朝陽を見に行く

あきかん

第1話

 そうだ朝陽を見に行こう

 と、思い立ったのがつい先日。夏場の朝ライドは最高に気持ちいい、とのYouTubeを見て決意した。


 スマホのアラームで起床したのが深夜3時。顔も洗わず全裸になってトイレに直行。出すもの出して顔を洗って目を覚ます。

 全裸のままプロテインを飲む。プロテインバーを食べる。サイクルボトルに氷とスポーツ飲料の粉を入れて水を入れる。 シャカシャカと軽く振って混ぜる。味見。しょっぱい。良し。

 服を着る。先ずはインナーウェア。パッツパツのロンティを着込む。次にレッグカバー。これが履き難い。それからビブショーツ。ノーパンで履く。どっこいしょ、といった感じで脚を通して肩掛けに腕を通す。それを引っ張ってパチン!と鳴らす。意味は無い。サイクルジャージと靴下を履く。最後にショートグローブをつける。

 サイクルシューズを履く。私はダイヤル式。カチャッと緩めて足を入れてキュッキュッと締める。それから空気入れとボトルを持って駐輪場へ。自転車にボトルをセット。鍵を外す。タイヤに空気を入れる。私はだいたい5Bar 。これで準備OK。

 自転車を車道まで押してまたがる。辺りは暗い。夜明け前の3時半。車がまばらに走っている。私はカチッとクリートをペダルにはめて走り始めた。


 多摩川を下ろうと決めていた。多摩川サイクリングコースというものはない。あるのは、たまリバ50と多摩川ふれあいロードである。決してサイクリングコースではなく、自転車も走れるよ、というだけのウォーキングコースである。ゆっくり走ろうという自転車への警告標識や意図的に設けられた段差など、いかにして自転車の走行を妨げるのかを意識してこの道は作られている。といっても、サイクリストはこの道を好んで走るのだが。

 多摩水道橋へと着いた。川崎側を走る。ここで出会うのは、同じサイクリスト、ランナー、散歩に来た老人、そしてイチャイチャしている恋人である。

 なぜ深夜の多摩川に恋人がいるのか。それはラブホテルが川沿いにあるからだ。このエリアにのみ生息するカップルを横目で見ながら多摩川を下っていく。

 もう一つ目を引くのは、ギリギリ歩くのが限界に見える腰の曲がったババアが散歩している。まあ、ジシイもいる。年よりの朝は早い、とよく言うが日の出ていない時間から活動を開始している事が実感できる。

 ペダルを回す。クルクルクルクルクルクルクルクルとケイデンス90rpmぐらいのつもりで走り抜ける。時速にすると30キロは越えるわけで、それを人が二人並ぶので精一杯のコースを駆け抜けるわけだ。危なくて仕方ない、と他人事のように思う。

 二子橋を過ぎて丸子橋を目指す。何やかんやとチャリカスやランナーとすれ違いながら、朝焼けに染まっていく夜空が見えてくる。

 丸子橋を渡る。4時過ぎの時間帯。日の出前のマジックアワー。チルいな。チルチル。


 あさぼらけ~


 と、呟いてみる。これは最近呼んだ本『成瀬は信じた道を行く』に出てきたキャラクターの1人がインスタで呟いている決まり文句で、朝ぼらけって二十四時間使って良い言葉なのか?と疑問に思っていた。本来は今の時間だろう。


 朝ぼらけ 有明の月と みるまでに

 吉野の里に ふれる白雪


 とは、百人一首にある歌だけれども、イメージするのは今の時間。夜明け前前後のはずだ。

 まあ、どうでも良いのだが、この朝ぼらけをこの時間にポストすると見知らぬアナウンサーから良いねが来る。それはこの時間帯にあさぼらけというラジオ番組をやっているからだと後日調べてわかった。

