閑話 いつかの風景 その① アプリ―リル編


ある日の食卓。今日も我が一族トロルたちは旺盛なる食欲を発揮し、テーブルの上に載る料理を猛然と平らげていた。


お喋りに花が咲いているわけでもないのに、何故だか大変騒がしく感じる。


「……そういえば、なんですけれどプリンセ様」


アプリ―リルが比較すれば本当にちょっぴり。雀の涙のような食事を口に運びつつ問いかけてくる。


「トロルの方達って、その、健啖な方ばかりですよね」


大変控えめな表現である。一口で君の三食分程度を頬張っているキングをよく見て欲しい。


「まぁね。みんな体格もいいし」


答えてはみたものの、確かエネルギー効率的には体躯が大きい方が省エネなんだとか聞いた覚えもある。


逆にハチドリのような小さな生き物はひっきりなしに食事をしないといけないとか。


「食事をするのも皆さん大好きで。それなのに、分け合って食べる風習を大事にしているのが少し不思議なんです」


なるほど。疑問に思うのも尤もかもしれない。確かに、美味しいものを独り占めなんてのは普通に考えれば思い至る発想だからだ。


食い意地の張った私達トロルであれば、いかに足りない頭であっても出てきて当然の考えでもある。


けれど、トロルにとっては割と切実な理由あっての習慣なのだ。


「これは、私の推測も入ってるんだけどね。うちの一族トロルは、よく食べるでしょう?」


そしてその上であまり後先を考えない、どころか。考えられる頭が無いのが実情だ。


「捕まえて増やしたり、保存して食いつないだりとかも普通はしないからね。だからまぁ」


独り占めするようなトロルは、いかに丈夫であっても自然と周囲に仲間が居なくなり滅んでいったのだろう。


生き残ったのは、分け合うことを覚える事の出来たトロルだけになる。


足りない頭で必死になって思いついた生存戦略だ。


「トロルはね、分かち合う事が好きになったんだよ。だからこそ、こんなに楽しそうにご飯を食べることができる」


頑丈さが取り柄のトロルとはいえ、栄養の枯渇は辛いものだ。


それを乗り越えて、誰かと共に生きる事を選んだ先祖が居たからこそ、今も我が種族トロルは各地で群を形成して暮らしていけている。


賢い選択ではないのだろう。足りないなら増やせばいいと思いついた種族が大半だ。


だがまあ、奪うことを覚えた種族よりは。きっと大分恵まれている。


かつての世界で神様の子は、たった一つのパンで万人の飢えを癒したという。


それには及ばずとも、結構な数のトロルがこの習慣のおかげで生き延びた筈だ。


情け容赦のない自然の選別に、個ではなく群の強さで抗った勝利の証である。


「……そういえば間食とか。あとは、つまみ食いとかしている方は居なかったですね」


うちでは、食事を供するようになってから余計にだが複数人居る場でないとものを食べようとしない。


その上で、自分だけが食べるとなれば強い抵抗がある。慣習ではあるが、第二の本能のようなものなのだ。


「アプリ―リルは別に真似しなくてもいいからね。ただでさえ小食なんだし」


むしろもう少し余計に食べて欲しいくらいである。耳長族エルフは端麗であるが、とにかく儚く感じて仕方がないのだ。


「ありがとうございます。大丈夫ですよ、……美味しく頂けてますから」


自分も、大勢で分け合って食べる方が好きみたいです、と。笑顔で食事を進めるアプリ―リルに気を使っている様子はなかった。


かつての里での食事は、さほど心安らぐものではなかったのかもしれない。


マナーもへったくれもない食事風景であるが、毎日の事。満足してくれているならばありがたい限りだ。


ただやはり限度というものはどこかに設けねばなるまい。特に無作法については。


父よ。キングよ。木皿は食い物ではないというのに丸ごと口に含むのはどういった了見だ。少々齧ったところで腹痛一つ起こさないのが分かっているので猶更度し難い。


「んぐ。おで、おで、もっとくう!」


咀嚼したうえで、一息に胃袋にまで収めたキングの堂々たる宣言であった。満面の笑顔が実に朗らかで眩しい。


私は備え付けの棍棒ラックより引き出したマイ棍棒を大きく。それはそれは大きく振りかぶった。

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