第28話
「ぐふふふふふ」
ご満悦な笑い声をあげるのは、我が一族の最強戦力。当然ながら乱闘で役目を奪い合うなら敵う者が居る筈もなかった
彼が上機嫌な理由はひきこもりがちな娘との触れ合い、それだけではない。
のしのしと私の隣を歩くのは、
彼女もいい機会と捉えたのか、なみいる男共をちぎっては投げちぎっては投げ、見事同行者の役目を勝ち得たのだ。
男女の差はあまりないトロルとはいえ、無双っぷりはさすがの貫禄。横綱相撲を見ているかのようであった。
よって、姫が他種族より襲撃を受けた現場に赴く護衛はトロルの王と王妃である。
何か激しく間違っている気がしないでもないが、強いものがリーダーになるトロルである以上、安全を考えるならこれ以上ない。
実の娘の保護者であると見れば、ある意味自然な形なのだろうか。
父も母も、おそらく気分は完全に一家団欒のピクニックである。ブラウンなど妙な気を回して弁当を用意してくれた。
バケットサンドだが、トロルサイズ3人前なので中々迫力のある仕上がりだった。
一仕事終えたら、どっかの開けた場所で食べようなどと考えている私も相当危機感が抜けているが、仕方のない部分もある。
実物の竜はまだ見た事はないが、そう思えて仕方のない魔法だったのだ。
キングは、2+3の答えを出す事は至難の業であろうが、私たちに向ける愛情を疑ったことはない。
そして先の戦いで、その強さも改めてちゃんと理解できた気がする。
おおよその危機には、
そう思えば、まさに遠足気分でも浮かれすぎには当たるまい。
「グオ?」
さっさと野暮用は済ませてしまおうと目論んでいたのだが、現場の手前で父が何かに気づいたように顔をあげる。
まさか、早速
昨日今日である。流石に様子見をするにも早すぎると思うのだが。
警戒しつつ、襲撃現場を伺えば、あからさまな血生臭さ。
獣ではありえず。前肢を用いた捕食活動は、人らしくあろうというのにどこまで行っても冒涜的だ。
離れていても腐臭が己の元まで漂ってきそうな彼奴らは、
暗黒魔法を使う者の先兵として使役されることもあるが、戦場や古い墓地などにふらりと訪れては遺骸を荒らしてゆく。
湿地帯を抜けてきたのだろうか。足元を泥に汚したまま、埋めていた
獣などには荒らされない程度に深く埋めたはずだが、流石に鼻が利くようだ。
私たちに気づいたのか、緩慢な動作で顔を向ける
この凄惨な場において不釣り合いなほど磨かれた銀盆。その上に鎮座するのは少女の生首であった。
白皙の美貌と言って差し支えないかんばせに、白銀の髪が彩る。
生首でありながら、いっそ傲岸不遜を感じさせるように辺りを睥睨する瞳は鮮血のような赤であった。
「……ふん。トロルか。貴様らの餌場か食糧庫であったか?」
こんな所に
「妙に小奇麗格好をしているな……まぁいい。適当に魔法の2~3発でも放ってやれば驚いて逃げてゆくだろう」
応える声は無いというのに。おそらくはグールの長か何かなのだろう、彼女は割とお喋りな性質のようだ。
だがまぁ、まがりなりにも言葉を投げかけてきたのだ。返さねば礼に
「いやぁ、止めといたほうがいいと思うよ? 下手なことすると、串刺しだからね」
それはもうおでんよりも豪快に貫いてくれること疑いなしだ。先だってまざまざとその光景を目の当たりにしたばかりである。
「―――――は?」
目をまんまるに見開いて、信じられないものを見るかのように視線を投げかけてくる生首の少女。
わりと一般的なトロルであっても単語で話すくらいは出来るのだ。そこまで驚くことも、まぁあるか。
「それと、私たちはエルフを食べないよ。身内にも居るしね」
まだ、驚きに思考が追い付かないのか生返事を返す彼女に向けて手を差し出してみる。
友好とは、まず一歩歩み寄ることから始まるものだ。
「私の名は、プリンセ。この人たちの娘にして、一族の知恵袋をやらせてもらってるよ」
