第52話

目に映るのは、黒髪の。私が前世で儚くなったころと同じ年頃の普人族ヒューマンの女性だ。


よくよく見れば、前世の両親に通ずる印象はある。ひいては自分の要素なのであろうけれど。


しかし、煌めくアーモンド形の瞳といい。実在を疑うほどのきめの細かさの肌といい。なによりも、星尖晶石スタースピネルをそのまま糸にしましたと言わんばかりの、流れる黒。


日本人の。とりわけ若い女性の黒髪は、世界的にも有数の美しさを誇ると評されることもあるという。


目を奪われるどころか、ナチュラルに魂まで捕らわれそうな輝きである。


美髪を美人の条件として、長年たっとんで来た故国の慣習の集大成みたいな髪であった。


「えっと。これが、私?」


呆然と、どこかの少女漫画みたいな台詞くらいしか出てこない。


頬に手を当ててみれば、鏡の中の人物も同じように手を当てる。細い指先には形の良い桜色の爪が備わっているようだった。こんな細部に至るまで美人さんか。


「ええ、えぇ。ワタシの用意した誤認の指輪は、種族を偽る物ですねぇ。例えば長耳族エルフの方が用いると、耳が丸くなって若干背丈が縮んでがっしりした姿になりますよぉ」


つまりは、この基本造形はトロル基準での私自身であるのか。


若干前世の自分要素も入っているのは、私の普人族ヒューマンの基準が前世に由来するものであるのが原因だろう。


容姿の端麗さとは、ひいては対象の健康状態のバロメーターでもある。


お化粧などで、顔や唇。目元などを彩るのも、そこに体調の良し悪しが如実に表れる部分でもあるからだ。


鏡の中の私は、造形は舞い散る桜よりも儚げな容貌なのに、か弱い印象は微塵も受けない。


当然である。元はトロルであるのだ。可憐な容姿に、溢れて零れんばかりの生命力が詰め込まれた結果だろう。


確かに威圧感は減っただろうが、別の意味で大問題が起きそうな姿である。


父たちと別れて講義に顔を出すか迷っていた。この姿であれば悶着は避けられるだろうが、別種の騒動が起きかねない気がひしひしとする。


そういえば、父が何かもの言いたげであったが。


「……プリンセ、ちいさくなった。くう、もっとくう」


眉尻を下げた父からすると、私の容姿うんぬんより体積の縮小の方が問題であったらしい。


そういえば、生まれたころより身体の大小は問われても、顔つきに関しては何か言われた覚えもない。


例外はブラウンの誉め言葉位だが。私の相棒、実は慧眼だったりするのだろうか。


一応、目の前で変化したからというのもあろうが、キングはこの姿でも問題なくプリンセであると認識しているらしい。


等号イコールで結ぶことに、神をも恐れぬ振る舞いであると抗議を受けそうな変化なのだが、トロルとしてはサイズ以外に気になるところはたぶん無いのだろう。


私としては、髪の有無は結構な大事ではないかと思ったりもするのだけれど。


サイレスなど何も変わらず玉子焼きの乗っていた皿を舐めている。こら、マナー悪いからやめろと言ったでしょうに。


なんにせよ、これでトラブルが減るというのなら活用するに否はない。


折角のヴェス先輩の御好意でもあるのだ。謹んで活用させて頂こう。


まぁ、無暗に父を悲しませるのも本意ではない。普段は従来の姿でいいだろう。


容貌魁偉極まりない姿であるが、私自身はあれで結構愛着もあり気に入っているのだ。


―――豊かな髪だけは若干惜しいかなと思うが。


元の姿に戻って安心したのか、笑顔で発するキングのおかわりの声には応えられなかった。


ごめん、父さん。いかな飛竜ワイバーンでもトロルの胃袋より大きい卵は産まないんだ。

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トロル転生 ~ちょっとこの種族規格外過ぎない? 平穏無事に過ごすため、自重も遠慮もマイ棍棒で殴り飛ばします!~ 悠神唯 @yuugamiyui

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