第51話

ジュウ。と、高温に熱せられた鉄板に油と卵液が触れる音がする。


ここ、セントラート魔法学園の特別棟は他寮とは隔離されてはいるもののそれでも居住施設。


住人の露命を繋ぐためにも、必然として調理施設は付随していた。


無駄にというべきか、それともかけられた金額相応と言うべきか。収められている設備や鍋釜は実に使い勝手が良く、そこそこの大人数への対応も考慮の内なのか私の想定する一食分も問題なく調理できる。


一番デカいボウルに割り入れて、出汁で割った卵を焼くのに何の不足もない。


薄焼きにして折り返し、積層を作っていくのだが、しっかりと黄色味を帯びた玉子焼きは実に食欲をそそる。


ひとくちに卵と言っても、種類によっては無色透明な白身に、真っ黒な卵黄になるものもある。


トウモロコシや海藻を食わないであろうワイバーンの卵の色味が、鶏卵にそっくりなのは女神様の思し召しだろうか。


『プリンセ、パン焼けたよー。いやぁ、いいねぇ。乳脂バターも白小麦粉も使い放題じゃないか』


三日月焼きクロワッサンは程々にしてよ? 食感は良いけど食べ応えが無いから、今一つ受け悪いし。あれ」


トロルは大体の物はうまいうまいと食い尽くすが、どちらかと言えば腹にたまるどっしりとしたものを好む。


向こう岩窟砦では手が足りていたため早々手を出す事も無かったが、パン焼きもまた家事を得意とする古家精ブラウニーの領分だ。


真新しい調理場に、ブラウンもそこそこ舞い上がっているらしい。


飛竜のねぐらを家探しした結果、冒険者フィフィの見立て通り卵は複数個見つかった。


ちょうど頭数とピッタリ同じ数だったため、ひとり1つ抱えて持ち帰ってきたのである。


フィフィは売り飛ばして金貨にすると言っていた。私の分は依頼の品として学生課に提出済みだ。


では、父達の分はどうしようかという所で、本人たちに希望を聞いてみたら何一つ迷いなき眼でくうとのたまった。


希少な素材であるのかもしれないが、意向とあらば仕方ない。私もぶっちゃけ興味はあったし。


なので寮のキッチンをお借りして、手伝いに召喚したブラウンと共に腕を振るっているという訳だ。


この特別棟は豪奢であるものの、あくまでも仮屋であるうえ歴史の積み重ねも無いので、古家精ブラウンとしてはあまり居心地は良くないそうなのだが、かつて洞窟すら我が家と称して居付いていた剛の者である。


飛竜肉の入ったブラウンシチューをかき回すレードル捌きにも余念はない。魔力の補助は後で入念に行っておいた方が良いのだろうけれど。


「向こうは問題ない? 主にコアとかルーザのまわりだけど」


実家を離れてさほども経ってはいないが結構な問題児どもだ。そこらに放り出す訳にもいかない所が実に厄介な主従である。


『今のとこはね。レーレが付きっ切りで見張ってるし、予定してた地下室の迷宮化ダンジョンならそんなに反発もない感じ。どこで暴発するか分からないから気が抜けないって零してたけれど』