「…………斯様な
ヒュィ、と短く口笛。今の今まで死体を漁っていた
「あらためて貴殿の名乗りに応えよう。我が名はレーレ・アポステル、
こ奴等は配下どもだ、と小さく二度口笛。並んだ8体の
関節が固いのか、ぎくしゃくとした動作は多少ぎこちなくあれど見事なものだ。
「ご丁寧にどうも。レーレ、おおよそ推測はつくけれど」
「……お察しの通りよ。我らグールは腐肉漁り。食うものが無ければ立ちゆかぬ」
やはり湿地帯を越えて流れて来たばかりか。
大型動物の、それも人を含む死肉を食らうとなれば一所に留まるのは難しい。
廃村や、山奥の修道院などを転々と回るキャラバンのような生活をしているのだろう。
今回、
「ふむ。このエルフ共を埋めたのはさては貴殿らで間違いは無かろうが、対して義理もないな?」
埋葬の仕方でその辺りも分かるものなのだろうか。流石は死体漁りのプロフェッショナル。
「差し支えなければ、暫くの滞在を許しては貰えぬだろうか。普段はまぁ許可など取らぬが」
貴殿らの成果を掠め取るようではあるが、どうせ処分に困る程度のものだろう。と。
ううん、自分の発言と戸惑うこちら側陣営を見て楽しんでいるな?
確かにわざわざ許可を取って死体を食らう
だが、
折角埋めてた死体を引っ張り出されるのには、多少思う所もないではないが、所詮はその程度と言ってしまえることなのだ。
「なら、よければ客人として案内するよ? 軒先と水場くらいは提供できるけれど」
意外と話の通じるレーレと、もう少し話してみたいという欲もある。
「普通なら、誘い込んでの火攻めなり警戒するところだな」
警戒の言葉を発するも表情は不敵で挑戦的だ。こちらも応えるようににやりと笑う。
外れ者として一般的には排斥される者同士である。ゆえにこそ、一時的でも互いに手をとれる余地がある。
置いてきぼりになっている父と母には悪いが、滅多とない客人として歓迎をさせて貰う事にしよう。
まだいくらか言葉を交わした程度であるが、それでも見えてくるものはある。
悪ぶってはいるが、レーレ達からは悪意を感じられない。
食性が故に忌まれているが、性根のところが善良なのだろう。お馬鹿ゆえに
それに、驚きに目を見開くレーレの年齢が幾つなのかは分からないが、だいぶ可愛らしかった。
砦と生活設備を見て、ぜひとも驚嘆して欲しい。中々に苦労したのだ。
立て札を打ち込み、弁当を齧る。
レーレ達も、掘り起こした
「我らはこれで意外と小食でな。一度腹が満ちれば、ひと月程度は食わずに済む」
ならば何故、死体を担ぐのかと言えば保存食という事だろう。
立て札により、
「流石にひと月もあったら溶けて無くなっちゃわない?」
腐肉食らいと揶揄される
あと、流石に匂いが凄いことになりそうだ。
「心配には及ばん。我らが流浪できている理由でもあるが、折角だ。見せてやろう」
死体を担いだ配下の前に、レーレを運ぶ
『いと悍ましき蠅の女王。銀月従えし汝が御名を以て、我らが糧に
詠唱と共に鬼火を思わせる青白い燐光が湧いて出で、死体に沁み込んでゆく。
精霊でも、神でもない。力ある邪なる者と契約を結び、世の理を覆す
「暗黒魔法……。初めて見たよ」
「そうであろうな。人里で大っぴらに使おうものなら良くて火あぶりに晒されるものだ」
レーレ達にとっては今更すぎる枷であるけれど、それだけ悪魔に力を借りる行為は忌まれている。
対価はそれぞれ異なるが、一様に使用者に不幸をもたらし、時として周りを巻き込む災禍となるからだ。
「レーレは誰と契約したのか、聞いても?」
暗黒魔法使いだからといって、身体に目立つ刻印などが出るわけでもない。
証立てる物もなく、誰に仕えるかなど自己申告に過ぎないために、使用者は大抵一律で追われる立場となるのだ。