 ちょっと橋の上で黄昏つつたまリバの方を走る。何でこんなに早く人がいるのか、とここでも思う。犬の散歩やランナー、自分と同じサイクリストがこの道を走っている。特筆すべきは、この道にいる人数だ。どこから湧いて来たのか。道幅が5メートルぐらいの区間に幅一杯の人が走っているのだ。

 ヒトカスや犬畜生やチャリカスがごった返す中、私はチャリのペダルをクルクル回し続けるわけだけれども、90rpmというのは疲れる。もちろん、体感なのでこれより遅いとは思うのだけれども、巡航速度を30キロを維持するというのは中々きついものがある。いや、一説には遅いほど疲れるという話も聞くが、尻が尻の筋肉が悲鳴を上げてくる。俺は朝から何をやっているのか、と。この後仕事なんだぞ、と思いも浮かぶ。

 多摩川下流。というかもう河口。ここまで来ると現れるホームレスの家。ダンボールハウス。おうイエーイ。

 助けてくれーー!と、爆笑問題の太田光のように叫びたくはならないが、余計な事を考えながらペダルを回し続ける。

 光と書いてなんと読むのか。私はヒカリと読むのだが、ヒカルと読む人もいるだろう。太田光か伊集院光の違い。私は太田光のファンで、もっと言うのなら芸人で唯一好きなのが爆笑問題で、現在第三次爆笑問題ブーム到来中である。爆笑問題の何が面白いかと言えば、ファンが面白い。ハライチ岩井、オードリー若林、星野源、霜降り明星せいや、武井壮、バキ童、ラランドさーや、酒井若菜、真木よう子。上げればキリがないけども一癖ある人間ばかりなのが面白い。なんとも表現しがたい魅力が爆笑問題太田光にはある。太田光はチー牛の王である、というのが私の結論だけれども、王と呼ぶよりカリスマだろうか。陰キャのカリスマと言ったのは鬼越トマホークだったと記憶しているが、この1点においては芸能界一の魅力がある。


「一度でも死にたいと思ったことがある人は、絶対に魅力的なんだよ!」


 と、テレビで吠えていたとは酒井若菜氏の証言ではあるのだが、まあ言いそうだよな、とも思う。

 グダグタと無駄な思考を巡らせながら自転車で走っているがまだ目的地にはつかない。ロードバイクの理想形はサメだと思う。これは乗っていただかないとわからない話だが、ペダルに体重を乗せてロードバイクをこぐと、スースースースー……と、自転車が地上を泳ぎ始める。この状態になると中速域を簡単に維持できる。そして、こうなると自転車は少し蛇行して進むようになるのだ。この様が魚類、特にサメに似ていると私は思う。

 グダグタと考えている合間に5時近く。もう河口付近にいる。世界はすでに明るかった。しかし、太陽の光はまだ見えない。土手はなくなり港というか埋め立て地になる。

 潮の匂いがした。波はなく静かな川面というか海面がキラキラひかる。釣船が構えている横をすり抜け最終目的地へと向かう。

 多摩川を下った先にあるのは、鳥居である。それは羽田空港の末端というか外れにある場所で、どこかのお稲荷様を祀っている所から寄付されたと説明文がある。この鳥居には大きな文字で世界平和への愛の鈴と書かれている。

 羽田空港ターミナルビルの裏から太陽が登って来るのがわかる。まさに羽田空港ターミナルビルに後光がさしているのだ。

 空は澄んで晴れていた。雲は高く走っていく。多摩川の開けた空は好きだといつも思う。都会でここまで空を眺められる場所は無いと思う。余談だが、たまリバ50の上流の終着点は羽村大橋で、ここも空を見上げると最高に気持ちいい場所だ。多摩川という一級河川を横断する橋の上で空を存分に眺められる。ここは何れ星を見に訪れたいと考えている。

 色々と考え込んでいたら、羽田空港ターミナルビルの上に太陽が登った。逆光で鳥居が真っ黒に見えた。

 私は心の中で太陽に一礼してから、来た道を引き返した。今日も暑くなりそうな日の光だった。

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朝陽を見に行く あきかん @Gomibako

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