん。もちろんステータスはあるんだけど」

 「他の要素もあって今はまだ詳しく言えないんだけど」

 「この左腕に秘密があるんだ」


 どこまで話そうか迷ったが、まだAIさんの事は内緒にしておいたほうが世界線の変化に関わる事なので様子を見たほうが良いと判断した。


 「左腕ですか……ふむ」

 「この左腕は義手なんだよ」

 「ふぇ?本物みたいですね」

 「うん。親父の仕事の関係でね作ってもらったんだ」


 嘘は言ってないと思う。実際AIさんを開発したのは父親だし、左腕が義手なのも間違った解釈でない。


 「なんか科学技術の粋を集めた実験品みたいなんだ」

 「なるほど!そうなんですね」

 「じつはその子猫ちゃんも実験品の一部で……」

 「えぇぇぇええ!」


 美咲は胸に抱いている子猫ちゃんに視線を移すと信じられない顔をして弄り回す。

(あっ!だめ……。ちょ。そこはやめて。)


 まだ性懲りもなく遠隔操作をOFFにしてなかった麟太郎、膝の上に乗っていたところを不意打ちの攻撃を受けて思わず声を出してしまう。


 「ニャッ!」

 「ん?いま伊庭さんニャッ!って言いました?」

 「え?いやいや聞き違いでしょう。その子が言ったんじゃ?(-_-;)」


 一瞬焦ったが、何とか誤魔化して見せた。

 

 「いろいろと開発中な事もあり他社に漏洩するリスクというか」

 「そういう事なのでまだ極秘扱いで」

 「出来れば、内緒にしてもらえると助かるのですが」

 「今後も美咲ちゃんには出来る限り秘密を教えるので」

 「協力してもらえると……」

 

 説明中になんだか美咲ちゃんの顔がだんだん悪い子になってくるのが気になった。


 「伊庭さん!秘密にするのと協力するのと、私条件があります!」

 「な、なんでしょうか……」

 「この子猫ちゃん。是非!私にください」

 「ええぇえ!」

 「実験中なんですよね?この子猫ちゃん!」

 「協力します一緒に!」

 「そうすることで秘密も共有できると思いませんか?」


 こんなに押しの強い子だったのか、一気に押し切らてしまった。

 たぶんこの子は猫フェチなんじゃないだろうか。


 フェチとは時に自分が思ってもみなかった行動に走ることがある。

 それに、これからの危険を考えると守護してくれるペットを身の回りに配置しておくのも悪くないな。


 「ふう、わかった。君に任せるよ」

 「その代わり、秘密の共有は約束してね」

 

 「わぁーーーい!やったー!大好き!」

 「え?大好き?」

 「あ、えと、ちがくて、子猫ちゃんの、こと、かな?あれ?」


 勢いで大好きと言ってしまった美咲だったが、顔を真っ赤にしてあわてて言いつくろった。

 

 ゴブリンの居なくなったダンジョンを出て今後の事もふくめ色々と話し合いの場を持ちたかったが時刻はもう23時を回っていたので、今度の週末に機会を設け解散することとする。


 徹夜明けでフル活動していた麟太郎もさすがに睡魔に勝てず、自宅に辿り着くとベッドに横たわった。

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