第29話
「ゴルゴーンまで飼ってるのか、この砦は」
内装や寝台にひとしきり感嘆の声を上げ、風呂と上下水道に関しては王侯貴族かと呆れるほどだった。
その割にちゃっかり全員身綺麗にして、この際だと髪も衣類も整え直したのは流石、長を張るだけはある。
ハサミや針の借り賃として、幾つかの皮袋に”
定着させるために、自身の血と長大なる詠唱儀式が必要であったようだが、その成果には目を見張る。
いくらでも物の入る袋。この世界にはないか、あっても非常に希少だと考えていた
あくまで入るだけで重さは変わらないし、魔法は1年ほどで切れてしまうのだそうだが、狩りの獲物を運ぶのにこれほど役に立つものもない。
行商人なら全財産を叩いてでも欲しがるだろう。活用できるなら流通に革命が起きる。
悪魔に魂を売る。という妙に商業的な慣用句は、ここらから取られたのではないかと邪推してしまう。
「おはよう、レーレ。昨日も思ったけれど、見違えたね」
元々綺麗な瞳の美少女だとは感じていたが、豊富に湯を使い丁寧に梳られたゆるくウェーブの掛かった銀髪は輝かんばかりだった。
同様に、銀盆を掲げる配下たちも表情は死んでいるが、各々清潔感のある美人に変貌を遂げている。
世話になる以上多少の役には立たんとなと、揃いの黒いワンピースに白いエプロンをつけさせて働かせているものだから無暗にメイドっぽくなった。
「ゴルゴーンって、マーベラス号の事かな」
今日ももしゃもしゃと、アプリ―リルが手ずから採取したリンゴを貪る、火吹きカバこと我が家の騎乗獣である。
「その表皮に鉄を纏い、鼻息にて罪人を炙る地獄の魔獣と言われている」
流浪人や、冒険者の間ではだがと付け加える。
アプリ―リルは里育ちだし、ブラウンも街人の常識についてなら兎も角、魔物に関しての見識はそれほど深くない。
そう危険な生き物とは思わず飼育しているのだが、旅人たちにとっては十分脅威度の高いものなのだろうか。
「火の魔石が取れるからな。欲をかいた愚か者が挑んで返り討ちにされるまでがワンセットだ」
見た目は愛嬌があるから、侮られるのだろう。
未だマーベラス号が全力で走っているところを見たことはないが、秘めたるポテンシャルは大きいと見た。
「牛馬の世話くらいなら経験があるが、流石に魔獣は勝手が判らんな」
難しい顔で餌を食むマーベラス号を見やるレーレ。手を動かすのは盆を支える従者がやるのだろうけれど。
「お客さんなんだし、多少ゆったり寛いでくれても問題ないよ?」
むしろ恐縮してしまう。招いた端から労働を強いる山賊の類になった覚えはないのだ。
「そうはいかん。思っていた以上に上等な部屋に、布類まで提供して貰っている。それに種族的な理由もある」
はて。
「我らと、ただの死体の差はな。動くか動かないか、突き詰めて言うとこれだけなんだ」
あまり動かないでいると、関節が固まって動かせなくなるのだという。
なので無為に動き回るよりは、仕事があった方がいいのか。
「あれ? それじゃベットとか使わないの」
「睡眠はとらないが、身体を解すのに使わせて貰っているよ」
入浴施設にレーレが大興奮していたのにもきちんと理由があったんだね。
「意外な事で、見識が広がるね」
「だからこそ、異種族との交流には価値があるのだろうさ」
「今、母とアプリ―リルが朝食にアップルパイを焼いてるからさ。良かったらどう?」
見た目、首しかないレーレは飲み食いできるのだろうか。また、
魔力と思しき不思議な力で動いているのだろうが、
「なるほど。喜んで御相伴に預かろう。身体を動かす活力にはならないが、飲食自体は出来るのだよ」
健啖なる君たちの食事を奪うのは本意ではないので、味見程度にさせて頂く。と、気遣いも見せてくれる。
「味も、温度も。かな?」
「ああ、勿論。ただし、普人族を基準にすると幾分鈍いようだな」
ならば、比較的はっきりした味付けのものが種族的には好みに合うのだろうか。
どろっどろの甘いジュースや、サイケデリックなケーキなんかがハロウィンでは世に溢れていたけれどあんな感じで。
あとは、辛みとか?
