第38話

夕食時に全員の前で改築トロル城計画を話してみれば、意外と皆すんなり受け入れてくれた。


レーレ達が来てからは大した生活改善は行っていなかったし、アプリ―リルは洞窟で起居してきた時からなのでいい加減慣れたという所だろうか。


一族トロルたちは相変わらずである。本日の夕飯、パプリカとキノコの温野菜サラダとハニーマスタードチキン、山羊肉と乳のクリームシチューに、鱒のフリッタートマトソースに夢中となっている。


少しかための白パンも焼き立てを十分用意した。食糧事情については、もはや前世と張り合えるくらいに充実しつつある。


「今回は、石を積んで外壁を作るからグールさん達に手を貸してもらえるとありがたいんだけど……」


積むだけならトロルの手でも問題ないのだが、まっすぐ正確にとなると怪しくなってしまう。


「いいぞ。此奴らは力もそこそこある。梃子てこかハンマーでも持たせてやってくれ」


大雑把にトロルが積んで、彼女達にきっちり隙間を詰めて貰う。


資材は直線で切り出し、要所要所で水平器を用いて確認すればかなり頑丈な外壁が仕上がるだろう。


足りない補材や、充填剤はルーザとダンジョンハートに生成させる。


この辺りでは見かけない綺麗な白大理石のタイルも、多少の素材と引き換えに使い放題だ。魔力を含まない単純な建材ならば量も出せる。


余裕を持たせれば碌な事をしないものと確信できているペアなので、しっかりきっちり酷使する予定である。


少し気になったのがアプリ―リルだ。力仕事が不得手なアプリ―リルは、やはりこういう場では肩身が狭そうにしている。


監督業や、高所の細工や作業は任せているのだが本人的には納得がいっていないようで。


事あるごとに精霊と触れ合っているし、目視も対話もできる。そろそろ気の合う精霊の一体や二体、現れてもいい頃であるのだが。


―――時に、我が砦の食堂では光源にロウソクを使用している。


今滞在している種族全てが暗闇の中でも見える眼を持っているのだが、食事時の雰囲気づくりに加えて、色味まで楽しむのなら明かりがあった方がよい。


当初は食べ物と勘違いして貪りだした同族トロルの教育に苦労したものであるが、何とか燭台には手を伸ばすのを控えさせることができた。


そんな食卓の上で輝くロウソクが、ふいに揺らめいたかと思うと爆発的な光量をもって発光し出す。


「ふぉわぁっ!? 何事っ、誰かマグネシウムでも混ぜてた!?」


「きゃあっ!?」


「おおぅ!? め、目が灼ける!?」


一緒に食卓を囲んでいたトロル達も阿鼻叫喚の大混乱だ。騒いでないのは動じるだけの自我の薄いグールさん達くらいか。


『―――ふん。所詮は薄汚いトロル共の穴倉か。見るに堪えんな』


発光がようやく収まったかと思えば、やたらめったら綺羅綺羅しい青年程度の年頃に見える精霊が、開口一番罵倒を飛ばして来おる。


食卓の上から冷たく周囲を睥睨するその視線が、動揺している面々の中からアプリ―リルに目を留める。


『おい、貴様。この醜い馬鹿顔共よりは見れた顔をしているな。貴様で妥協してやる、名を寄越せ』


傲岸不遜にも程がある。だが、この気配と佇まい。こいつ光の精霊か。


何を求めて食事時のトロルの食卓なんかに顕現したのかは分からないが、感覚からして恐らく上位の精霊である。


アプリ―リルが戸惑ったように此方を見て来るので、頷いておく。


相手が求めているなら、契約はすべきだ。


この短いやり取りでも見て取れる性格の悪さであるが、そこは腐っても精霊だ。名を交わした相手は尊重するし、上級精霊であるなら中級以下の精霊たちに指示を出せる。


精霊使いとして目覚める契機であるのだ。アプリ―リルが悩んでいた力不足を解消する手段となる。


アプリ―リルは、蒼い瞳でじっと真っすぐ精霊を見つめて口を開く。


「……お断り、します」


鈴を鳴らすようなその声は、ようやく立ち直ってきたトロル達の喧騒の中でもよく通るものだった。


『―――俺の聞き間違いか? 闇交じりとはいえ、よもや長耳族エルフでありながら上級精霊と名を交わせる機会の希少さを、理解していない訳ではないだろう』


そうだと言って、伏してこいねがえとでも言いたげな態度で光の精霊が問う。


アプリ―リルは見降ろされながらであっても、目を逸らそうとはしなかった。


「自分の、大切な仲間に迷惑を掛けた上に。醜いだとか、馬鹿面だとか言うような人とは契約したくありません」


青年の姿をした精霊は憮然として黙り込む。同族なかまなど何処に居るとでも言いたげだが、生憎とアプリ―リルは同胞うちの子だ。


あと、身綺麗にしているから薄汚いはともかく。客観的に見て醜い馬鹿面は否定しづらいよアプリ―リル。気持ちは嬉しいけれども。


『……トロル共に奴隷扱いでもされているのか? 心配せずとも俺の力を使えば』


「おい、おまえ。てぃぶる、のる。それだめ!」


食卓に堂々と二本の足で乗る精霊に、キングが注意を飛ばす。


『煩いな。下等生物のくせして精霊を見る目をもつとは不遜にすぎる』


