第33話
冒険者という職業がある。
野に山に、海に人の手の入った街道まで。城壁に囲まれた場所を除く、あらゆる所に人を襲う魔物は蔓延っている。
時に護衛として、また時には魔物そのものを求めて。
人成らざるものを相手取り、武器を振るい。糧を得るために放浪する。
そんなある意味自由な彼らを魅了してやまないもの、それが
今回、私たちが直面したように。たとえ素材や資源を得たとしても、それが必ずしも収入につながるかと言えば分からない。運次第なのである。
需要と供給は必ずしも一定ではない。また、難易度と価値が比例するとも限らないのだ。
苦労して得た素材が、二束三文にしかならなかったなど、冒険者たちのたまり場である酒場では挨拶代わりに聞くような話である。
ならば、
こちらもまた博打要素は強い。
己のみの程を弁えぬ者が、あえなく屍を晒すこともままある事である。
だが、難易度が高ければ高い程、配される宝箱には高価な品々が入っているのだ。
金銀宝石を基本として、魔剣や
ある程度挑戦者の思念を読み取るのか、少なくとも無価値な物が入っていることはまずない。
それが、太古の昔に植え付けられた奉仕の本能なのか。それとも侵入者をおびき寄せるための悪辣な罠なのか。
研究者すら魅了する、
そして今、未知へ挑まんとする新たなる冒険者たちの姿があった。
隊員その1、アプリ―リル。役職はポーターだ。一行の中ではマスコットを担当する。
「
隊員その2、
「……。」
隊員その3、
「未踏破ダンジョンだからな。どんな仕様か入ってみない事には一切分らんな」
隊員その4、私ことプリンセだ。前衛を担当するぞ。素人でも扱いやすい棍棒と、急ごしらえの黒竜の鱗盾を担いでの参戦だ。
「ねぇ、レーレ。不安しかないけれどほんとに大丈夫なの」
素人集団で迷宮攻略とかはっきり言って無謀ではないだろうか。
「心配するな。仕様はそれぞれではあるが、ダンジョンにはいくつか共通する特徴がある。その一つが、浅層にはそこまで脅威になるものはないという事だ」
基本的に
「深さの足りない迷宮であれば、それこそ魔力不足で碌な防衛機構もない。このダンジョンがどのくらい深いかは分からないが、徐々に慣らしていって厳しいようなら出直せばいいからな」
なるほど。引き際さえ過わなければ、いきなり絶体絶命の状況に追い込まれたりはしないのか。
「それに入り口を見ただけでもわかるだろう。ぎりぎり遺跡風の体は成していても、装飾もなく全体的にしょぼ……質素な様式だ」
たいして深いダンジョンではないのだろうとあたりがついたらしい。
何日も籠れば両親も心配するだろうし、私たちの目的は宝物ではなくダンジョンハートそのものだ。浅層で目的が達成できるならありがたい。
「なら、早速挑戦してみようか? 隊列とか考えた方がいいかな」
「ふむ、前と後をトロルの二人で挟んで間に我らで良いだろう。判断力のあるプリンセが前衛だな」
最前列で敵と殴り合う姫とはなんぞやと疑問に思ったが、そういえば意外と該当するフィクションキャラも居たかなと納得する。
王族とは即ち民の先頭に立って闘う者也。高貴さは暴力によって裏打ちされているものなのだ。
そんな益体もない事など考えながら。多少緊張して入り口をくぐると、はっきりと分かる程に空気が変わる。
外は湿地由来の高い湿度と草木の匂いで満ちていた。けれど、
気温も湿度も、おそらくは一定なのだろう。前世で長らくお世話になった、病院の雰囲気に少し似ている。
音も出入り口で遮られるのか、煩いほど聞こえていたカエルの鳴き声もこの中では聞こえない。
快適な筈なのに不自然で、あまり長居したくはない空間。それが
「なるほど、こんな感じか」
「別世界って感じですね。ちょっと違和感がありますけれど」
サイレスは、特に変化もない。何か感じているのかもしれないが、動きは変わらないので別段問題はないだろう。
内部は灰色の石材っぽい材質で構成されているようで、天井は全体がぼんやりと淡めの光を放っている。
通路幅は広く、たとえ4人で横並びになっても十分身動きできそうだ。
私たち以外に動くものはなく、目につくものと言えば通路のど真ん中に置かれている逆さ籠のようなものくらい。
紐が繋がれた棒で支えられており、その下にはパンに見える茶色い塊が置かれている。
「ねえ、レーレ。あれってまさかとは思うけれど」
いくら何でもあれが迷宮の
隠すつもりもないのか、通路のど真ん中にでんと設置されているのだが。
「……あくまで伝聞でしか聞いた事がないが、浅層なら罠も致命的なものはないと聞く」
つまり、あれは本当に罠なのか。
ここの
最低限、素材吸収と変換の能力があればそれで良いのであるが。
どうにも残念な気配がひしひしと漂う。
「難易度が低そうで良かったと安堵するよりもなにも。気が抜けるね」
寄って見ても、雑な作りの籠落としにしか見えない。しかもサイズも小さめなので、どうやったって人が掛かる筈もない。
ぐきゅるるると、腹の虫が鳴り響く。サイレスだ。本人よりよっぽど雄弁である。
近くに来て気付いたが、パンは焼きたてのようで良い匂いがする。
「自分たちが来てから用意したんでしょうか?」
「だろうな。ダンジョンはある程度侵入者の思考を読み取る。必要としないものを罠にしても食いつかないからな」
それでもこれはあんまりではなかろうか。ぐるぐると、サイレスの腹も煩いしパンに手を伸ばす。
床に直置きではなく、きちんと木板を敷いているところがまた残念感が漂っている。
持ち上げると、かちりとどこかで音が鳴る。横合いから手を伸ばしてパンを拾い上げたので、籠が落ちようが何だろうが問題はないのだが。
突如、迷宮の床が抜けた。
――うぉわ!? な、何が起こったの!?
「グォアアアアァ!?」
「きゃああぁ!?」
「ふぉぁっ!? め、目が回る!?」
おおぅ、サイレスの声をはじめてまともに聞いた気がする!
それに声からすると全員が見事に巻き込まれているようだ。
確かに罠は致命的なものではないようで、抜けた床の先はスロープ状になっている。落とし穴だが、怪我を誘発する可能性は低いだろう。
けれど、ここまで性質が悪いとは。
恐らく見た目で侮って蹴飛ばすなりなんなりしても発動するのだろう。冒険者の油断を突いた、悪辣な罠である。
恐らく終着点も碌なものじゃない。流石に剣山や奈落の底といった致命なものはないのだろうが。
転がる視界の果てに、光を反射するものが見えた。―――あれは、まずい!
「従者の人、アプリ―リル、
スロープを転がり落ちる私たちは、みな一様に水底へと叩きこまれた。
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