第37話


「で、ルーザはちゃんと働いてる?」


「時折悪態をつきながらだけどね。いやでもいい仕事してると思うよ?」


くるくるとテーブルの上でブラウンが回ってみせる。応える言葉は、いつもの精霊の思念波ではなく実際の声だ。


邪竜の素材を変換するにあたって、量が量だけにある程度圧縮したい。その為に幾らか高度な魔法品マジックアイテムを作成してもらう事にした。


ブラウンに使ってもらっているのは、依代人形スケープドール。身体を持たない者にかりそめの肉体を与えるものだ。


客人も増えたし、その全てが精霊を見る目を持っているわけではない。


今後は砦の者として対応して欲しい場面も増えるだろうと、外身を用意してみたのだ。


けっこう高度な物らしく、宿る精神が耐えられるならある程度可変も効くとの事。


ブラウンはご満悦だ。間接的にしかこちらの世界に関われない精霊たちにとっては、まさに垂涎のお宝だからね。


なお、ルーザとは件の一件で虜囚にしている偽姿鬼人スプリガンの名前である。


名前を持たなかった彼女に、トロル式命名法にて授けたものだ。当然、由縁はルーザである。


基本的に日中の半分を物資の生成と倉庫整理。もう半分を砦内の清掃を含む雑役メイドに当てている。


態度はさほどよろしくはないが、変身前のルーザは可愛らしい顔をした紫瞳の美少女だ。


レーレの配下グール達と合わせて、だいぶ砦の中が華やいだ気がする。


そのレーレ自身は、迷宮ダンジョンより戻ってからは与えられた私室にて調薬と実験に注力している。


グールの活動期間を延ばす、竜血の水薬ポーション研究だ。死体を求めて流離わなくていいのは大きい。


ダンジョンハートを用いれば、現物だけは手に入るが当然変換にはロスが出る。


血肉を食めばそのまま取り込める魔力の総量を減らす理由もないので、一生懸命研究に取り組んでいるという訳だ。


客分であり、トロルにとっても(一応は)有用な素材を一方的に要求する訳にはいかないと、最近ではほぼ引きこもっているような状態だ。


友人だし、一緒に死線を潜った仲なのだから気にしなくてもいいと思うのだけれど。トロル的には竜であれただの食糧、食べるだけだし。


恐らくレーレ達はあまり魔獣を狩り倒せるほどの戦力を持たないのも影響しているだろうか。


私たちトロルにとっては美味しい今日の晩御飯でも、戦力で見るなら十分な脅威である魔物はそこそここの森に住みついている。


それらは縄張りから基本動くことはないのだが、逆に考えればいつでも狩れる魔力素材であるのだ。


レーレは配下を損耗させてまでそれらに挑もうとはしない。暗黒魔法を最大の武器とするレーレには壁になってくれる前衛が必須であるからだ。


彼女はグール達を率いてはいても、消耗品のように扱ったりはしていない。


似た年頃の女性ばかりであるし、レーレ自身が目覚め、従えだした経緯もまだ本人から語って貰った事はない。


いつか話してくれるだろうと、気長に構えてちょうど良さそうな重めの経歴を背負っているのではないだろうか。


案外見目がいいからとか、なんてことない理由で従えているだけかもしれないが。


「それで。今のところこの身体と、あとは調味料くらいしか作成してないみたいだけれど」


「あ、うん。……意外と変換ロスが大きいみたいでね。それに生成する効率もそんな良くない」


迷宮心臓ダンジョンハートを乳牛のようなものと考えれば分かりやすいだろうか。


幾ら素材エサがあったとしても、無制限に食べて無尽蔵に牛乳を搾りだせるわけがない。


それでも当初の目論見通り、死蔵分の素材は消費できそうなので悪くはないのであるが。


「ぼちぼち熟していって貰うよ。ブラウンも欲しいものがあるか考えといてね」


「砦を立ててからこっち、生活の質はどんどん向上していってるからねぇ。古屋精ボクとしては言うことなしだよ。あ、天蓋付きのベットとかどう? プリンセ」


あれはあれで、落ちてくる埃や虫よけの意味合いもある実用品であるが、わざわざ求める程ではない。


第一、装飾過多のお姫様ベッドに眠るのがトロルわたしとか、どこまでも酷い絵面である。


フリル付きのネグリジェもおまけに付けたらなお悲惨だ。天蓋をめくる王子様が居ても一目でショック死しかねない。


「念願の書斎作ったげるから、お姫様計画はいい加減勘弁してよ。似合わないのは分かってるでしょうに」


活用してくれそうな面々も増えた事だし、一室設えてもいいだろう。羊皮紙や虫瘤インクは独特の匂いもする。