「ベルセルフ閣下だな。対価として、妊娠機能の喪失。それはわたしの傍に居るかぎり、周囲にも影響を及ぼす」
レーレは、移動にすら配下の手を借りる。どう見ても銀盆の上に乗る生首でしかない。
しかも率いるのは
「つまり、実質無料って事かな」
「うら若き乙女にとってこれほど苛酷な仕打ちもないが、閣下は公正だ。流した涙に見合うだけの幸を施してくれるぞ」
とんだ詐欺師も居たものだ。だが、悪魔との契約も神々と同じく。行いによって見込まれたればこそ、契約を結ぶとされている。
愛情深い性質なんだろう。悪魔は公正であり、同時に酷く冷酷なのだ。
「まぁ、これで屍はもはや腐ることはない。世話になる、いと賢き姫君。プリンセよ」
下げようにも頭しかないのだが、レーレは律儀にも目礼を行う。
同様に、父と母にも挨拶を行った。世話になるとの言葉を添えて。
「プリンセ……なかま、ふえた?」
「ううん、お客さんだね。しばらく泊まっていくよ。レーレは、友達」
なりゆきの外に居た
「プリンセの、ともだち! おで、おで。かんげいする!」
両手を大きく広げ、全身で喜びをあらわにする父。母も隣で実に嬉しそうにぐふぐふ笑っている。
そんな、娘に友達が出来るのが有頂天になるほど嬉しいとか。横で面白そうに笑みを浮かべるレーレの視線が居たたまれない。
反面、配下であるという
レーレの命令には忠実に従うし、短い唸り声くらいは出せるのだが。動作は緩慢で、表情もほぼ動かない。
どことなく
死んだ目をして黙々と死体を運ぶ様は、気の弱いものならずとも悲鳴を上げたくなる不気味さだ。
砦から離れれば、樹影も濃いので仄暗く。より一層ホラーテイストは増している。
銀盆に載るレーレもまた猟奇的な印象を強くしていた。
しかし、そんな彼女らを先導する
そうだろうとほとんど確信していたけれど。トロルは動く屍であろうと、忌避感を覚えないようだ。
あいかわらず、底抜けの器をもつ種族である。いい意味でも悪い意味でも、
「ここ、帰らずの森に住まうのは
「そう? 意外と植生豊かだよ、この森」
狩猟・採取の生活で、安定的にトロルが暮らせる豊かな森である。
樹々を切り開いて開拓するのは労力が掛かるが、普人族でもある程度の人数を集めれば十分開拓できるのではないだろうか。
人の行き来はないし、外貨を稼ぐのは少し厳しいだろうが砂漠や高地ほど生き辛い環境ではない。
「豊か過ぎて獣害が酷いとか、排他的な
それでも丁半博打程度に失敗するのが開拓だそうだ。レーレ達はそういった村々を巡って来たのだという。
「魂を喰らう暗黒邪竜、クリシュヴァインのねぐらが近くにある。ここを避けるようにしてエルフの里も周囲には幾つかあるが、仲はあまり良くないと聞く」
空白地帯を縫うようにして行き来するつもりだったようだ。諍いの多い辺境は彼女たちにとってビュッフェのようなものだろう。
「故に、住処があると聞いて身を寄せる事に賛同したのだ。不必要に竜の尾を踏みたくないからな」
なるほど。レーレは隠れ里のようなものを想定しているのだろう。谷底や地下空洞などを利用した、世を憚る生活拠点だ。
「……時に、その邪竜とやらはここ最近の目撃情報はあるの?」
「いや。3年くらいは目撃情報はない。竜には活動期と休眠期があると聞くから恐らくはそれだろう」
だといいけれど。
異界より勇者召喚して死闘の果てに討ち果たすような大物が、さっくりトロルの晩御飯になっていたかもしれない事情は、頭の片隅にでも除けておけばいいだろう。
仮に今更休眠から目覚めて出てきたところで結末も変わらないだろうし。私も自重するつもりはない。
急に開けた森の先、堂々と佇むトロル砦に期待通りの驚き顔を見せてくれたレーレに対して私は歓迎の言葉を唱えるのであった。
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