第40話



着々と増築工事は進んでいるが、合間に熟していかねばならない作業も当然存在する。


庭園の管理なんかもそれにあたる。庭園というよりはほぼ農園なのであるが。


旧来より住処にしていた岩山の上、周囲の木々も伐採した結果大分見晴らしがよくなった。


一通り、作物の育成状況を確認して雑草を取ったり花ガラを摘んだりしておく。


眼下ではトロルやグールの皆が思い思いに働いているのが見て取れる。


「べぇ~」


「よしよし。元気にしてたかなメーちゃん」


黒山羊のお母さんこと、改めてつけた名はメフィストフェレス。この庭園に住まう4頭の子山羊のお母さんである。


かつては準食料的な役柄ではあったのだが、子供を産んでお乳を貰えることと、造園の傍らに出る廃棄物処理要員として、半ば扱いはペットとなりつつある。


子山羊たちも可愛いしね。撫でるとふわふわしててぬいぐるみみたいなのだ。


『ち、このけだもの共め。やめろ構うな舐めぬぁぁああ』


なんか微妙に聞き覚えのある思念波がする。


子山羊たちを持ち上げてやると、ちんまりとした二頭身の精霊。下級精霊かな。それも大分力のない微小精霊とも言って良さそうな有様。それが這い出してきた。


よだれでべとべとになっているけれど、こないだの光の上級精霊の特徴を抽出してデフォルメしたような姿だ。


「はっはっは。お勤め御苦労! 引き続き頼むよ、君!」


上機嫌の相棒ブラウンがけらけらと笑いながら顔を出す。子山羊たちの玩具になっているのはこの子の仕業か。


「なに、ブラウン。こいつ暫く表に出てこれないんじゃなかったの?」


精霊の掟に反する行いに、罰が下される筈と聞いていたが騒動があったのはつい先日だ。


「や。裁定はちゃんと下されたんだよ。でもこいつ、態々分霊まで作って出て来たんだよね」


なるほど。本体は封ぜられたが、力の一端を削いで意識だけ移して寄越したのか。


アカウント凍結されたけれど、捨てアカ作って粘着してくるマナーの悪いスレ民みたいな奴である。


「勿論そんな有様じゃ、権限はボクの方が上だからね。赤ちゃん山羊のおしゃぶり以上の事はさせないよ。プリンセ」


『くそ、いい気になるなよ古屋精ブラウニー! 依代さえあれば斯様な制限など』


やはり、目的はブラウンの依代人形スケープドールか。ここまで諦めが悪いとは、よほどいい様に使われた過去でもあるのかもしれないが。


「なんなら館内照明もさせてていいよ。魔力補給は無しだけど」


力を行使するのに、精霊は魔力を使う。通常は名を交わした契約者が、負担を負って魔力を提供してやるものだ。


それがない場合、こちらの世界への干渉は己の身を削ることになる。


「いいね! せっかく住処も新しく大きくなるんだ。燭台提灯シャンデリアの代わりに精々働いてもらうとしよっか」


『冗談じゃない。分体とはいえ枯渇の苦しみは変わらぬのだぞ!』


ご飯も食べさせずに延々労働させるようなものであるから、当然真面な精霊使いはそんな事をさせないが、事情と因果は当然考慮すべきものである。


「ブラウン。管理監督はよろしくね」


「アイサー。御主人様♪」


少々苦鳴の声が煩そうだが、精霊使い以外に聞こえないし時期に静かになるだろう。燃料要らずで実にエコな照明機器である。


ランニングコストは新居において気になるポイントでもある。長く使うならば猶更だ。


何のかんのと、私はこの世界に生まれこの身トロルで以て生きてゆくのだろう。トロルの寿命は知らない。だが、耳長族エルフですら寿命は千年を超えると聞く。


生命力の高い己達がどれほど生きるのかは正に闇の中。暗中模索という奴だ。


トロルという種族において、寿命を全うした個体などほぼ居ないのだろう。蔑視からの争いに、他種族からの陰謀。飢餓や災害によってもトロルは死ぬ。


愚かなる種族であるトロルは、世界の主に成り代わる事など出来はしないのだ。


ならば、この世界の片隅で。平和に慎ましく生きることこそが。


望外な力を持った種族トロルの幸せへと繋がるのだろう。


溢れんばかりの生命力と、矢にも刃にも負けぬ頑強な身体。


竜すら屠れる腕力と、毒すら喰らえる胃袋は。ただただ、家族とご飯を食べて馬鹿みたいに笑う為だけに。


世界一馬鹿な種族であるトロルは、世界一幸せになれる種族でもあるのだ。


英雄の宿命も、民を導く叡智も、愛を語る信仰も、煌びやかな財貨も。トロルにとっては必要ではない。


かつての人生において、最期に望んだのはただ頑丈なる身体。神様はきっとその願いに過不足なく応えてくれた。


地味で単調。精々がちょっとした日々の事件くらい。


それが、今世の私トロル転生の物語になるだろう。


悪くないと、心から思える。前世、柊 七葉ヒイラギナナハは、そんな冒険心に欠けた小市民な少女だった。


勇者でも、お姫さまでも、聖女でも、商人ですらない。


ただのトロルの生き様が、誰かの目に留まる事などもきっと無い。


それでいいと思えはする。……だが、そうは問屋が卸さぬとばかりに頻発するトラブルは一体どこの神様の悪戯なのだろうか。


眼下に見下ろせる建設途中の城壁。その一角が、突然出現した岩の巨人に突き崩されている。


野太いトロルの咆哮も各所で聞こえるから、緊急事態なのだろうが、そこまで慌てる必要もないだろう。


トロルは頑丈なのだ。この上なく。


まぁ、やらかした者の想像はつく。締めるところは締めねばなるまい。


私は棍棒を手に取り、秘密の花園シークレットガーデンより飛び出してゆく。


これまで通りに。そしてこれまでよりも―――力強く。



Fin.

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