第36話
「……これが、
台座に安置されている紅い宝玉は、アプリ―リルの握りこぶしよし少し大きい程度のサイズだ。
危険を感じているのか、さっきから明滅が凄い。
命乞いでもしているのかもしれないが、生憎と私たちの中にそれを読み取れる者は居ない。
「アプリ―リル。おろし器を、なければ金ヤスリでもいいかな」
「ふぇ。流石に持って来てないですよぅ。プリンセ様」
む。運のいい奴め。少しだけ寿命が延びたな。
「レーレ、これは引っぺがせばいいの?」
「ああ、それでこの
巻貝の殻のようなものかな。もっともそれで死ぬことなく、また新たに迷宮を作れるというなら羊の毛のようなものかな。
さっさと鷲掴みにして背嚢に放り込む。これで当初の目的さえ無ければ第3階層の塵溜めにでも捨てていくところだ。多少雑な扱いでも文句はないだろう。
「それで、こいつはどうするのだ?」
床に大の字で伸びている
思った以上に頑丈な身体をしていたようで、気絶程度で済んでいる。
ダメージを受けたが故か、それとも本来こちらの姿が自然なのか。今は最初に見た少女の姿に戻っているようだ。
悪さをしないとは口が裂けても言えないし保証も出来ないが、一応生かしておく理由もある。
「連れてくよ。多分伝わるとは思うんだけれど、これと意思疎通が出来なかったら目的にそぐわないし」
素材を出来るだけ有意義に消費するためにここまで苦労したのだ。変な物に生成し直されても困る。
「……あの、プリンセ様。程々にしてあげてくださいね」
目を回している
がっちり手足を縛ってサイレスに担いで貰う。慣れ親しんだ狩りの獲物運搬スタイルだ。安定感が違う。
「さて。ここが最深部というならば―――うむ、台座の裏か」
レーレが見つけたのは、宝箱と魔法陣。踏破報酬と脱出用の転移魔法かな。
「つくづく妙なところで親切な構造だね、ダンジョンって」
「太古の魔術師がどう考えていたのかは知らんが、今を以て冒険者に愛される理由の一端やもしれんな。これには罠もないはずだ」
道中は対処もできないから放置してきたけれど、やはり宝箱を開けるとあらば気分も上がる。期待をせずにはいられない、が。
アプリ―リルがそのまま入りそうな宝箱の蓋を押し開ける。
「―――そうだろうとは思ってたよ」
中身は、確かに記憶を読み取り再現したものなのだろう。思い描いていただろうそのものだ。
蓋を開けたとたんに匂う、重厚な肉の匂い。我が家の
箱いっぱいに詰められた、ハンバーガーがそこにあった。
しかも、おそらくは竜肉仕様。どういった手順で生成されたのかは分からないが、出来立ての様子だ。
サイレスが心なしか満面の笑顔になっているような気がする。表情については気のせいかもしれないが内心はウキウキであることに間違いはないだろう。
これこそまさに、トロルが求める宝に相違ないのだから。
結構大きなサイズであるが、”
「――帰ろうか。無事に帰りつくまでが冒険だよ」
私に冒険者は向いていない。つくづくそれを体感できた一日だった。
葉物野菜とチーズも挟まれ、香辛料もピリリと効いた一品だ。絶品なのが妙に悔しい。
しっかりと時間をかけて入浴し、服も着替えて一息ついた後だ。身体が栄養を欲していた所為もあるだろうが何時になくがっついてしまった。
レーレの、やっぱり此奴もトロルなんだなぁという視線が生温い。
ハンバーガーだけでは足りず、山羊の
しかし、消耗は食べて回復するものだ。これは前世も今世も変わらない真理だろう。
そういう意味では、今のダンジョンハートは蓄えていた栄養を使い果たし、飢えに飢えている状態である訳だが、無暗矢鱈と餌を与えるわけにはいかない。
不良在庫は倉庫に積みあがっているが、ここで
その辺りをきちんと調整して貰うために拾ってきたのだが、はたしてこの
