第35話

続く第4階層は、標準的スタンダートな迷路状の階層だった。


やたらと毒持ちの蝙蝠や蜥蜴。罠の類も見かけるようになったが、一撃必殺の致命的な物はない。


迷宮ダンジョン側の意図を考えるなら、消耗狙いだろうか。


侵入してすぐの階層は、用いれる資源リソースをぎりぎりまでぶち込んだ必殺の罠。


続く階層は、忌避感を呼んで撤退を促すコンセプトだろう。


上階は、吹っ切れてしまえば突破は難しくはない。この階層も、面倒ではあるが地道に攻略していけば踏破自体は出来るだろう。


だからこそ、次の階層は危険だ。ダンジョンにとって最後の守り。


守護者ガーディアン。そしてその十全に生かせる環境が待っているはず。


ダンジョンは魔力を吸い上げ物質を作り上げる。だが何でもかんでも作れるという訳でもないのだそうだ。


癖とでも言おうか、迷宮ダンジョンには特色コンセプトが出ることが多いという。風の谷や、溶岩火山、水晶の洞窟などが有名だそうだ。


大体は属性の偏りから見て取れる。このダンジョンでいうなら”闇属性”だろう。


ならば、最後に待ち構えているのはその特色を宿した魔物に他ならない。


例として挙げるなら、レーレ達グールをはじめとする不死族アンデットは大抵が闇の属性が強い傾向がある。


強力な個体と言えば、吸血鬼ヴァンパイア首なし騎士デュラハンが考えられる。


魔法をも扱う呪詛屍鬼グールメイジと、蝕屍鬼グールの群れで待ち構えている可能性もあるが、抜かれたら終わりの部屋に、わざわざ戦力を落としてでも数を優先する真似はしないだろう。


そして、単体で強力な闇属性の怪物モンスターとして。


可能性はさほど高くはないが、同族トロルが戦意むき出しで襲ってくる可能性だってある。


群れの仲間ではないが動揺は避けられないし、何よりトロルの強さはよくよく承知している。


以前茶化してブラウンが上位トロルだなんだと言っていたが、私やサイレス、そしてキングを含めても。私たちはただの一般的なトロルでしかない。


愚鈍である。気品もなく誇りなど理解すらしない。


姿形は醜く、食欲旺盛で、とりえと言ったら体力くらい。


だが、古より生きる種族であるのだ。幾らかの偶然や幸運が手助けしたものであろうとも。


普段のじゃれあいなら兎も角、本気で戦うトロルがどこまで強いかなど、身を以て体感などしたくはない。


毒蝙蝠ポイズンバットを棍棒で叩き落とす。


小さな毒矢などは顔さえ庇えば脅威にもならない。


アシッドスライムなど通りすがりに踏みつぶして突き進む。


いっそ病的なほど侵入者を拒むこの迷宮ダンジョンに、いい加減ストレスも溜まってきている。


心配性で臆病な気のある私は、あまり冒険者には向いていないのだろう。空が青いだけで何処までも歩き出せる気性は持ち合わせがないようだ。


棍棒を振るい、残滓を飛ばす。


嫌いな仕事は一息に終わらせるに限る。何が気に入らないのか知らないが、ここの迷宮心臓ダンジョンハートには教育を施してやらねばなるまい。


少々苛烈になるかもしれないが、世のため人のため。


悪辣な対応には、相応の報いがあるものと、思い知らせてくれましょう。




迷路階層は手間を取らされたが、元よりそこまで広大な空間を内包しているわけではない浅い迷宮だ。


無尽の体力を持つトロルに消耗戦とは片腹痛い。


アプリ―リルとレーレ、従者は途中よりサイレスに担いで運ばれたので体力気力共に十分だ。このまま戦闘に入っても問題はないだろう。


「5階層目。レーレの予想だと最終階層だね」


「ああ、ここまで強力な怪物モンスターは居なかった。迎撃のために彷徨ワンダリングさせている迷宮ダンジョンもあるが」


それは――ないだろう。戦闘箇所が限定されるとはいえ、すれ違いの可能性を許容できるような。そんな豪胆さを持つ印象はなかった。


守護者は迷宮心臓ダンジョンハートにべったり張り付かせているだろう。


「道中は楽をさせて貰ったからな、魔力は十分だ。支援は任せてくれ」


「じ、自分も頑張ります!」


アプリ―リルは弓を抱えている。スケルトンが射掛けて来た時の戦利品だ。


ここまで何度か試しにいて貰った所、まずまずの命中率を誇っていた。


威力自体は弱いが、牽制にはなる。それに、遠慮する必要もないのでたっぷり毒を塗らせて貰った。地産地消のエコロジカル仕様である。


「材料には事欠かんかったからな。ほんと性格の悪い迷宮だ」


「それも、これで最後だよ。そうだね、最初は距離を取ってじっくりと―――」


きゃぁあああっ!!


怪物の鳴き声ではない。女性の、それも年若い子供の声だ。


―――助けてっ! お願い、誰かっ!!