過去の事例マニュアルが無いから手探りになるのは否めない。それを求めてこの地くんだりまで態々訪れたのだから取っ掛かりくらいは早めに見出したいものであるが。


「下手に活動を止めて封印するのもなんだしね」


おそらくその手の管理運用から逃れて野生化した迷宮ダンジョンの末裔がコアである。言ってはなんだが制御不能を体現した魔物であるのだ。


『ま、留守の間くらいはボクらで何とかするよ。アプリーリル、あの子も相方と頑張ってるし』


「面倒を掛けるけど、よろしく頼むよ。私も出来るだけ早く帰れるように頑張ってみる」


多少不便であろうが、物が無かろうが。私たちの生活基盤はあの森の中の砦だ。


群れの仲間が待っている以上、何年も時間をかける訳にも行かない。


教授陣に渡りをつけられれば一番なのだが、今のところ遠巻きにされているようだ。


已む無くの部類ではあるのだが、やはり講義に出ずに初手から実践を選んだのは問題だったろうか。


明日以降は、父たちとの別行動も視野に入れるべきかもしれない。


悩みは尽きねど、差し当たってやることは決まっている。


大皿よりはみ出す巨大な玉子焼きを手に、私は意気揚々と夕餐の場戦場へと赴いた。





「クケケ……希少な食材を使った、これまた結構なお手前で」


白いテーブルクロスの掛かった卓の上で、銀のカトラリーを用いて食事をするヴェス先輩は、流石は尊きご出身と言外に語る気品のある所作しょさで玉子焼きを味わっている。


急遽用意してくれたらしい輪切りの丸太に腰かけた、私や父とも同じテーブルだ。


「めし、う、うまい! ヴ……ヴェス、もっとくう!」


満面の笑みで食事を進める父が持つのも銀。それもトロル銀ことミスリル銀で出来た私謹製のスプーンフォークなのだが一体何が此処まで食物を口に運ぶ行為に差をつけるのだろうか。


ええ、ええ。美味しく頂いておりますよ。と、応えるヴェス先輩は、何かを隠しているような笑みで相変わらず胡散臭いがその実裏は無いのだろう。


因果なものだが、それが魔法の代償とあらば止む形無しといった所であろうか。


きちんと同じ食料を、同じ場所で分け合って食べたヴェス先輩はトロル的には身内判定である。


実際、ある意味厄介者を隔離する場所として作られたであろうこの特別棟には、他にも住人が居るのだろうけれどヴェス先輩以外顔を見せに来た者はいない。


偏見を厭っているとは本人の言であるが、それでも食卓を共にしようと挑む気概は中々持てるものではないだろう。


「……そうそう、忘れる前に。プリンセさんにお渡しするものがあったんですよぉ」


「私にですか?」


こちらです。と、差し出されたのは細めの女性用の腕輪だろうか。閃亜鉛鉱スファレライトが飾られた金属の紐を編んだ形状の装飾品だった。


なお。どう頑張っても、私の腕には嵌りそうにない。


「学生課の方から苦情が来ちゃいましてねぇ。事務員が怯えて仕事にならないと……他にも似たような訴えがちらほらと」


表情は面白がっているようでいて、声色は申し訳なさそうである。難儀なものだ。


「甚だ遺憾であると苦言そのものは差し返しましたが、不利益を被るのは当のプリンセさん達ですからねぇ。ワタシ、御用意させていただきましたとも」


手に取ってまじまじと観察してみれば、目立たない裏側には溝が彫られてインクに似た何かで紋様が刻まれている。レーレの作る魔法品マジックアイテムに通ずる雰囲気。


「―――名を、誤認の指輪と銘打ちましょうかねぇ。よければ着けてみてください。クク……危険はありませんよぉ?」


なるほど、細めの腕輪ではなく太めの指輪であったか。しかし、異性より装飾品。何より指輪を贈られるなど前世も含めて初めての体験である。


そこはかとなくテンションが上がるのを自覚しつつ、左手の中指に指輪を通してみる。


何かの魔法が発現する気配は感じたものの、自覚症状としては特段何が起きたとも感じない。誤認、とつくからには何かしら目に映るものが変わるものだと思ったのだが、先輩も父もサイレスも特に変化は見られない。


いや、なんか父はしょんぼりしているか?


「おや。おやおや。これはまた、随分とお美しくなりましたねぇ」


ヴェス先輩が、あらかじめ用意していたのであろう姿見を翳してくれる。


どうやら見た目が変化したのは装着者である私自身のようだ。鏡に映る姿に目を向ければ、そこにはさらりと揺れる流れるような漆黒の髪。


とんでもねぇ美少女が、氷面の向こう側から私自身を見つめ返していた。

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