口上を遮られ、うっとおしそうに目を細める。キングが壁に掛かった棍棒を持ち出すのを見て、なおさげずみの色を強めた。


ただの物質は精霊に干渉しえない。いくら振り回そうが素通りするだけだ。


黙殺することに決めたのか、アプリ―リルに目線を戻す。


『おい、さっさと契約しろ。俺とて目当てがなくば――「バルク!」ッぺけぽ!?』


奇怪な悲鳴を上げて光の精霊が殴り飛ばされる。父の振り切った棍棒は、薄っすらと光り輝いていた。


キングが名を交わした精霊は、戦乙女ヴァルキリー。勇気あるものに武器を授ける精霊であるとされている。


精霊王が力を貸すのだ。勿論精霊に通じぬ訳がない。


テーブルの上から叩き出され、不快害虫か何かのようにぴくぴくと痙攣する光精霊は、まぁ死んで消滅はいないだろう。


かつては私と取っ組み合いをしたこともあるのだ。父はちゃんと手加減をすることができるトロルなのである。基準がトロルなので、生身であれば少々怪しかったやも知れないが。


「プリンセ。おで、おで、まなぁ、まもった!」


たいへん誇らしげだ。普段大抵怒られてしばかれる側であるが故に。


おずおずとアプリ―リルが申し訳なさそうな表情で謝ってくる。


「えと、ごめんなさい。プリンセ様は促して下さいましたけど。その……」


「あー。うん、気持ちは嬉しかったし、アプリ―リルの選択だもの。尊重するよ」


冷静に考えると、あの性格の精霊と四六時中一緒というのは御免被りたい。


何かしらの目論見があって顕現して来たとは思えるのだが。


笑い声がしたのでそちらに目を向けると、ブラウンだった。


「いやぁ。ざまぁないねぇ。上級精霊サマとあろうものが。これはもう情報を流しまくるほかないね!」


私の理解では、精霊たちのネットワークは前世のSNSみたいなものだと認識している。


トロルに殴り飛ばされた挙句にさらし者にされるのは少々哀れではあるが、自業自得か。


「ブラウン。そいつ知り合いなの?」


ブラウンは友人として私たちとの付き合いも長いし、悪しき様に罵られて思う所もあったのだろうか。


「噂に聞いた事があるくらいかなぁ。長耳族エルフの王族に長らく使役されてた光の精霊が居るって」


本質的なところは変わらないが、共に過ごせば影響の一つや二つは与え合うということか。


確かに、選民思想と常に自分を上位へと置いて話す高慢さはエルフっぽい。


そんな矜持プライドの高そうな光の精霊に対して、わざわざ裾の長い衣服を捲り上げて、半ケツ状態にして映像記録を流しているらしいブラウンは一体誰の影響を受けてこうなったのか。


あまり考えると自らをして土壺に嵌りそうな気がひしひしとする。


「多分だけど、依代人形スケープドールの存在を知ってちょっかい掛けて来たんだと思うよ。破格だもんこれ」


術者の思惑に左右されず現世に干渉でき、かつ憑依中は上位の精霊からの干渉も受けない。


人の風下に立つのが大嫌いっぽい印象を受けたし、こいつ身体を手に入れたら名を交わそうがどうしようがアプリ―リルを見限る気満々だったか。


「困るな。今後も似たようなのばっかり声掛けられるならアプリ―リルが可哀そうだよ」


「プリンセ様。また来ても自分がしっかり断ればいいだけですし……」


一通り弄って満足したのか、ブラウンが蹴り飛ばすと光の精霊は透けるようにして消えて行った。

精霊界へ送り返したのだろう。


「ボクらにも個性はあるけれど、あそこまで突き抜けてるのは極一部だから。大なり小なり内心羨ましく思っている精霊は多そうではあるけどね」


向こうから干渉してくるなら、精々吹っ掛けて上から目線で相手を選べばいいんだよと、この件に対しては案外ブラウンはドライな案を提示してくる。


気が合う云々ではなく、精霊側からすると欲得ずくだから余計冷ややかになっているのかもしれない。


「ふむ、我らにはただの光の塊にしか見えなかったが。あ奴はまた来るのだろうか」


やり取りから経緯を推測したのだろう。レーレには声も聞こえなかったみたいだからね。そう言った意味でも依代人形スケープドールの価値は高い。


「大丈夫だと思うよ? 今回の一件は精霊にも知れ渡ったろうし」


良くて半年間現世への干渉は禁ずる、くらいの沙汰は下っているだろうとの事。


精霊は基本的に己の意思でこちらの世界への干渉を行うことを厭う。


あくまで客分。乞い願われて初めて力を貸すのが彼らのスタンスだ。


大昔に交わした契約の名残とされているが、良き隣人で在ろうとしてくれている。


微小な精霊ほどその縛りは緩く、上位の精霊ともなれば身勝手な行いは許されないものだそうな。


火山や渓谷をも作れる精霊達が、好き勝手に司る領域を増やそうなんてしたら世界崩壊待ったなしだものね。


当面は安心と言えるわけだけれど。


「ちょっと残念かな。アプリ―リルが魔法使いになる機会が遠のいちゃったなぁ」


「ま、こればっかりは縁だよね」


良くも悪くも精霊たちの注目は集まるだろう。今後に期待、かな。

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