そういえば、この辺では香辛料になりそうな植物はあまり見かけない。
いけない、下手に連想していたら無性に辛いものが食べたくなってきてしまう。
今度、イグニかウィンディアが来た時に頼んでみよう。唐辛子とか意外と簡単に育つらしいけれど。
「見た目以上に世に慣れてる感じだけれど、レーレって幾つなの」
マーベラス号の世話を切り上げ、食堂へと向かいがてらふと頭に浮かんだ問いかけだ。
魔法すら扱う上位種族は賢くなる傾向があるとはいえ、10年少々ではこれほど思慮深くはならないだろう。
「さて、なぁ。エルフより長生きだとは言わないが、普通人族の平均よりは長く生きてるさ」
結構なおばあちゃんであるらしい。
人族と言われる、
地域密着型の、
「そんな我らではあるが、君ほど奇妙なトロルは初めて見たよプリンセ。亜種という訳でもないんだろう?」
トロルの場合、闇の属性がメインなので相反する属性。名前を付けるならライトトロルがそれにあたる。
その存在を伝聞ですら聞いた事はないが、私の推測が確かであるなら、知力と敏捷性と容姿に恵まれたトロルになる筈である。
下手すれば同族とすら思われてないのが情報のない原因ではないだろうか。見た目差別いくない。
なお、
これもまた推測になるのだが、生命力を司るのが闇属性であるため、それを含まない亜種は単純に死産になってしまうのだろう。
エルフとトロルだけの特権であるが、外れ者が生き辛いのは世の理でもある。
「まぁね。レーレは魂の循環に関してはどう考えてる?」
この世界で、生き物は死ぬと神の御許に。もしくは悪魔の懐に納められるという。
そして生まれる際は神々の祝福があるとも。
つまり神の御許と行き来を繰り返す魂を、横から掠め取って総数を減らしているのが悪魔だともいえる。
そして、生き物の絶対量は一定ではない。魂の質や大きさに関しても実際に計ったものはないだろう。
生前の記憶と姿を保ったまま、魂と魔力だけで彷徨う死人だ。
私に起こった事象。知識を持ったまま転生することに関する是非を聞いてみたいところだったのだ。
「……なるほど。生前、いや前の生か。以前は別の種族だったというのか。そしてそれを覚えていると」
思えば不思議な縁だ。前世においては物語の中にしかないような種族として生まれ、死んでいるのに死んでいない
出会った際より妙に感じた親近感は、一度死を経験しているという部分で似通った雰囲気を感じたせいかもしれない。
「ヒントは出したけどよく分かったね」
「伊達に長生きしているわけではないさ。こんな
声を震わせて笑う彼女は
「グガォゥオオオオッ!!」
咆哮も聞こえる。どうやらアップルパイの美味さに興奮状態になった父が、追加を求めてテーブルの上に飛び乗ったらしい。
下手にレーレ達に給仕の知識があったのがまずかったのだろう。
私と対話して、油断していたのか。たとえ、衣服をまとい日常的に身を清め、屋根のある場所で起居しようとも。
トロルにテーブルマナーが通用する訳がないのだ。
「ちょっと待っててね。すぐにレーレの分も準備するから」
額に汗して引き気味な客人に一声かけ、最近新設した武器ラックより太い棍棒を手に取る。
毎度毎度殴り飛ばすのも手間になって来て設けた設備である。
使用頻度は週に2~3回といった所である。他の者が発起となることもあるが、使用対象者は父が最多だ。
レーレと共に優雅な朝食を摂ることが叶ったのは、棍棒を2本へし折った後だった。
トロルの頭蓋骨は頑丈すぎる。
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