「そんな事ないよ! 実用に耐えられない既存の家具が華奢すぎるだけで、プリンセは誰はばかることないお姫さまじゃないか」


うーん。精霊的視野と、長年の相棒補正の合わせ技かぁ。


確かに、生活スタイルやインテリアに対して世の人々に遠慮する必要などどこにもない。


白い猫足家具とパステルカラーの壁紙に彩られた品の良い部屋に起居する権利は、万人に保証されてしかるべきものだ。


筋肉質な大男だろうと、ハート型のテーブルの上でポエムを書いていても構わないのである。それが己の好みであるならばだ。


「ごめん。そう言うの趣味じゃないから」


「そっか。それじゃ仕方ないね」


所謂、貴族風な内装にしたがるのも古屋精ブラウニーの職業病―――とはまた違うか、本能のようなものなのだろうか。


風格ある館と言えば、確かに重厚な家具は欠かせない。


幾らか客室には手を入れて整えたが、あちらはあくまで個室。別途、団欒のための部屋を考えてみてもいいのだろうか。


現状で最も人が集まる部屋と言えば食堂になる訳だが、ゆっくり語り合うには不向きにもほどがある。


今はまだ必要としてないが、冬に向けて暖炉のある談話室でも設えてみるのもいいだろう。


――と、相変わらずの悪癖だ。


ブラウンと話していたらいつの間にか改築の計画が立っている。


「なに、プリンセ。ボクがどうかした?」


「ううん、やっぱり私とブラウンは似た者同士なんだなって」


まあ、素材変換機ダンジョンハートも手に入り砦に在住する頭数も増えたのだ。


大規模増築に考えがいたるのも可笑しくはないだろう。


改めて、砦の構造を思い返してみる。


当初の目的は、洞窟暮らしからの脱却であったため、出入り口から伸長する形で建物を作りつけた。


今では倉庫として扱っているが、そこから通路が伸びて左右に部屋を振り分け、両端に階段。


一階に各種生活設備と、トロルの居室。二階を王と王妃と私の部屋、客室としている。


外壁沿いに、厩舎兼資材置き場と、揚水水車が付属する。


アプリ―リルは私のすぐ隣の部屋。本人いわく使用人控室であり、レーレ達は客室を使ってもらっている。


ルーザは暫定的に洞窟倉庫で寝起きだ。


二階は、床の強度的に体重の重いトロルが生活の場にするのが恐ろしかったために、そこそこの数を空き部屋にしておいたのでまだ多少は余裕がある。


板壁で仕切っているだけなので、剥がせば簡単に大部屋にもできる。


書斎兼レーレの研究室はここに一室設ける形でいいだろう。


イメージ的にはレーレの工房アトリエだ。内装は好きに弄ってもらうおう。


書斎はそれでいいが、問題は談話室だ。仲間外れを作る理由もないので全員が寛げるくらいの大部屋。


かつ暖炉も設けるともなれば、やはり一階に作りたい。


それに、邪竜の襲撃時に思ったのが外壁の弱さだ。漆喰も塗っていないので火には弱い。


元々、石骨木材で砦を作ったのは資材の調達が早いのと、工作難易度の低さからだ。


最悪崩れて頭の上から木材が降ってこようが、トロルならば平気だろうという大雑把な設計思想で出来ている。


一族のトロル達も、集団での雑魚寝から、個別にベットで眠ることにだいぶ慣れた様子。


部屋の引っ越しもベット事運べば割合スムーズにいく目算がある。


ならば、この辺りで踏み切るべきだろうか。新規の人員と資材を用いた増改築。


砦の三方を石組みの建屋で覆い、防御力と居住性能の両向上を目指す、トロル城塞化計画。


そして今ならば、余剰素材を変換して私の知識にある建材・機材すら用いることができる。


畳張りの大広間から、エアコン付きのプラネタリウムまで作ろうと思えば作れるのだ。


「建築センスの見せ所だよね。腕がならない?」


「ワクワクするのは同意するけどね。プリンセの前世、女子コーセーって言うのは大工の見習いかなんかだったの?」


勿論、多少は珍しいかもしれないが、そこまで特異な趣味という訳でもないと思う。


箱庭ゲームサンドボックスは、根強い人気のジャンルだったし、動物が村づくりするゲームも結構な人気を博していたのだ。


建築基準法も、土地の権利云々もないならば、少しばかり張り切っても致し方ないのではなかろうか。


「君は指導者的な立ち位置に居るけれど、ちゃんと相談はしなよ?」


うん。それは大事だね。きちんと労働計画を練ろう。

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