第32話

「プリンセ様、すっごい固いですよ。これ」


アプリ―リルが指先で軽く叩けば、かなり目の詰まった音がする。下手すれば金属音にすら近しいが、いったい何を食べればこんな硬質な鱗が生えてくるのだろうか。


鱗を剥がした後の皮革部分も強靭で、しかもその下には筋肉がしっかりと詰まっている。


進化の過程で、生き物は最適な形状へと自ずと近づくものであるそうだが、よく出来ている。


並大抵の衝撃では、中身の重要器官にダメージを与える事は難しい構造だ。


キングは頭部に生えた角を真横から思い切り殴り飛ばして、脳震盪で落としたようだ。


分かっててやったのか、単なる幸運かは悩ましい所であるが、あの光の槍の魔法を除けば有効打になる部分は確かにそこくらいしかないだろう。


折れた角や、骨の類も素材として確保したが正直持て余すほどである。それこそ鱗を使い切るなら、屋根瓦として葺き替えられるくらいある。


「それで、我らも含めて相談事とはこの素材の使い道か?」


「うん。私は加工、特に魔法品マジックアイテムの類の知識はほとんど無いからね」


まずはアプリ―リルに長耳族エルフの村ではこういう時はどうしていたかを聞いてみる。


「……そうですね。里では、削って弓や鏃、槍の穂先なんかでしょうか。一部は油で煮立てて皮鎧に仕立てたりとかしてたみたいです」


そういった場所にはあまり近寄らせてもらえなくて。お役に立てず、すみませんと小さくなる。


クマやイノシシを仕留めた時と基本は一緒か。しかし、思ってたよりエルフの里の文明水準レベルが低いような。


伝統が大好きで、内へ内へと籠る気質の彼らにとって魔道具開発はハードルが高いのだろうか。


「死蔵はよろしくないな。生物由来の素材は劣化しやすい。一日二日でどうにかなるようなものでもないうえ、保存の魔法は掛けたが。それでもある程度加工しておかねば、朽ち逝くに任せるままになるぞ」


