閑話 いつかの風景 その② レーレ編

トロルは夜目が効く。


その身に宿す闇の要素の恩恵の一端であるだろうし、かつて洞窟や深い森などの光の差し込まぬ環境で暮らしていた名残でもあるだろう。


体格や腕力に反して、大して獲物を取るのが上手くないトロル達は、頑丈な胃袋を生かして競合者の少ない劣悪な環境にその身を置いたものと思われる。


そこで得られる食料は夜行性ものがほとんどだ。蛙や蛇などの爬虫類をはじめ、穴熊やムササビ。そして最も容易く手に入るのが、コウモリだ。


雑菌が多く、食用には適さないとされているがトロルにその辺の事情は今更である。私が今世に生を受けて初めて食したのもキングが捕らえてきたコウモリであった。


悪食を基本性能とするトロル故か。意外とそこそこ美味しく頂けたものではあったが、遠慮と自重を投げ捨てようと決意したのもこの時だった。


やはり鳥肉は火か熱油を通して食べるに限る。厳密には違うのだろうが広義的には似たような物である。


そんな思い出を振り返りつつ、私は捕らえたコウモリを搾って血液を採取していた。


丈夫な布の端を持って、力任せに捻りきるだけの実に簡単なお仕事である。


「うむ。助かる。丁度在庫が尽きていてな、面倒を掛けるのは申し訳なくもあるのだが」


蝕屍鬼グールの長。レーレからの依頼があった。墨汁インクとして使用するのとの事だが、なんでも暗黒魔法に関して記述する際の作法であるらしい。


「大した手間でもないよ。でも、こういった知識ってどこで学ぶものなの?」


暗黒魔法学校とか、呪術専門学園とか。少なくとも今世においては聞いた事がない。どうやら噂に聞く限り魔法使い組合ギルドは大きな街などにはあるらしいが。


環境的に、レーレに師が付いてレッスンを受けていたとも思いにくい。


「高次存在と契約を結んだ後自然と浮かぶようになるのだ。そこは神も悪魔も変わらない。”啓示”インスピレーションと呼ばれている」


曰く、感覚的なものであるが一度繋がればある程度の知識が流れ込んで来るそうだ。


個人によって差はあるのだろうが、レーレは主に実践方面の知識を重宝して活用しているようだ。


神々についての教義や、聖印シンボルも。おそらくこうして現世に伝わっていっているのだろう。


せっかく得た知見。それを曲解する者も居るのは、また世の常なのだろうけれども。


「思えば不思議だよね。神に悪魔に精霊たち、それに魔法」


そしてその延長線上には、私達のような理を超えた力を持つ種族トロル不死族アンデットなどが居る。


かつてとは異なる世界であると、言い切ってしまえばそれまでなのだろうが。


「世の在り様を問うというのは、僻地に住まう賢者が良く挑む難問であるらしいぞ」


それをよりにもよって、最も愚かなる種族トロルが提訴するのが面白かったのか、レーレがくっくと喉を鳴らして笑う。


「答えは、全てが在るがまま。理由がなコギトくても私は・エルゴここに居る・スムだね」


転生なんて果たしてしまった身の上で、取り巻く世界の方まで疑っていればきりがない。


世界が円環だろうが、ゾウと亀に乗った丸盆だろうが、偉大なる竜の亡骸であろうが変わりはしないのだ。


「応ともよ。そしてまた、存在する以上は腹も減るのが道理というものだ」


不死族アンデットのうえ首から下のないレーレであっても、魔力エネルギーの不足は空腹として感じるらしい。


だけれども、これは普通に気づかいの方便だろう。


ちょっとした手伝いのつもりが、思いの外話が弾んでしまった。いつもなら夕食の仕込みを手伝っている頃合いだ。


「それなら、期待には応えさせてもらおうかな。丁度良くお肉も入って来てたようだし」


流石に生エルフは調理する訳にはいかない。だが、誰かが折よく仕留めて来たヒグマの魔物があった筈だ。


タルタルステーキにして供してみるのもいいだろう。アプリ―リルは少し苦手かもしれないが。


「ああ、手助け助かったよ。感謝するぞ、プリンセ」


「いいよ。レーレとこうやって話すのは楽しいからね」


実に得難い友である。


実直的で、偏屈の気配がある私とこうも取り留めのないやり取りができる相手なんて、中々相まみえる事はないだろう。運命の悪戯に、感謝するばかりだ。


出来れば長く居ついて欲しいものだが、先を見通すことは中々に難しい。


森羅万象、諸行は常に無常であるのだから。

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トロル転生 ~ちょっとこの種族規格外過ぎない? 平穏無事に過ごすため、自重も遠慮もマイ棍棒で殴り飛ばします!~ 悠神唯 @yuugamiyui

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