必死で、余裕なんて全くない危急を知らせる悲鳴。今すぐ駆け付けなければ手遅れになる、それをまざまざと感じさせる。


ダンジョンの、しかも最奥からなんて。聞こえて来る筈のない声。


「ああ、もう! ほんと性格の悪いっ!!」


「おい、プリンセ!?」


レーレが声を上げるが分かっている。十中八九どころか、99,9%確実に罠だ。


だけれど本当に万が一。何らかの理由で捕らわれた者が居たなら、私たちをおびき出すための罠に仕立てられている可能性もある。


そうであった場合、この悲鳴は本物だ。


見ず知らずの相手だろうと、自分の行いで犠牲が出るのは夢見が悪すぎる。


両開きの大扉。最後の広間へと続く扉を跳ね飛ばす勢いで蹴り開ける。


最後の間だというのに、簡素で飾り気のない。丈夫さだけが取り柄のような武骨な石造りの壁と床。


扉より奥には、高座が設けられ深紅の宝玉。ダンジョンハートが怪しげに輝いている。


ざっと見渡しても、それ以外には何もない。守護者らしき姿も、悲鳴の主も。


「プリンセ、上だっ!」


レーレの声と同時。天井に隠れていたのか、頭上より落下してくる影は小柄な少女。


金髪に紫の瞳を持った華奢な普人族に見えた。


だが、その表情は。馬鹿な獲物が掛かったと嗜虐と愉悦に満ちた悪意に塗れた邪笑イビルスマイル


咄嗟に盾を掲げる。いかに不意打ちだろうと、少女の軽い体重ならば容易く跳ね除けられる筈。


直後、尋常じゃない重さで支える腕が押し込まれる。


驚きに目を見張れば、少女は見る間に姿を転じていく。小柄な少女から、醜悪な笑みを浮かべたまま巨人の姿へと。


偽姿鬼人スプリガン。子供に化けて人を襲う、悪鬼の種族だ。


「ヒャッハアアア!! このまま叩き潰してやん―――あ?」


不意は突かれた。体制は崩れているし、頭上を取られたうえに体格はトロルとも遜色ない。


しかも相手は筋肉質な鬼の姿。相応に、筋力もあれば落下の勢いもある。


押し負けるだろう。私が同程度の体躯の普人族ヒューマンならば。


トロルの姿形は大まかには人と変わらない。二本の足で身体を支え、両手でもって武具を構える。関節の可動域も大差はない。


だが、異なる部分もある。それはもうあからさまな程に、トロルは胴が太く、


すなわち、重心が超低い。


思わぬ不意打ちだったが、短い脚はどっしりと床を踏みしめ直し、全体重を掛けて打ち下ろしてきた偽姿鬼人スプリガンを黒竜の盾に乗せて跳ね除ける!


「ウッガアアアァアアア!!!」


「ぬあぁ!!? ち、畜生!? この馬鹿力め!!」


巨体にもかかわらず、中空で身軽にトンボを切り、身を伏せるように着地する。


ぎらぎらと此方をめ付ける瞳は敵意と戦意に満ちている。


「プ、プリンセ様っ! 大丈夫ですか!?」


「うん、平気。ちょっと驚いたけれど。……みんなは下がっててよ」


あらためて盾と棍棒を構え直す。伏兵の気配はない。


こいつが、この迷宮の守護者ボスだ。


「おいおいおい、何だよお前。トロル―――だよな?」


「小さな女の子にでも見えてるのかな。偽姿鬼人スプリガン


実際私は3~4歳って所なので間違っては無いのだが。


トロルの成人年齢っていつなのだろう。


「へっ、いいや。どっからどう見ても薄汚ねぇトロルそのものだ」


やかましい。君んとこの迷宮ダンジョンの所為だろう。普段は身綺麗にしとるわ。


「まぁ、奇襲は失敗したけどよ。アタシぁ正面からっても強ぇぜ。後悔し「”不動うごけず”」――お」


「”不具あたわず””不喋しゃべれず””不見みえず””不聞きこえず”」


うわぁ、レーレ容赦ない。そう、下がっててとは言ったものの手を出すななんて指示した覚えもない。


温存した魔力をふんだんに使い、丹念に呪を紡いで掛けた術だ。そうそう跳ね除けることも出来まい。


「まさか卑怯だなんて言わないよね。演技までして不意打ちして来たのに」


「プリンセ。もう聞こえとらんぞ此奴は」


棒立ちでだらんと腕を下げ、喋る事も出来ない。だが、意志あるものに掛ける魔法は特別な方法を用いぬ限り長続きはしない。


数分もすれば解けるだろう。だが、戦場の数分は永遠とほぼ同じ意味を持っている。


なにせ、棍棒を大きく振りかぶりフルスイングするのに要する時間は3秒もあれば十分であるがゆえ。


頭蓋が破裂しないで済んだのは彼女?にとって、僥倖だったのではないだろうか。多分。

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