現状、倉庫兼食糧庫の洞窟に運び込み、ハムのようにぎっちり縛って吊るしてある。
足元の床には、レーレが従者に命じて描かせた血の魔法陣が輝き、中央にはエルフの頭蓋骨が虚ろな眼窩を晒している。
似通った文様が、スプリガンの首元を取り巻くように描かれていた。
吊るされたあたりでようやく目を覚ました彼女は、先ほどまで涙目で必死に抵抗していたが従者の人に脹脛に噛みつかれたら大人しくなった。
なんでも
「レーレ。従属の魔法とか使えるの?」
確かそれは神聖魔法の一種だと聞いたような気がする。契約を順守したり、使命を果たすために誓いを立てる際などに用いられる魔法だとか。
「いや。使うのは別の魔法だ。術名を”
エルフの死体を触媒に使うので、大分ねちっこくて執念深い術になるそうだ。
騙し討ちの類もできないというし、一応は安心できるかな。
レーレの紡ぐ、朗々と響く呪文は不思議と聞き入るような魅力がある。
ヴィジュアルは
魔法陣の発光が消え、転写されたように紋様が彼女の首筋に浮かぶ。無事に術が掛かったのを確認して、猿轡を外す。
説明は……正直面倒くさいな。丁寧に接するべき客人と違い、いわば戦場虜囚だ。
「
最低限、前述の仕事だけでも十分なのであるが、折角だから付け加えておく。しっかり働いてもらおう。
「へっ、なんでアタシがそんな事を」
「従えないんだって言うならいいよ。今日のレーレ達の夜食になるけど」
ちなみに脅しではなくただの事実確認だ。今世において捕虜の扱いは全て捕獲した側の胸先三寸である。
「ち、ちっとばかりなら言う事を聞いてやらなくもない」
そっぽを向いてはいるが喉元の紋様は確かに仄かな輝きを放っている。レーレに確認を込めて目線をやると頷いているのでこれでいいらしい。
「それじゃここに居る3人の命令には絶対順守。砦に居るトロル達も出来るだけ世話してあげるように」
「……ちょっと待て。ここは洞窟か何かじゃねぇのか。それに砦? お前みたいなトロルが他に何体も居やがるのか」
うむ。気になるだろうが君に詮索する権利はないのだよ。
おもむろに深紅の宝玉を取り出し手の中で弄ぶ。
「てめぇ。ソイツを雑に扱うんじゃねえ」
怒りと焦燥に燃える紫の瞳が私を睨みつける。
守護者は作り出されるにあたって、
個人として独立した存在ではあるが、ある意味半身のようなものだ。
なお、レーレの術を掛ける段取りを待つ間、色々と試してみたが宝玉との意思疎通は十分に図る事ができた。
あれだけ陰険な罠を張れるのだ。下手な事を仕出かしたらどうなるか、想像力はしっかり働くらしい。
宝玉を抱きしめるにあたって、軽く涙目になっているのは見ないふりをしておいてあげよう。
「って。ああ!? なんかここ削れてんぞ!?」
真球状の
必要な条件を確かめた後はきっちり借りは返しておいたのだ。
悪魔でも見るかのような目で見られる。失礼な。
「分かってると思うけれど、妙な事をしたら今度こそ処分不回避だよ。逃亡しても、呪いを掛けた相手の位置くらいは判るそうだから」
そもそも嘘と騙し討ちを封じられたスプリガンでは、守護者としての任を全うできるかは怪しい。
行く当てもないだろうから、庇護下に収まる他ないのだ。釘も刺したし、当面は目を離すことはないがしっかり労働に勤しんでもらおう。
なにせ、彼女達にはまだ知らせていないが、この砦には
敷地内で不穏な事をすればすぐさま知れる。司る領域においてなら、精霊たちはだいぶ万能なのだ。
「ちきしょうめ……負けたのはアタシらだ。今だけは従ってやるよ御主人サマ―――うがふ!?」
主とも思ってないのに敬称を付けたからかな。ニワトリが絞められたような声が上がった。さすがは
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