レーレは自身も魔法品マジックアイテムを作れるからか、希少さと品質に言及する。


「協力は吝かではない。手間賃でも貰えればうれしいがね」


曲がりなりにも一族の長。ちゃっかりしている。


ならばある程度は任せることになるだろう。使用期限の長い魔法鞄マジックバッグは、数があって困るものではない。


特に蝕屍鬼グール達が活動するのに必要な、魔力を含んだ血液の水薬ポーションはレーレにとっては優先したい所だろう。


「行商人の、イグニさんに職人を紹介して貰うとかどうでしょう?」


なるほど。イグニは短躯族ドワーフだ。地元に帰れば専業にしている職人の5人や10人は心当たりがある筈。


手間賃はそれこそレーレと同じ、素材の一部で賄えばいい。


形としてはほぼ丸投げになってしまうだろうが、それこそ無駄にするよりよっぽどいいか。


それでも最低限、方向性くらいは示さねばなるまい。


「とりあえず、あまり武器とかに加工する気はないんだ。争いの火種になるのも気が咎めるし、そもそも武器を溜め込んでも使いようがない」


槍の魔法や、柱を武器として扱っていたから、案外キングならば武器を扱うことも出来るかもしれない。


だが、他の一般的なトロルには大分厳しい。使えても棍棒のような鈍器が精々だろう。


それも訓練せねば、会敵したと同時におもむろに棍棒を投げ捨て、敵に対して徒手空拳で挑むという何のために武器を持たせているのか分からない行動をとりかねない。


「ならば鎧か? だが、あれは個々人に合わせてサイズ調整が要るからな」


先だって硬革ハードレザーで補強した上着を、ようやく受け入れさせたところである。


時にパンツすら履き忘れる我が家の精鋭トロルどもに、扱えようはずもない。


「盾も無理だよ。基本的にトロルは、それを身に着けたまま日常生活を送れるものじゃないとダメだと思ってくれていい」


「むぅ。意外と条件が厳しいな」


有事に際して武器を持ち出すなどという賢い行いは、類稀なる一部のトロルしか為しえないスゴ技なのだ。


頭を悩ませているレーレ。そしてそれを支えるグールは、何を言うでもなく微動だにせず立ち尽くしている。


彼女達ならば、甲冑フルプレート方形楯ヒターシールドなども使い熟せるのだろう。


重装蝕屍鬼グールメイド部隊とか、凄く惹かれるものがあるので一部は仕立ててもらう事にしよう。格好いい。


「グール達は弓は扱えるの?」


「いや。細かい狙いがつけられない。クロスボウならいけるが……。まて、それだと我らばかりが恩恵を受けることにならないか」


レーレは難色を示すが、そもそもトロルには扱えないので仕方がない。


アプリ―リルは戦闘に向いていないし、私も武器の心得がないのだ。使えて棍棒を振り回す程度である。


「武装以外だと何かないかな。家具とか?」


「プリンセ様。骨で出来た椅子やタンスはちょっとどうかと……」


含まれる魔力も相まって、威圧感しかない上に加工しにくいのでガタガタしそうである。


「貴族の屋敷では皮革を絨毯代わりにするという話は聞いた事があるが、基本毛皮だろうしな」


鱗を削いだ後の竜皮は、一定間隔で穴が空いているため大判での使用には不向きである。


「城門に頭骨でも掲げるか? 勇者の討ち取りし邪竜の首なりとでも銘打って」


「折角のお客が逃げるよ。それにその装飾はどちらかというと魔王風じゃないかな」


そもそも観光名所でもない上、威圧感は過剰気味だ。夢の国のお城とまではいわないが、もう少し花でも植えるべきだろうか。頭骨ではなく。


「……いっそ、不用素材をひと纏めにしてドラゴンゾンビにでもしてしまうか?」


「できるの? いや、配下の人たちはレーレが呼び起したんだろうけど」


夜な夜な火を焚き、呪を唱え。3ヶ月ほど儀式を行えば制御不能ながらも可能であるとの事。


生きとし生ける者たちを感知するや否や襲い掛かる、不死族アンデットだ。


どう考えても持て余す以外の未来が見えない。周辺一帯を荒らしまわるくらいにしか使い道がなさそうなものまで提案せずとも良かろうに、律儀な死人ひとだ。


単純に売り払っても、それが巡り巡ってトロル砦うちに向かってくる可能性も否めない。


竜退治は、金山を掘り当てるに等しいと宣った偉人が居たというが、トロルにとっては不良債権以外の何物でもないらしい。


「考えれば考えるほど扱いに困るね。いっそ、レーレ。全部食べちゃえない?」


「無茶言うな。我ら普段腐肉を漁っているのだぞ。そこまで強靭な顎をしとらん」


使用用途が狭く、無策で流通に乗せるのも駄目とあらば、新たな使い道を見出す以外ないのだが中々に難しい。


「……ようは魔力の籠った素材、なんですよね。使い勝手が悪いというだけで」


「そうだね。これが宝石だとか香料なんかの武器になりえないものだったら、他所に流せばそれでいいんだよ」


ふむ、と何か思い当たる節があったのかレーレが口を開く。


「巷には迷宮ダンジョンというものがある。一見魔物の巣か、太古の遺跡のような風情であるが内部は魔力によって拡張された異空間だ」


「この迷宮ダンジョンの最奥に必ずあるのが、迷宮心臓ダンジョンハートと呼ばれる赤い結晶体だ。これには、魔力を用いて物質を変換する力があるとされている。実際内部には宝物があらわれるからな」


ゲームなんかだとよくある情景だけれど、こちらの世界にも似たような物があるんだね。


「恐らく、元々は古代の人類が魔力を有効活用しようと作り出した合成獣キメラの類なのだろう。都合よく調整がつくかどうかは未知数だが、素材を取り込ませれば変換も適うのではないかな」


「確かに、それなら処分もできるだろうけど」


話を聞くだけでも有用な施設になりうる。国や種族で囲い込んでいてもおかしくはない。


実際、レーレも実物を見たわけではなさそうな口ぶりである。


「実現不可能なことを態々あげつらったりはしないさ。ここに来る途中、湿原の中でそれらしき入り口を見つけている」


恐らく未踏破の迷宮ダンジョンだ、と。難問の答えを見いだせたかのように、レーレは満足そうに笑みを浮かべた。

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